二・キレるな! 悠
いや、一応段階は踏んでいたか。真彦の発言の途中から悠の様子は本当に一変した。
そろそろ終わるだろ、の瞬間に悠はテレビを切った。もちろん電源を、だ。この部屋に真剣はない。
思って、の段階で悠は一気に眉間に皺を寄せた。思い出してしまったようだった。何をか、というのは俺にもわからなかった。
な、の所で悠は両手を組んでパキ、ポキ、と音を鳴らした。
来た、で悠は見えないはずの目を開いた。悠は怒るといつも目が薄開きになる。何か、目が見えないはずなのに、というか、だからこそ何かしら人の心の内を見透かしてしまうような、そんな恐怖、というか威圧感を相手に与える目。そんな目で今悠は俺や真彦を睨んでいた。
「……なぁ、あいつめっちゃ怒ってるけど、何があった?」
悠の眼前で、大きなガタイをした真彦が面白いくらいに――かと言って笑うことは到底できないが――ヒソヒソと小声で、隣に立つ俺に尋ねた。
「いや知らねぇよ」
俺は俺で真実を耳打ちで返すしかない。
「漢は言葉も使わず語る、とか何とか言うけどよ……語り過ぎだろ、ありゃあ……」
「とりあえず訳を聞いてみなけりゃ始まらないよ、な」
訳の分からない怒りを湛えた悠を二人して見る。悠は小声で、しかしハッキリと通る声でしゃべり始めた。
「今日は久々に師匠もいないし、学校も休み。自主トレや稽古も時間を調整すればどうにかなると思っていた……」
そういえば今日の稽古やら何やら、三人揃ってないとできないことはことごとくこの時間を避けるように悠は予定作りをしていたな、と思い出す。
「全てはこの時間、この時間にテレビを見ること。その為にここまで頑張ってきたんだ……」
どんだけ見たかったんだその番組。今昼下がりなんだがまともな高校生男子が見たがるような番組なんかやってるか?
「アレ、だよな……?」
真彦が指を指して言葉を挟む。悠がその指で差すものを目線で追うことや読み取ることはできないが、こいつはバカだからしょうがないか。
「そうだよ。アレ、だよ……!」
読み取ってるよ、おい……!
そんな軽い驚きはともかくとして、真彦の指の先には怪獣のぬいぐるみが置かれている。俺たちが幼稚園に通っていた時に三人とも大好きだった幼児向け特撮アニメの悪役怪獣のぬいぐるみだ。ずんぐりむっくりな体型で、その顔自体は何を考えてるのかわからない、というかもうアホなんだな、という言葉一つで納得してしまいかねない半開きの口。縦長の目。そして腹に凶悪そうな模様。もしやこっちが本当の顔? とか思わせておいて実は全然そんなことはありませんでしたー。そんなツッコミどころ満載、というかもう色々扱いどころに困る悪役怪獣のぬいぐるみが悠の後ろ、窓際の棚の上に鎮座していた。
どうしてそんなものがここにあるのか。そしてそれが何に関係しているのか。もはや言うまでもない。聞くまでもない。
「どうして……」
悠の独白は続く。
「何故このタイミングで解散なんかしてくれたんだ! お陰で特番組まれて『行くな! ガーゴン』が潰れてしまったじゃないか!」
やっぱそれかよ!
「畜生!」
叫ぶ言葉と同時に悠の左手が机を叩く。項垂れたその姿が本当に無念そうに見える……のは大いに問題があるような気がするのだが。
「まぁ、もうお前もこういう幼児向けアニメからは卒業しようぜ、ってことなんだよ」
適当なことを俺は放っておく。でもこれ、結構本心なんだが。
「剱人、お前はこの作品の良さがわかってないからそういうことが言えるんだよ! 僕がどれだけこの作品を楽しみにしていたか、わからないだろう!」
うわぁ……。引くわー。という表情を露骨に出しても、こいつには伝わらない。そもそも、アニメをアニメと言わず、作品、と呼ぶ時点で何かがおかしいんだ。こいつは絶対にそうは思わないんだろうが。
「まぁ、何だ。悠。そいつ悪役だし、悪い奴だぜ? 可愛がるなよ。ガーゴン忘れて剣道へゴー? みたいな? ハハッ!」
真彦のお寒いギャグ――にすらなってねぇんじゃねえか? まぁこの際それは放置しとくけどさ――が飛ぶ。悠はガーゴンのぬいぐるみを抱えて机に突っ伏している。……子供か! しかし反論だけは早い。
「これがどれだけショックかわからないだろうね……二人には。ふざけてるよ。あの首相。かの邪知暴虐の首相! このタイミングだけはない! ないよ!」
つーか本当にあの時テレビ見ながら本当に激怒してたのかよ! かの邪知暴虐の王、じゃないけど首相に本当に殺意抱いてたのかよ!
俺のアテレコ、意外と当てになる。……そんなこと考えてる場合でもない、か。
「もう良いじゃねえかよ。な? 悠。おめぇオタクじゃねぇんだから……」
その発言もまたスイッチだった。