Bパート2
『合体シークエンス確認、各ブロック損傷なし、全駆動系統オールグリーン。――本当にいいね!?』
「大丈夫、任せとけ!」
覚悟を問う声に二つ返事を返し、聞いたばかりの手順を口の中で復唱する。
やがてすべての確認を終えた後で、光成は大きく声を張り上げた。
「トキワ!」
『カスガ』
『セイカイ!』
「アネクゼーション!」
かけ声と共に、コンソール脇から飛び出してきた太刀を模した鍵を受け取り、目の前に開いた鍵穴へと突き立てる。
途端背後のスロットルが開き、トキワが上空高く浮上した。
足下を無理やり押し上げられ、頭は抑え込まれるような奇妙な感覚に小さく呻くも、この程度どうって事はないと唇を引き結ぶ。周囲からは、金属が組み直される音が響き渡っていた。
気付けば地面を蹴って跳ね上がったカスガのボディが等分される形で脚部に、そしてセイカイの翼が背面に接続され、大きく円を描くように琵琶湖上空を旋回する。
その際、正面に見える竹生島から、緑の尾を引く閃光が走り、機体の胸元を貫いたようにも見えた。
合体時のGの余韻が抜けず緩んだ思考の隙間に、興奮した大谷の声が飛び込む。
『凄い、凄いぞみんな! ぶっつけ本番、一発で合体成功だ! 信じられない、君たち、今起きたことが分かるかい!? 非科学的だ、やっぱり僕はまだこの事態をどう考えればいいのか皆目見当もつかない! 今君たちが組み上げたヒキヤマイザーには、どこにも意匠を施していなかったはずの龍神が、胸部に大きく象られてる!!』
その声は叫ぶような大きさで、スピーカーをビリビリと震わせる。
言われたところで、内部に搭乗している光成からそれが見えるはずもない。そんなことなどお構いなしに雄叫びを上げ続けている大谷に、せめて耳の痛みだけでも訴えようと光成が口を開こうとした時だった。
「ちょっと博士、落ち着いてください。こっちからじゃそんなの確認しようもないですよ」
一足早く、右下から声が割り入る。
自分が言わんとしていた言葉と違い、さらに声に聞き覚えもある。
慌ててコックピット内部を確認すると、人一人立てば充分だった室内は明らかに拡張され、光成の足下には清興、そして金吾が移動してきていた。
「アレ!?」
「よっ」
「合体すると、操縦席は統一されるみたいだね」
見上げてくる視線に緊張はない。
そして光成もまた、清興、金吾と場を同じくして戦いに挑めることに心強さを覚え、知らずその頬が緩んでいた。
「そっか、合体すると一緒なのか」
じわじわと湧き上がる喜びに、気合いを入れてコンソールを握る。
合体したことが敵の気を引いたのか、半魚人ロボは南進を止め、注視するようにこちらを見ていた。
手に持つ三叉槍がわずかに前傾になり、警戒しているのが見て取れる。
ただし先ほど弾き飛ばされたばかりの相手ではあるが、今は負ける気がしないのが不思議だった。
「清興、どうすりゃいいと思う?」
光成の素直な質問に、金吾、そして未だ興奮冷めやらぬ様子だった大谷が意外そうに目を向ける。
しかし清興はあえてそれを煽ることもせず、やはり当然のように答えた。
「正面から突っ込む。もちろん、ただ突っ込むだけじゃさっきの二の舞だ。だから考えがある」
そう言った清興の首筋には、緊張からか冷や汗が光っていた。
――静かに、ヒキヤマイザーが敵に対峙する。
武器はまだ射出されておらず、丸腰だ。それをイサダは胡乱そうに睨みつけ、肉の少ない口元を歪めた。
「動きも、思考も、なにもかもが中途半端でまったく読めん。なんだコイツは、なにがしたい。いっそ完膚なきまでに破壊すればいいのか」
忌々しげに呟き、背びれを展開させていく。ミサイルはまだ残弾に余裕があることを確認し、妨害者を完全破壊する程度は使用しても問題ないだろうと結論づけた。
「できんぼ風情が……いい加減によぞいわ……!!」
ミサイルの発射スイッチを、ひれのついた指先が押下した時だった。
姿勢を低くしたヒキヤマイザーが、イサダに向かって直進してくる。
それを先ほどと同じ愚行と嘲り、ギョロリとした目が見開いた。
「アホゥめ、わざわざ頭から破壊されに来るか!! せめて同志の魚礁となるがいい!!」
吐き捨てた言葉と同時に、直撃の爆炎が上がる。
哀れ鉄くずと化した相手を見届けようと、その煙が晴れるのを待っていたところで、予期せず、機体が宙に吊り上げられたことに気付いた。
「な……!」
取り乱し、状況を把握しようと上空を見上げる。
するとそこには雄々しく翼を広げたヒキヤマイザーが、悠々と半魚人ロボを抱え上げる姿があった。
「馬鹿な! 先ほど確かに、射出した全弾が直撃したはず……!!」
爆炎の向こう側を確認しようと、まごつく指先で画面を拡大していく。
映し出されていたのは、十本の幟で縦横に織り上げられたような、巨大な盾だった。
『武器輸送専用機体、ホウライの盾! 射出が間に合って良かったよ』
「相手が水かミサイルで攻撃してくるのを読んで、それを目くらましに使うとはな! やるじゃん清興!」
「手が読めたのは、さっきお前がアイツに突っ込んでくれてたからだよ。僕の手柄じゃない」
「なんか二人、僕が気を失ってる間にすっかり仲良しだね」
ふふと笑う金吾の声に紅潮しつつ、無視を決め込み反応を返さない。
ただ視界の端で、三叉槍が下からヒキヤマイザーの銅を狙っていることに気付いた。
「ッと……!」
すぐさま片手を放し、琵琶湖へと投げ落とす。
派手に巻き上がった水しぶきの向こう側で、半魚人ロボがまさしく水を得た魚としてスピードを上げるのが見えた。
さらに泳ぎながら、高水圧の噴射がヒキヤマイザーを直撃する。
「……ッ!! くそ、せっかくさっき動き止めたのに!」
「今年は水量も豊富だし、なにより広いから琵琶湖の中じゃあっちが有利だ! せめてどこか狭い場所に追い込まないと!」
その言葉に、今度は金吾が顔を上げた。
「博士、さっきの盾に使った幟、ほかのことにも使えますか!?」
『幟? あぁ、えぇと、そうだね。竿は最大三十メートルまで伸びるし、強度は落ちることになるけど、旗部分も大きく横に開くことができる。どう使うんだい?』
「相手は魚、ここは琵琶湖です! エリ漁の仕掛けをあの幟で組めるなら、敵の動きは止められます!」
『エリ漁……! つまり幟で敵を狭所に誘導する迷路の罠を作り、中央のツボに入ったところを一網打尽か! 分かった、やってみよう!』
大谷の指先がキーボードの上を踊り、見る間にプログラムが書き換えられていく。
田園地帯をミサイルから守った幟はバラバラと崩れては、それぞれがホウライの側面を離れ、湖面めがけて発射された。
そのまま半魚人ロボの行く手を阻むように琵琶湖底に竿を突き立て幟を広げると、見事なエリ漁の仕掛けができあがっていく。
「なんだ、これは……!」
うまく身動きを取ることもできず、行き場を失ったロボの動作に窮し、イサダの口から困惑の声が漏れた。
「よっしゃ今だ!!」
声に呼応するように、ヒキヤマイザーの胸部が光る。
「ッ、なんだ!?」
目も眩むばかりのその光は、龍の姿となって胸部から飛び出し、敵に巻き付いて宙へと浮かび上がらせる。
まるで一刀両断を支援する拘束に、三人は顔を見合わせ、静かに頷いた。
「一気に行くぞぉお!!」
光成の声を合図に、ホウライの上部から十本の太刀が射出される。
それが空中で重なり合い、まるでその場で打ち直されるように形を変えると、やがて一本の大太刀としてヒキヤマイザーの手に舞い降りた。
「おぉおおおおおおおおお!」
コンソールを通していてもずっしりと重みを感じるそれを、握ったまま回転することで無理やりに持ち上げる。
それが頭上、そして半魚人ロボの真上に差し掛かった時、光成は大きく叫んだ。
「淡海に還れぇえええええ!!」
大太刀が、半魚人ロボを縦一文字に両断する。
起爆を始める機体の中、イサダは信じられない表情で脱出装置を起動さていせた。
「おのれ、おのれおのれおのれ……! 地上の者どもめ、我らニホウミトがこのままで済ませると思うなよ……!!」
水泡のようなカプセルが密かに水面に落ち、深い湖底へと沈んでいく。
爆炎を上げて破壊されるかと思った半魚人ロボは、赤い炎を巻き上げる直前、機体に巻き付いた光の龍の口に一息に飲み込まれ、直後、湖上に降る雨となって掻き消えた。
興奮冷めやらず、三人は半ば呆然としたままそれを見つめ、ヒキヤマイザーごと降り注ぐ雨に身を晒す。
冷たいはずの雨は、コックピットを通してその手足を温めてくれるような気すらしていた。
その後は、いつの間にか黒壁ガラス館に帰り着いていた。
どうやって辿り着いたのかさえ、三人は覚束ない。大谷が遠隔操作で帰還させたのかもしれなかったが、そんなことはこの際どうでもいいことのように思えた。
ただ、頭の奥がじんと痺れるような感覚に言葉も出ない。
そんな三人がコックピットから出てきた時、待ち受けていたのは大歓声と、それぞれの母親たちだった。
掻き抱くように抱きしめられ、心配され、まさにもみくちゃになった後で聞かされたのは、実は数年前から、曳山まつりのこども歌舞伎に出演する子ども達、特に最年長である十二歳の子どもの親にだけは、ヒキヤマイザーの存在は知らされていたということだった。
ただし、ほとんどの人間はそれすらも冗談だと考えていたようだ。だからこそ、いざというときは敵と対峙するために搭乗しなければならないことを説いても、よく分からないまま承諾していたらしい。
それを、三人は母親たちから涙ながらに謝罪された。
「もう絶対、こんな危ないことはさせないから!」
光成の母がそう言った時、しかし光成ははっきりと首を振って、ようやく湧き上がった達成感にキラキラと顔を輝かせた。
「ううん、俺やりたい! 子どもしか乗れないっていうなら、俺たちでやりたい!」
「僕も!」
「僕もです!」
それに呼応するように、清興と金吾も声を上げた。
この答えは、母親たちにとって予想外のものだったらしい。
一様に絶句し、言葉の意味さえ把握できない様子で目を丸くしている。
そこに、光成は満面の笑顔で身を震わせた。
「だって凄いだろ、俺たちで琵琶湖も、この街も守れたんだぜ!? まだ完成してないけどさ、ヒキヤマイザーはまだ九体もある! それってさ、俺たちの仲間がまだ増えるってコトじゃん! こんな凄くてさ、嬉しいことないよ!」
まくし立てるように言い切り、金吾と清興の手を取って、疲れ切りつつも勝利の喜びを隠しきれない表情で座り込んでいる大谷の元へと駆け寄る。
「大谷博士、俺たち凄かったよな! これからも俺たち、ヒキヤマイザーに乗ったっていいんだよな!」
もう自分達の中では決めてしまったと言わんばかりの瞳の輝きに、大谷は思わず目を細め、うんと静かに頷く。
母親たちも、止めても無駄だと気付いたのかもしれない。複雑な表情を浮かべながらも、それを制止する声は上がらなかった。
「――こちらこそ、是非協力をお願いしたいよ。光成くん、清興くん、金吾くん」
差し出された手に飛びつくように握手を交わし、三人はようやく歓喜の声を上げる。
その声はカラス館に響き渡り、どこかでリンと、ガラスが震える音を響かせた。