2  異界への道

 光のトンネルは僕達が入った途端、グルグルと凄い勢いで回転を始めた。
軽いめまいをおぼえた後その動きをよく見ると、僕達の進む方向に向かって
らせん状に廻っている事がわかった。しかし、その行く手には何も見えず
どんなことが待ち受けているのか全くわからず、とても不安だった。

「この先には一体何があるんだろうね?」
 僕は恐る恐る歩みを進めながら、どんどん先を進んでゆく珠里に
向かって尋ねた。
「たぶん、今の所はまだ、湖の中を歩いているんだと思う。水の気配を
強く感じるから・・・」
「そうなんだ?」
「でもこの先に何があるのかは、私にもわからないわ。だって龍神界は
神の領域だもの」
 
 (神の領域・・・!?)
 その言葉を聞いて、僕の心臓は再び縮み上がった。
そこで気持ちを静めようと胸元に手を持って行くと、指先が何かに触れた。
(そうだ、龍笛があったんだ!)
 そう思った瞬間、僕の心に安堵感が広がって行った。
何故なら龍笛と僕は幼い頃からいつも一緒にいる、もはや双子の様な存在で、
どんな時にも笛を吹く事で心の乱れは吹き飛んで、平常心を取り戻す事が
出来るからだった。
 そこで僕は直ぐに笛を取り出すと、躊躇無くひと吹きしてみた。

 ピ、ピーッ!!
 小鳥のさえずりの様な明るい音が、閉ざされた空間にこだました。
すると不思議な事に、その場にあった閉塞感が薄れてひと筋の光が差し込んだ
ように感じられた。
「よーし、いいぞ、火竜。その調子だ!」
僕は嬉しくなって、今度は少し長いフレーズを歌うように吹いてみた。すると
 ヒューッ
 いきなり一陣の風がそれに答えるように向こうからこちらに向かって
吹き抜けて行ったのだった。
「凄いわ、橘君。今あなたが吹いた音に、向こうの世界が応えてくれたみたいよ。
私、龍笛は龍の鳴き声をなぞらえた楽器だと聞いたことがあるんだけど、
もしかしたらそれは本当のことなのかも知れないわね?」
 
 珠里のその言葉に昔、橘のお祖父ちゃんから聞いていた古い伝説を思い出した。
・・その昔、中国の山奥で龍に出会った男がいた。その男はその鳴き声が
どうしても忘れられなくて自分で竹を割って笛を作り、その音を再現してみたの
だという・・それが龍笛という名の由来だと、お祖父ちゃんは教えてくれた。
それから、僕は彼から演奏の手ほどきを受けるようになり、間もなく
その虜になってしまったのだ。

 懐かしい思い出を蘇らせながら、僕は懸命に笛を吹き続けた。
最初に覚えた短い曲のフレーズ。それが上手に吹けたとき、大喜びで
僕を抱きしめてくれたのは、母さんだった。お祖父ちゃん亡き後、
新しい師匠となった父さんに叱られて、しょっちゅうベソをかいていた僕を
いつも慰めてくれたのも母さんだ。あの優しかった母さんの存在がなければ、
僕は今頃龍笛奏者の道をあきらめて、別の道を歩んでいたかもしれない・・・
 
 そんな思いを巡らせつつ、僕はひたすら火竜を吹き続けた。
するといつの間にか火竜に対する恐れや引け目のような感情がなくなってゆき、
僕本来のリラックスした自然な演奏が出来るようになって行った。
それとともに足取りも軽くなり、さっきまでかなり距離が空いていた珠里との
差が一気に縮まり、いつの間にかすぐ後ろにまで迫っていることに気付いた。
 そこで僕はこの勢いで彼女を追い越してやろうと思い、大きく一歩を
踏み出した。と、そのとたん・・・

 珠里がいきなり立ち止まったので、僕は彼女の背中にぶつかって
バランスを崩し、転倒してしまった。
 「イッテー!何だよお前、急に止まるなよっ!」
 思わず声を荒げて抗議するも、彼女は僕のことは全く気にも留めず、
ただ前方を真っ直ぐに見つめるばかりだった。やがてこう言った。
「橘君、あそこに龍がいる・・」
「え?本当?」
 僕はその言葉を聞くと、まるで体操選手のような身軽さで起き上がった。

 そこには確かに龍が・・・いた。
その姿は白く輝き、その面差しには哀れな事に両眼は
見当たらない。間違いない、あれは・・・

「菊石姫!!」
 僕は駆け出して、その首に思いっきり飛びついた。
嬉しくて嬉しくて、僕は泣きながら言った。
「ああ、良かった。君にこうしてまた逢うことが出来て・・・」
『音弥、私もです。そして珠里、貴女にも・・・私はあなたの勇気に
とても感銘を受けています』
 珠里はその言葉を受けてひざまずき、低頭して答えた。
「余呉湖の水神、菊石姫よ。それはありがとうございます。
お逢い出来て大変光栄です。」
 僕達二人が揃って姫に向かい合うと、姫は穏やかに言った。

『二人とも、よくここまで来て下さいました。あなた方は今、
琵琶湖の底にいます』
 姫の言葉に、僕は仰天した。
「ええ?ここは余呉湖ではないんだ?」
『そうです。あなた方は空間移動をしてきました。この場所は
龍神界の入り口にあたるのです』
「えーっ!!」

 驚くべき事実を聞かされた僕は、慌てて周囲の様子を観察してみた。
辺りにはうっすらと光が射し込んでいるが、ユラユラとしたカーテン
の様なものに囲まれていて、ほかには何も見えなかった。その代わり、
地面に足をつけているという感覚が無く、フワフワと宙に浮くような
妙な感覚がした。姫は静かに告げた。

『音弥、珠里。よく聞いて下さい。先ほど私はここは琵琶湖の底だと
申し上げましたが、実はこの場所はあなた方が住む三次元の世界と
私達が属している四次元の世界との境界線にあたるのです』
「四次元の世界との境界線だって?まさか・・・」
 その時僕の頭の中には、時々遊んでいるバーチャルゲームの世界が
広がった。半信半疑な僕は、横にいる珠里の表情をうかがってみた。
彼女はこの事態をどう受け止めているのだろうかと思って・・・
 ところが彼女は疑うどころかいかにも納得がいったという顔つき
になり、こう述べた。

「橘君、信じられない気持ちなのは私も同じよ。
でもね、さっきあの光の輪をくぐった時強い衝撃を感じたでしょ?
それにここまで来る時にも何度も身体に抵抗感を感じたもの・・・」
「ええ?そうだったっけ?」
 すると珠里は呆れ顔で返した。
「あなたは龍笛を吹くのに夢中で気が付かなかったんじゃない?」
 ウーン、それでも納得が行かない僕に、姫が明解な答えをくれた。

『音弥、すぐにこの状況を受け入れるのは難しいかも知れません。
でも思い出して下さい。あなたは去年も一度、この世界を訪れました。
そのため、あなたはかなり抵抗が少ない状態でこの世界に入って
こられたのです』
「そっか、そういう事なのか?」
 そこで僕の気持ちはだいぶ落ち着いて来た。
しかし、僕が心底驚くのはこの後だった。

『さあ、それでは急がねばなりません。
あなた方のことを、この琵琶湖の守護神である偉大なお方、
黒竜王様がお待ちなのです。ここからは私の背にのって下さい。
これから王の居城である、龍宮の城にお連れしますから』
「ェ?今何て言った?黒竜王?しかも龍宮城って・・かあ?」

 もはや仮想ゲームの世界を超えている、その有り得ない展開に
僕は倒れそうな気分だった。しかし、この期に及んでも珠里は冷静で
その姿ははまるで、聖女ジャンヌダルクの如く勇ましかった。
そしてハイッと答えるや否や僕の背中を強く押し、
そのまま強引に姫の背中にのせてしまったのだった。

 ピシッ!!
菊石姫がその長い尾を打ち付けて浮上すると、それまで僕達の
周囲にあったカーテンのような物が、一斉に開け放たれた。
 その途端、再び僕達の耳にブーンブーンという震動音のような音が
飛び込んで来た。その音は先ほど地上で目玉石から聴こえてきた音と、
よく似ていた。

 「今、聞こえてくる音は何なのですか?」
珠里がすかさず同じ疑問を口にしてくれた。
『これは水の波動から発される音です』
「水の・・波動?それは一体何なのでしょうか?」
 すると姫は小さく鼻を鳴らしてみせた。
『ああ、そうでした。あなた方の世界ではまだ波動についてはよく
知られていないのでしたね?それでは説明いたしましょう。
この宇宙に存在する全てのものはエネルギー体であり、それぞれが
独自の周波数を持っているのです』

「つ、つまりその周波数が波動という事なのですか?」
『ええ、そういう事です。波動は三次元の世界では目に見えないし
音を聞くことも出来ないので理解するのは難しいでしょう。ですが
例えば紫外線や赤外線、或いは電波などのように、確かに存在している
ものなのです。これを感知することによって視力を失った私も自由に
行動する事が可能なのです』
「ふーむ、なるほど。理屈ではわかるけど、実感は難しいな」
『そうかもしれません。ですがあなたたちの世界でも、既に科学者達
の間でそれは解明されています。中でも生命にとって無くてはならない、
水と石の波動は重要ですから』

「え?石にも波動があるのですか?
そういえばさっき目玉石から震動音のような音が聞こえてきました
けれど・・・」
 珠里がすかさず鋭い質問をした。
『その通りです。よくきがつきましたね?
私はこちらの世界からあの石の持つ波動に周波数を合わせて、
あなた方とコンタクトを取ったのです』
「そうだったんですか?それではもうひとつ、質問したいのですが・・・」
『もちろん、いいですよ、珠里。何でも聞いてみて下さい』

「ありがとうございます。それではお尋ね致します。
今の説明を聞いていて思い出したんですが、実は私の家の神社にも、
注連縄が掛かった石があるのです。その石からも、何か特別な波動が出て
いるという事なのでしょうか?」
 その質問に、姫は少し間をおいてから答えた。
『ええ、珠里。あなたの言う通りです。
神社は、もともとエネルギー磁場の高い場所に造られているのです。
そのため天界から送られてくる光が直接入るため、そこにある石はもちろん
のこと、それ以外のもの、例えば木々や泉、流れる滝等からも良質の
高い波動が発生しているのですよ』
「なるほどーそれで神社に行くと、いつもスッキリした気分になれるのか?」
『そうです、音弥。だいぶ理解出来てきましたね?またそれ以外にも、
神社を守る人々の努力もあって、神社の中の空気は常に浄化が保たれている
という訳なのです』

 僕達は新たな知識を授かり、目が開かれる思いがしていた。
そうしたやりとりをしている間に、辺りの様子がまた変化している事に
気付いた。さっきまで聞こえていたブーンブーンという震動音のような音は
いつの間にか止み、辺り一面が一段と光りを増していた。




神倉万利子
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神倉万利子

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