母子狸と嘘つき権太
狸の母子と嘘つき権太
この辺りの山は、昔戦が有りました。
それは、戦とは、惨たらしいもので、この辺りの者は、誰一人として、当時の戦の事を、話す者は、有りません。
権太と言う、嫌われ者が、この戦を、一度観て見たかったと、言っていた。
この権太は、約束事は守らないは、目に入った、動物は手あたり次第、殺し、捕まえては、酷い仕打ちをしておりました。
この辺りの、猟師でさえ、尊い命を頂くのだからと、狩りは最小限度を心得としているのに。
ある日、権太は、小さな可愛い子狸の尾を握り、逆さにして吊るして、山から下りてきました。
「そんな、小さな子狸を、捕まえるものでは無い、・・放してやれ・・・」
「そんな、可愛い小さな、子狸は、逃がしてやれ・・きっと母狸が泣いてる。」
すれ違う、村人に諭されても。
「罠にかかった、獲物を、逃がすバカが、何処にいるものか・・・」
と、気にも留めずに、家に帰った。
庭に、縛り付けた、子狸は、ぐったりとして動かない。
「死んだか・・・たぬき汁でも・・?・・二杯位には、成るだろう・・?」
「待てよ、みんな・・可愛い・・可愛いと言っていたな、」
「街の、金持ちに売りつけるか・・こどもの玩具にしろと言って・・・」
「きっと、高く売れるぞ・・・」
その夜、遅く、トントンと戸を叩く、音がした。
「誰だ・・今時分・・寝ようとしたところだ・・・」
戸を開けると、外には、綺麗な女が立っていた。
権太は、急に態度を変えた。
きっと、良からぬ事を、考えていたに違いない。
「こんな夜更けに、お困りじゃろう・・・・」
「さあ~・・中にお入り、」
この女は、子狸の母親で、我が子の命乞いに、やって来たのだ。
「どうか、この子をお助け下さい」
母狸は、必死で命乞いをしていた。
「おお~・・お前は、そんなに器用に何にでも、化けられるのか・・・?」
「はい・・大抵の物には、変わる事が出来ます。」
「おお~・・そうか・・そうか」
「よし・・今子狸の縄を解いてやろう・・」
そう言って、母狸の傍に寄ると、母狸も縄で縛り付けてしまった。
「な‥何を・・なさります・・・」
「今・・助けてやると・・申されたではありませんか・・・」
「バカ狸・・誰が・・飛び込んで来た、獲物を逃がすものか・・・」
「騙される・・お前がバカ、なんだよ・・ワッハハハハ・・」
「どうか・・この子だけは助けてやって下さい・・・お願いいたします」
「この子を、助けてもらえるなら、わたしは・私はどう成ってもかまいません」
だが、どんなに、頼んでも、権太は知らん振りをしていた。
権太は、前から戦の様子を見たくてたまらなかった。
「戦が有れば、おいらは、手柄を立てて、侍に成れただろう」
それが口癖だった。
「そうだ・お前・この山で昔あった、戦の様子をおいらに、見せてくれたら」
「助けてやろう、その子狸と一緒に・・どうだ・・出来るか・・」
「容易い事です・・本当に助けてくれるのですね・・・?」
「ああ・・助けてやるとも・・」
「だが、お前一匹で、何が出来る・・?」
「戦は、何十・何百と兵が居るのだぞ・・・?」
「解っております・・狸の仲間とキツネの仲間に頼んでみます。」
「狸の仲間とキツネの仲間か・・・?」
「良かろう・・だがどうして、狸とキツネに頼むのだ・・・?」
「私を山に帰してくだされば、狸の仲間とキツネの仲間に頼んで来ます。」
「逃げようとしても、そうは行かないな~・・」
「我が子を残して逃げる、母親がどこに居るでしょう」
「日が昇る前に、必ず帰って参ります・・・」
「帰らなければ、子狸を酷い目に、合わせるからな・・分かったな・・」
「日が昇る前までに、わたしが帰ってきたら、この子は助けてくれますか・・?」
「ああ~・・・子狸は逃がしてやろう・・・」
「本当、ですね・・」
「クドイ・・それより早く、狸の仲間とキツネの仲間に、頼んで来い・」
母狸の縄を解くと、ピョンと飛び跳ね、狸の姿に戻り、暗闇の中に消えて行った。
約束の通り、母狸は、日が昇る前に帰って来た。
「今日、西の空に日が傾くころ、山の中腹で戦が始まります」
「戦とは、惨たらしいもの・・・人がひとを殺すのですから・・・」
「くれぐれも、声を出さぬように、声を出せば、貴方の命は有りませんよ・・」
「声を出せば、視えない、あなたの姿が、現れてしまいます。」
「どんなに怖くても、決して、声を出しては、いけませんよ・・・!!」
「どんなに怖くてもだと、俺様がそんな事で、悲鳴を上げるものか・・」
「余計なお世話だ、おいらを誰だと思っている、今戦が有ったら・・」
「手柄を立てて・・侍に成っていただろうに・・・」
「悲鳴を上げるような、腰抜けではないわ・・・」
約束を守ったのに、母狸を縛り付け、子狸を逃がそうともしない、権太に、
「夜が明ける前に、帰ってきたら、この子は助けると、約束したでは無いですか・・」
「そんな約束、誰がした、それに戦を見られるかどうかも、解らないのに・・」
母狸は、悔しそうに、唇を噛んだ。
権太の悪くみは、これで終わりでは無い。
「狸とキツネが、何十匹‥いや・・何百匹も出てくれば・・・・」
と考えて、権太は、不気味な笑みを浮かべた。
子狸は母狸の膝の上で、安心したのだろう、スヤスヤと眠っている。
母狸は以外にも、優しい澄み切った目で子狸を、あやしていた。
夜が明ける前、権太は山に行くようだ。
「日が傾くには、まだ時が有りますよ・・・」
「わしにはわしの、都合が有るんだ・・・黙って居ろ・・」
「それより、自分と子狸の心配でもしていろ・・・」
権太は、そそくさと山に向かった。
山に着いた、権太は、色々な場所に罠を仕掛けた。
「狸とキツネが、ワンサと取れるぞ・・・」
「ウサギやイノシシに鹿・上手くいけば、熊も取れるかも知れない・・」
独り言を言いながら、やまの中腹を目指していた。
そろそろ日が傾き始めた頃、権太は、山の中腹に有る、大きな岩の陰に身を潜めた。
「もし嘘だったら、承知しないからな~・・」
ブツブツ独り言を言いながら、戦の始まるのを待っていた。
暫く、待っていると、梺の方から、
「ワ~・・ワーア~・・・・・」
大勢の声がして、大群が山を駆け上がる、足音がした。
「お~・・いよいよ始まった・・・」
大喜びの、権太で有る。
山の頂上からも、日が西に傾いて、黒い大勢の影が、まるで大嵐の黒雲の様に、武者達が次から次へと、沸いて出てくる。
その軍勢は、一斉に山を下る。山が崩れる様な、大きな地響きを立てて。
始めのうちは、どうせ狸とキツネが化けているのだと、高を括っていたのだが。
権太の目の前で、血しぶきを上げ、倒れ込む武者の顔は、苦しみと、無念さのこもった、今までに見た事も無い、苦しみの形相だった。
権太の周りでは、悲鳴と怒鳴り声、刀の打ち合う音、命乞いをする者を無慈悲に殺す、まさに地獄の様だった。
屍が権太の前で、重なり合って行く。
強がっていた、権太も、その恐ろしい出来事に、震えて身が縮む思いでいた。
どの位の時間、凄まじい無残な殺し合いが、続いただろう。
勝敗が付き始めていた。
すると、侍大将らしき、立派な鎧兜の、大男が近づいて来る。
恐ろしさに、震える権太は、
「近づくな・・・近づかないでくれ~・・・」
と、祈ったが、鎧のきしむ音を、「ガシャ・ガシャ」させながら、権太の前で、ピタリと止まった。
権太の体に、鎧武者の足が微かに触れた。
権太は、震えながら、身を縮め、鎧武者の足から、離れようとしたが。鎧武者は、辺りを見回しながら、足を強めに踏ん張ると、その足は権太に強く、押し付けた。
恐る恐る、権太が見上げると、ちょうど鎧武者も、権太を見下ろしていた。
その目は、大きく血走り、まるで地獄閻魔のようである。
「母狸との約束だ、約束をしたのだ、見えるはずは無い・・見えるはずは無い・・」
「良いか者ども、皆殺しにせよ・・勝ち戦じゃ~・・」
権太は、鎧武者顔から、目を放そうとするのだが、金縛りにでも合った様に、目を反らすどころか、目をつむる事も出来なかった。
山々に響く、大声で、しかも権太を見つめて、権太に言っている様だった。
血のりのベットリ着いた、長刀が権太の頬に当たっていた。
権太は、思わず。
「お・・お助けを~」と声に出してしまった。
その声を聴いた、鎧武者が、権太を睨みつけて。
「お前が~・・権太か~・・?」
吠えると同時に、長刀を振り上げ、権太に向かって、振り下ろした。
その瞬間、確かに、「・・約束を・・破りましたね・?」と母狸の声が聞こえた。
その瞬間、山は、何事も無かった様に、「ヒグラシが鳴き」遠くで「山鳩」が鳴いて、木の葉が、風にそよいでいた。
その時から、権太の姿を見かける者は無かった。
権太は何処へ行ったのか、生きているのか、死んでしまったのか・・?気にする者も無く、村人達の中に、権太を探そうとする者は一人も、居なかった。
権太の家には、夕べ、狸の仲間が、母子狸を、助けに来た。
何十匹もの狸の足跡と、母子狸を縛り付けていた、縄だけが残されていた。
チャン・チャン おしまい