0・海無県J、おつかいに行かされる

 八月二十九日。日本八内陸県の一つ、奈良に住む高校二年生の粟生桜(あおう さくら)は、鞄に荷物を詰め込む作業の手を止めた。
「……はあ~!?」
「ん?聞こえなかったみたいね。もう一度言うわね」
 床で明日の外出の用意をする娘を、ダイニングキッチンの机の上で手に顎を置きながら、母親の粟生八重(あおう やえ)はニッコリと微笑んだ。
「木之本の酒蒸しようかんが食べたいの。明日、買ってきて」
「ちょっと待ってよ。明日は、奈良公園でSNS用の……」
「コスプレ写真を撮ろうと思っていたのね。三十一日は忙しいから、明日。高校二年の夏の締めくくりとして」
「そ、そうだよ」
「分かっているわ。でもね」
 桜が口を尖らせていると、八重は手を頬に当てて首をかしげた。
「私、まだ許していないのよ。この間の豚まんのこと」
「…………え?」
「大阪のコスプレイベントの帰りに、難波でしか売ってない豚まんを買ってきてって言っていたのに。楽しみにしていたのに。疲れて帰ってきたら、机の上にチェーン店の豚まんの箱が載っていたの。忘れられないわ」
「うっ……」
 八重が眼を細めながら呟く姿を見て、クーラーが効いているはずなのに、額で汗が流れるのを感じる桜だった。
「いいのよ。お母さん、あそこの豚まんも好きだから。でもあなた、資金が足りないからって私に出資してって頼んできたじゃない。その引き換えに、おつかい頼んだのに……忘れて奈良の百貨店で買うなんて……お母さん、悲しいわぁ」
「ううっ」
 嘘泣きをする八重に反論することができず、桜は顔を青くした。そんな娘を八重はチラリと見た。
「来週、私の親友の命日でしょう?好物の酒蒸しようかんを供えてあげたいのよ。買いに行けそうにないから、代わりに行ってほしいの。もし行かなければ……」
 八重は、迫力のある笑みを浮かべながら声を低くした。
「新しいコスプレ衣装と模造刀、売ってしまうから」

  服部 勇
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服部 勇

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