紀ノ介の夢
治部は警備を強化するよう指示を出し、その帰りに刑部の屋敷へ寄った。刑部のために出来ることは何もないがやはり心配だった。
刑部の屋敷前に治部が姿を現すと、すぐに屋敷の者が治部に声をかけた。
「おいで下さりありがとうございます。ですがまだ刑部少は目を覚ましておりません。それでもよろしければ……」
「そうか……それでもいい。刑部殿の顔を見ることはできるか。そちらの負担になるようなことはしない」
「ええ。治部少輔様ならもちろん、殿もお喜びになられるでしょう」
治部はすぐに刑部の眠っている部屋へ案内してもらい、中に入った。
布団へにじり寄ると、布団のすぐそばがほんのりと温かかった。おそらく、治部が来たので気を利かせて医師が席を外してくれたのだ。
(医師が席を外せるということは、容体は安定しているのかな)
しかし素人目に、刑部はかなり苦しそうだった。見ていると可哀想で、代わってあげられたらどれだけいいだろうと治部は思う。息は荒く、顔は火照って、汗が流れていた。眠ってはいるが、何やらうなされていた。
「大丈夫か……佐吉……目を覚ましてくれ……」
しかし刑部は、確かにそう呟いた。
「それは俺の台詞だろ」
一体どんな夢を見ているんだ、紀ノ介は。夢の中まで人の心配をしている刑部に、治部は笑いたくなるような泣きたくなるような気持になった。
「紀ノ介、早く目を覚ましてくれ、待っているぞ」
治部は刑部の手をぎゅと両手で握りしめると、あとは未練を残さないようにすぐ部屋を後にした。