「渡しそびれた手紙」
 おじいさんが救急車で運ばれた。
必死の願いと医療スタッフの懸命な処置のお陰で一命を取り留め回復に向かう、毎日様子を見に来るおばあさんに「遠い所だから毎日来無くてもいいよ・・」と、窓の外を見ながら言う。
 だが。おばあさんは、おじいさんの顔が少し穏やかに成るのを感じ取っていた。
 長年一緒に居ると、そんな少しの表情の変化で、おじいさんと会話が出来るのだ。
 近い日に退院出来ると思っていたのだが。
 容態が急変したと連絡が入った。
 おばあさんが病室に入ると、看護師さんに見守られていた。
「おじいさん奥さんが来ましたよ」
看護師さんが声を掛けた。
 待っていたかの様に、おばあさんを優しい目で見つめて、静かに目を閉じ、息を引き取った。 
 看護師さんが、「預かっていました」
と古びた封筒を差し出した。
 薄破れし変色した封筒の中の、便箋には、「苦労を掛けて・・」で始まる、若い時の字だった。
若い頃は確かに苦しい時期も有ったが、その時に書いたものなのか。
「若い時の苦労なんて、幸せの内ですよ」
 おじいさんにそう話し掛けた。
 お世辞一つ言えない不器用な人だった。
 おじいさんらしい言葉で感謝の気持ちが綴られていた。
その手紙は読みながら、おばあさんは時々首を傾げた、文字が幾つか抜けている、おばあさんは。おじいさんにはそんな「そそっかしい」ところも有ったのだと初めて知り一寸微笑んだ。
何度も何度も読み返しているうちに、涙が溢れ出て、便箋持つ手が震えた。
最初の文字は「あ」そして次の文字は・・
抜けている文字を一文字ずつ繋ぐと「アイシテルヨ」と成った。
おばあさんが初めておじいさんに貰った手紙は。おじいさんが昔書いて、おばあさんに渡しそびれていた手紙。やっと渡す事が出来た。その手紙は。
脱字の多い。ラブレターだった。
      終わり

元野 敏
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元野 敏

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