Aパート2
黒壁ガラス館に辿り着いた光成と金吾を待ち受けていたのは、地下深くに広がる巨大な研究所と、その中でまるで飾り物のように立ち尽くしている巨大なロボット達だった。
ずらりと並んだそれらは狭い場所で見上げると首が痛くなるほどに高く、しかし半分以上の機体に関しては未完成なのか、骨組みが見えている物や塗装がされていない物もある。
とてもではないが景観条例のある長浜市に存在するとは思えない光景に、二人は完全に絶句してしまっていた。
「……なんだよこれ」
ようやくそれだけ絞り出し、口を開けたまま呆ける。
ただでさえ現実味のない巨大ロボットの襲撃に怯えたばかりで、頭の中で整理が済んでいない。
しかし光成の一言で感情が波立ったのか、金吾は興奮気味に息を呑んで見せた。
「すごいや、まるでアニメか映画の世界だよ。ここにこんなのがあるなんて知らなかった!」
「いや、そりゃまぁ」
「そ、そりゃあそうだろうね。なんせ、ここはその。限られた人間にしか知られてない、極秘研究所という、あれだから」
割り入ってきたたどたどしい声に、揃って背後を振り向く。
白い作業着に分厚いゴーグル、しどろもどろとした印象を受ける中年男がそこに立っていた。
「あっ」
思わず金吾が声を上げる。
光成はどうやら金吾が正体を知っているらしいと気付き、腕を引っ張りひそひそと耳打った。
「なに、誰だよこのオッサン」
ちらちらと横目で見ながら訝し気に男を見る。
それを受け、金吾もできる限り声を潜めて応えた。
「みっちーも知ってるはずだよ。ほら、噂の! ずっと前から、琵琶湖の底で地底人たちが地球侵略の準備を進めてるとかって騒いでる……」
「あぁ! ペテンの大谷博士!」
「みっちー! 声大きい!!」
「いや、あの、全部聞こえてるしね。というか、目の前で内緒話からの、ペテン呼ばわりかぁ……最近の小学生は残酷だなぁ……」
「えっ」
「あっ」
当然と言えば当然なのだが、二人の中では相手に聞こえていないものと思い込んでいたらしい。
思わず直立不動になり恐縮したところで、大谷と呼ばれた男はやはり気弱そうな顔で頭を掻いてみせた。
「まぁその、実際そう呼ばれているし、そう呼ばれるように仕向けられたんだけどねぇ。でもほら、今の状況。本当に僕はペテンかな?」
大谷がスマートフォンを操作すると、近くに設置されていた大画面モニターにニュース画面が映し出される。
そこにはドローンで撮影されているのか至近距離で撮影され続けている半魚人ロボと、その巨大さや破壊行動を金切り声で実況するアナウンサーが映っていた。
「おいおい、琵琶湖から上がってんじゃねぇか!」
光成が声を荒げたとおり、半魚人ロボが侵攻しているのはすでに琵琶湖沖ではなく、湖岸を沿うように走るさざなみ街道だった。
事の発端は数年前に遡る。
当時は琵琶湖から妖怪が上がってくるという噂が噴出しており、二本松のキャンプ水泳場などでは、それらが実際に歩き回っているのを見たという話も多くあった。
もちろんほとんどの人間はそれをただの都市伝説だと面白半分に語るだけだったが、それはもしや本当の妖怪なのではないかと、オカルト信者たちは大いに盛り上がってもいたようだ。
その中で湖底調査にまで乗り出したのは、ロボット工学博士の大谷だけだった。
大谷は自信なさげな態度とは裏腹に他人に流されない性格で、そして科学の強固な信奉者だ。
妖怪などいるわけがないと意気込み、オカルト信者たちに真実を突きつけてやろうと調査を開始した大谷は、そこで意外な発見をする。
湖底に大小様々な無数の穴が空いていることに着目し、数人のダイバーとともに自らその中へと潜って行ったのだ。
当然、その中に妖怪がいるなどとは思ってもいない。にもかかわらずその先で彼らが見たのは、水生生物と似た特徴を持つ、亜人たちの都市だった。
その時の驚愕と信じがたさは筆舌に尽くしがたいと大谷は語っており、さらに大谷はそこで、危険なものを目にすることになった。
巨大な兵器と、それを扱うだろう搭乗型ロボットの製造光景だ。
それらの中でも小さな物は続々と別の穴を通して琵琶湖に運ばれていることを知った彼らは、それらが日本を侵略するためのものだと直感し、震え上がったらしい。
探査用カメラで証拠を撮影し、這々の体で逃げ帰った大谷は、即日この事実を公に発表した。
ただやはり大多数の人間はそれを笑い話として消化し、大谷は偉人ではなく、狂人として扱われることになる。
当然ながら、光成たちもそれを笑っていた当事者だった。
しかし現状において、それが一般の国民をパニックにさせないための表向きの対応だったのだろうということは、身に沁みて理解できる。
でなければ個人がこれほどの数のロボットを製造する資金の調達や、広大な地下研究所を建造、維持をできるはずがない。それは、経済に明るくない光成や金吾から見ても明白だった。
半魚人ロボの現在地は見たところ、道の駅であるみずどりステーションを過ぎた辺りなのか、幸いにも民家に被害は出ていないらしい。
それでも周辺はパニックに陥っているはずだ。
ロボが一歩踏み出すごとに道路にひびが走るのを見て取り、光成は目元に熱が集まるのを感じた。
「なぁ、オッサンはこうなるって知ってたのか!? 知ってたんならなんでなんにもしなかったんだよ! このままじゃ長浜、どうなるのか……!」
光成がそこまで言ったとき、ぺこんと空のペットボトルが頭を打った。
「ってぇ! なんだよ金……清興?」
「ぎゃあぎゃあ喚くなよ、見苦しい。第一、ここを見てこの人が『なにもしてない』なんて言える神経が信じらんないね」
いつの間に中に入ってきていたのか、音もなく隣に立っていたのは清興だった。
「な、なんでお前までここに……」
「メールが来たんだよ。本町組、佐嶋清興くんって」
突きつけられたスマートフォンには、件名に差異はあれど光成たちが受け取った物とまったく同じ文面が踊る。
それに狼狽する光成を尻目に、金吾は目を輝かせて大谷に詰め寄っていた。
「大谷博士! もしかしてここにあるロボットは、あれをやっつけるために作ったんですか!?」
「え、あぁ、そうだね。完成と言えるのはまだ四体だけだけど、いつか来る日のために備えて……」
「僕らがここに呼ばれたってことは、なにか手伝えることがあるってことですよね。なんでも言ってください、光成は無理でしょうけど、僕と金吾はパソコンも多少使えます」
「お前、ホンットいちいちムカつくな……! そういうことなら俺だってなんでもやるっつーの!」
「お前の場合、できることが限られてそうだから先に進言したんだ」
「もう、また始める! 今はそれより、僕らになにができるかを博士に……!」
「あぁ、うん。そのことなんだけどね。君たちにはとても、その。重要なことを頼みたい」
このままでは話が先に進まないことに気付いたのか、大谷が少しばかりはっきりと声を出す。
しかしそれをきっかけにじっと見上げてきた三対の目には怖じ気づいた様子で、大谷は咄嗟に視線をそらして見せた。
「奴らを撃退するために造り上げたこのロボット、ヒキヤマイザーシリーズには、――未だ僕は信じがたい気持ちではあるし疑念を持ち続けてはいるんだけど、長浜八幡宮に祀られたホンダワケノミコトの加護と、竹生島に祀られている龍神の加護があるらしい。甚だ非科学的な話ではあるんだけど、そのせいで重大な欠点も生まれてしまった。つまり、その。神に赦された、清らかで無垢な少年しか彼らを使うことができないんだ」
もじもじとした物言いに、三人は揃って首を傾ぐ。
「……なんだって?」
「難しいこと言われても分かんねぇ」
「あの、つまりどういうことですか?」
光成と清興すら、犬猿の仲であることも忘れてその言葉の真意に疑問を呈する。
あえて煙に巻こうとしたのが逆効果になってことを察し、大谷は観念したように深く息を吐いて肩を落とした。
「うぅ、やっぱり苦手だなぁこういうこと切り出すの……。まぁその、つまりね。君たちには、あの」
またももじもじと目を泳がせ、大谷は意を決したように目を瞑る。
「ここにあるヒキヤマイザー……完成しているトキワ、カスガ、セイカイに乗って、あれと戦って欲しいんだ」
ようやく明確に告げられた目的に、そういうことかと揃って頷く。
しかしその意味が理解できるまでにはしばらくかかったようで、数秒後、またも同じタイミングで三人は驚愕の叫びを上げた。