飲み込んだ言葉、少年の悲劇
ああ、どうしょうもないな。
ただそれだけの感情しかなかった。
ただそれだけの環状を語った。
物語は堂々巡りを繰り返していたけれど、環状線に終わりがないようにその物語にも終わりはなかった。
千日手、という結末がチェスには待っているけれど。
そんなことすら許されない強引に繋がれたメビウスの輪。それが私の物語に終わりをなくしていた。
もうどれだけ彼の悲しみを見ただろう。
もうどれだけ彼の苦しみを見ただろう。
もうどれだけ彼の楽しみを奪っただろう。
もうどれだけ彼の快楽を奪っただろう。
数えてもきりがないのはわかりきっていることだった。
私は空中に浮かんだまま彼の顔を見つめた。
その時間はきっと永遠で、円環。
「どうして、どうして――」
彼は嘆き続けている。
私は、この高層ビルから飛び降りたヒトのタマシイ。
いわば、亡霊だ。
地縛霊ってものは、こうして死ぬ瞬間を気が狂ってもみさせられ続けるという罰を受けてから地獄かどっかにやられるらしい。
それでも私に恐怖というものはなかった。
生きている。それ故に、地獄。
そんなゆがんだ価値観は到底、誰かに理解されることはなかった。
かくいう彼も、『私』という価値観に理解を示そうとは考えていないようだった。
いや。
理解はしていたのかもしれない。それを変えさせようとしていただけで。
しかし私は歪んでしまっていたのだ。歪んでしまった金属は、二度と元の形には戻らない。
不可逆の法則。
それは世界は不変であると同時に不快であるということ。
そんなことを考えていると、ふと彼は立ち上がった。
私が乗り越えた、懸命に乗り越えた柵を同じように乗り越えて、実に危うい足場に立つ。
ここは屋上だ。落ちてしまったら命は無いだろう。
いや、無いに決まっている。
こうして私が亡霊になっているんだから、命は無い。
十階建ての高層ビルの屋上。その周りにはまだ人気が無い。
そうなるようにわざわざ明け方の少し前を選んだのだ。
彼は恐る恐る、といった風に屈んでその足元を覗き見る。私もつられて足元を見た。
あかい、あかい、はなびら。
真っ赤に染まったコンクリート。その中には所々に人間じみた部品が散らばっている。
もげた指。千切れた足。へばりついた頭皮。そこに張り付く髪の毛。原型をとどめない胸骨。あらぬ方向を向いた腕。その先にぶら下がる手首。その手首からは指がもげている。
ああ――私だ。
彼はそれを視認するとゆっくりと立ち上がった。
それを見て、私はこの先の記憶が途切れていることを思い出す。
あれ?
この記憶は円環なのだ、環状なのだ。なのに、何故思い出せないのだろう。
ぼんやりと記憶を手繰っていると、彼はくるりと後ろを向いた。
ぼそぼそと、何かを呟いている。
……私の名前が聞こえたような、そんな、気がした。
「ねえ、もういいだろう――あの子がいないこの世界に用はない」
だったら、と。彼は目を瞑った。
ああ、ああ、手を伸ばさなくては。
咄嗟にそう思ったものの、私にはもう彼を支えるだけの質量を持ち合わせていない。
あ、あ、ああ――――混ざって、しまう。
ぐしゃり、とアイスクリームが落ちたような湿った音がした。
潰れた頭からはフランボワーズ・ソースのような脳味噌と脳漿と血液と体液があふれ出していた。
私が、死んだのは。
もう誰も傷つけないようにするためではなかったのか。
私が、殺した。私が、私が、あああ、ああ。
気が付いたら口から嗚咽が漏れていた。
それを飲み込もうとして息が詰まる。咳き込んで吐き出して大声を張り上げて。
私は生まれて以来――久しぶりに、涙を零した。
――Cracked head with Raspberry Sauce.