Bパート1
一歩踏み出すたびにずしんと衝撃が伝わってくる。それは不思議な感覚だった。
両手に握ったコンソールや足に装着させられたギアが動きをトレースしているらしく、操縦に不自由は感じない。
現状に釈然としない思いはあるものの、光成はこの状況に興奮を覚えていた。
トキワと呼ばれたこのロボットは、源平時代の武将に似た装備の二足歩行タイプで、腰には日本刀を模した武器まで提げられている。
長浜八幡宮の御旅所駐車場がまるで出撃ハッチのように大きく開き、そこから空高く射出された時にはどうなるかと悲鳴を上げたが、バランサーの機能もあるのかどうにか転倒することもなく着陸することができた。
元より、光成は運動神経には多少の自信がある。
それに目元を覆うように取り付けられたヘッドギアでは、ロボットに搭乗しているとは思えないほど自然な状態で三百六十度にわたって外部の様子を確認することができていた。
半魚人ロボまでは目と鼻の先だ。にもかかわらず、恐怖心が沸き起こらないのは恐らく光成自身もロボットに乗っているという昂揚からだろう。
ヒュウと思わず口笛まで漏れた時、視界の端に三つのテレビ通話画面が開いた。
『三人とも、無事に着いたようだね』
「おぅよ!」
『打ち出された時はどうなるかと思いましたけど、なんとか無事ですね』
『何度か旋回したりしてみたんですけど、使いやすいです!』
『そ、そうか。それは、うん。良かった』
トキワの隣には鹿型ロボットのカスガ、そして上空にはツバメ型ロボットのセイカイが待機している。
大きさこそ半魚人ロボの方が多少大きいようだが、それでもこれなら数で押し切れそうだという余裕が各自に生まれていた。
ただしそれを、半魚人ロボに搭乗するニホウミトの先兵、イサダが大人しく見ているわけもない。
水で満たされたコックピット内部で、イサダはじっとりとその見慣れぬ陸上生物型ロボットを注視していた。
「なんだあれは……。地上の者どもの兵器か、小賢しい」
嘲笑うと同時に、ロボットの口が大きく開く。そこから三叉槍が取り出されるのを見ると、光成はゲッと声を漏らした。
「なんだよ、アイツやる気満々じゃねぇか!」
『彼らの侵略開始時期が予想より早くて、各機体の武器装備は万全じゃないんだ。初期装備としてトキワは刀、カスガは角の投擲、セイカイは翼の下にミサイルがあるから、それでなんとか……』
「あぁもう、だいたい分かった! オッサン、もうちょっとハキハキしゃべって!」
言うが早いか、腰に差した刀を抜き放つ。
「やぁやぁ我こそは天下無敵の大剣士! 遠い奴らは音に聞け、近けりゃ寄って目にも見よー!」
大声で口上を述べ、意気揚々と刀を振り回す。
それを呆れた目で見遣り、イサダは興味も失せた様子で嘆息して見せた。
「どのような相手かと思えば、戦士とも思えぬチョカか。――相手にするまでもない」
言葉通りトキワを無視し、半魚人ロボは南進を再開する。
「ちょ、おいコラ! 無視すんなよ!!」
『敵じゃないと思われたんだろ』
「なっ、なにぃ!? くっそぉ……!」
清興の指摘にショックを受け、目の前を素通りしていこうとする半魚人ロボを睨みつける。
どちらにしろこのまま見送るわけにもいかないと、上半身の大きさに対し下半身が貧弱なことに目をつけ、トキワは姿勢を低くして、一気に距離を詰めた。
「とにかく動きを止めりゃあこっちのもんだぁ!!」
不格好な足をめがけ、地面ギリギリの所から斬り上げる。
しかしその太刀筋を最初から読んでいたように、半魚人ロボはその瞬間、琵琶湖側へと高く跳ね上がっていた。
「魚のクセに飛んだ!?」
「チョカつく雑魚め! 尾から狙えばいいなどと侮るな!!」
浅瀬に飛び込み、三叉槍が水面を叩くように薙ぐ。
途端大きな波がトキワを襲い、カメラを塞がれたのか一瞬視界が途絶えた。
「っ、おい、見えない……! わぁああああ!!」
視界を失い慌てたところで、胴体を鋭い突きで弾き飛ばされる。地面を滑ると同時に体全体を揺さぶられ、思わず歯を食いしばった。
クラクラと回る視界で抉れてしまった田面を目にし、農閑期で良かったと胸を撫で下ろす。
「くっそ、チャンバラみたいにゃいかねーか……」
『当たり前だろ、遊びじゃないんだぞ!? 真面目にやれよ!』
「るっせぇな、だったらお前もなんかやれよ!」
『僕は相手の戦力をはかってるんだよ! やみくもに突っ込んでいくお前とは違う!』
「なにおぉ!?」
『ちょっとやめてよ、こんな時にまでケンカしないで!』
『あぁ、まずいな。パイロット同士がこんなに仲が悪いとは思ってなかった。計算ミスだ』
清興の責める声、金吾の制止の声、大谷の苦悩の声が濁流のように入り交じる。
その雑然とした渦の中、きっかけは自分である事も知った上で、光成は唸りながら頭を掻きむしった。
「う! る! せぇえええ!! もういい、清興なんて邪魔なだけだ! 金吾、俺たちだけでやろうぜ!」
『え、えぇ!?』
『やってみろよ、ろくなデータも取らずに斬り込んで、玉砕したら手を叩いて笑ってやる!』
売り言葉に買い言葉の応酬でヒートアップしたのか、カスガの角がトキワを突き飛ばす。
そこからはもはや、トキワとカスガを使用したただのケンカが始まっていた。
金吾はもはやどう治めていいものか分からず、上空を旋回し続ける。
戦場に立つにはあまりにもふさわしくないやり取りに、イサダが耐えがたそうに激しくひれを震わせていた。
「なんたる侮辱、なんたる高慢さ……!! 戦場において敵を見誤り、戦士として立ち会うどころか眼中にも収めぬつもりか……!」
ふつふつと煮えたぎる怒りに呼応するように、ゆっくりと半魚人ロボの背びれが展開していく。
その動作が先ほどライブ配信で目にしたものと同じであることに気付いた金吾は、声を上げて急降下した。
『二人とも、危ない!!』
半魚人ロボの背から発射されたミサイルが、ちょうどトキワ、カスガの盾となる形になったセイカイに直撃する。
『わ、あぁああああ!!』
『金吾!』
「金吾!!」
咄嗟のことで動転し、田面に落ちたセイカイを抱え上げる。
機体自体の損傷は激しくないが、衝撃によって意識を手放したらしい金吾の無反応さに、光成と清興の声に焦りが滲んだ。
そこに、大谷からの通信が入る。
『武器は初期装備しかないけど、装甲は敵の攻撃能力を推定した以上の強度にしてあるから、心配はいらない。だけど……搭乗を頼んだ僕が言うべきではないけれど、今の君たちに、大事なヒキヤマイザーを任せたいとは思えない』
この一言に、光成は唇を噛む。
言われるのも当然だという気持ちと、だったら最初から頼まないでくれという気持ち。清興さえいなければという気持ちと、自分がムキにならなければいいだけだという気持ちが混在する。
しかし思春期を迎えたばかりの感情は、光成自身ですらどう制御し、どう折り合いをつけるべき物なのか、判然としていなかった。
ただ友人がこうなってしまったのは自分の責任だという後悔だけは、明確に胸の中で頭をもたげる。
「清興。――ごめん。俺、一人で突っ走った」
この後悔を二度としないようにと、覚悟を決めて謝罪を口にする。
改めて考えれば、清興のことを気に入らないのは、自分が持っていない将来の夢という物をしっかりと抱き、そこに向かって努力している姿が妬ましいという勝手な理由に過ぎない。
常に上から物を言うところは気にくわないが、清興にはそれだけ光成が矮小に見えているのだと思えば、悔しさこそあれ、暴言を吐くべきではないとも思えた。
その胸の内のどこまでが清興に通じたのかは分からない。
しかしそれを受け、清興もなにか心のささくれにでも向き合ったような沈黙の後で口を開いた。
『……それを言うなら僕もだ。現状についていけず及び腰になって、先頭に立つ度胸もないのに後ろから偉そうに口を出すなんて。――ごめん』
互いに謝罪し、そしてそれが言葉の上だけの物ではないと分かるほどに真摯な目が画面越しで向き合う。
そのやり取りに、大谷が大きく息を吐いた。
『休戦協定を結ぶということで、いいかな?』
揃って頷き、照れくさそうに笑う。
とりあえず共闘の意思が固まったことを見て取り、大谷はよしと小さく呟いた。
『そうと決まれば、うん、とにかくアレの動きを止めないと。清興くん、カスガの俊足なら奴の攻撃を躱すことはできるはずだ。カスガで翻弄しつつ、トキワで隙を突けば……』
『いえ、それじゃ不十分です。見たところあの半魚人ロボ、見た目に反してかなり動けます。それに相手は戦いに慣れてる様子ですし、素人の僕らが探り探り戦っても勝てる見込みは少ないと思います』
おどおどとした指示に、清興がはっきりと反論を投げる。
『え。あ、そうかな』
『必要なのは、一発でアイツをやっつけられるなにかです』
その言葉に、光成は身を乗り出した。
「必殺技か! なぁ博士、必殺技だよ! これ、ロボットだろ!?」
『ひ、必殺技!?』
思いがけない提案に、大谷の声がはっきりと震える。
『特にプログラムした覚えはないけど、そうだな、ヒキヤマイザーシリーズの十三体中三体で合体することで出力を格段に向上させることができる。またその合体後、ホウライから射出する専用武器で敵を殲滅でき……』
「難しいことは分かんないってば! つまりどういうことだよ!?」
『光成!』
「なんだよ!」
『僕とお前、金吾のロボットが合体すればなんとかなる! そういうことだ!』
簡潔すぎるほどの説明に、思わず光成の目がまばたく。
しかしそうと納得してしまえばこれほど分かりやすいものもなく、光成は唇を吊り上げてコンソールを握る手に力を込めた。
こうしている間にも、半魚人ロボは邪魔者の排除は済んだと判断したのか、長浜市へ向けて歩みを進め続けている。
現在は早崎ビオトーブ周辺の田園地帯だが、少し南下すれば集落が点在する箇所に出る。
相手が田園ばかりを選んで進行してくれるとは到底思えず、事態は一刻を争っていた。
ペロリと唇を舐め、光成は清興とアイコンタクトを交わす。
「博士、どうすりゃ合体できる!?」
『一番可能性があるのはそれしかありません!』
眼前に詰め寄らんばかりの気迫に大谷は完全に困惑し、慌てふためいて手元の資料や背後の格納庫を確認した。
『い、いやいや、ちょっと待ってくれ! 設計上そうなってはいるし、確かにホウライも出撃可能状態にはしてあるけど、まだ合体実験はできていない! 第一、セイカイのパイロットである金吾くんも気を失ったままで……!』
『僕ならもう起きてるよ』
明らかに合体という提案に難色を示す大谷の言葉を遮り、セイカイの翼がぐぐと動き、アイライト部分に灯が点る。
「金吾!」
『金吾!』
『ちょっと怖かったけど、無茶した甲斐はあったみたいだね。目が覚めても二人があのままだったらどうしようかと思った』
おどけてウインクをしてみせる金吾に、安堵したばかりだったバツが悪そうに二人が目を逸らす。
それをおかしそうに笑って見遣り、金吾は改めて大谷へと顔を向けた。
『博士、みんな避難してるとは思うけど、家を壊されでもしたらたまらないよ。なにがなんだか分かんないままだけど、そんな僕らでもできそうなのってそれくらいだ。設計上だろうとそれができるなら、そこに賭けてみたい』
『――やっぱ金吾も同じか。だってさ博士、こっちの意見は一致してるよ』
「こういうときこそ乾坤一擲、やるっきゃないだろ!」
タブレット越しに、今度は三色の声が決断を迫る。
未だ実験もしていないという点に二の足を踏む大谷だが、こうしている間にも敵は南進し、ここで食い止めなくてはなんのためにペテンと呼ばれても耐え忍んでいたのかと奥歯を軋ませる。
常におどおどとし、石橋を叩いて渡るような性格を変えるなら今しかないと、震える拳を握りしめた。
『分かった、やろう!』
絞り出した声に、歓声が返る。
『これから僕が言うことをよく聞いて、指示通りに操作してくれ! なにかあったら、ぜ、全責任は! 僕が持つ!!』
「おう! なんだよ博士、カッコいいこと言えるじゃん!!」
光成の囃し言葉に、思わず引き攣った笑いが漏れる。
たどたどしさが消えたわけではない。けれど今の一言で、大谷もまた光成たちと共に戦場で敵と対峙する覚悟を決めた。