今年もインターハイ予選は3回戦敗退。
なかなかこの壁が乗り越えられないのだ。
鼻をすすりながら挨拶するキャプテンに、秀典も思わずもらい泣きした。
自分もすっかりバスケ部に溶け込めてたんだな。
先輩たち、本気でバスケやってたからこそ泣けるんだな。
自分たちも、1年後こうやって泣けるだろうか。
いや…
泣くためじゃなく。
笑うために、思いきりバスケしよう。
秀典は、赤い目でキャプテンの言葉を聞いていたみやびに近づいた。
ポンポン、と頭を軽く叩く。
「みみ、ご苦労様。急に1人になっちゃったのに、よく頑張ったよな」
みやびが目を見開いて顔を上げる。
「ううん。私なんて全然先輩たちみたいに上手にできなかったし。1年生たちも入ったばかりなのに、すごく助けてくれたし。何より、部員さんたちに負担掛けちゃった…」
「皆、みみが頑張ってたのはわかってるよ。本当に感謝してる」
みやびの大きな目から、雫が零れ落ちる。
「引退までとことん頑張るから。これからもよろしくな」
「うん…」
グチャグチャの顔で泣き崩れてしまったみやびに、秀典は焦った。
泣かせたかったわけではなかったのだ。
「おい、何泣かせてるんだ」
勇太が胸倉をつかむ。
「いや、違う、別に俺は」
「あ?何が違うんだ」
一触即発の2人を、不思議そうに1年生が見つめている。
そうだな。
俺も去年は、よくわからなかったよ。遠い世界の出来事に見えてた。
「瀬良くん、やめて。何でもないから。大丈夫だから」
無理やり笑おうとするみやび。
「だってコイツが」
納得いかない勇太。
「違うの。秀ちゃんのせいじゃないの」
「…」
パッと手を離し、勇太が舌打ちした。
「とりあえず、今は先輩たちの大事な引退だ。後でちょっと話がある」
秀典に向けられたのかと思った言葉は、みやびに対してのものだった。
「みやびちゃん、君に言ってるんだからね」
「え?」
ミーティングが終わり、3年生が引退を宣言した。
新キャプテンには秀典、副キャプテンには勇太が任命された。
「頼んだぞ」
肩を叩かれ、秀典は大きく力強く頷いた。
「支え合って、うまくやってくれよ」
勇太はじっと元キャプテンを見つめながら、はいと小さく返事した。
秀典の事はちらりとも見なかった。
「みやびちゃん、ちょっと待って」
「…」
帰ろうとしたみやびを、勇太が引き止める。
「さっきの話の続き」
「続きって別に…」
「柴田に何かひどいこと言われたの?」
「違うよ。そんなんじゃない」
ぶんぶんと首を振って否定する。秀典のせいなんかじゃない。
「じゃ、どうしてあんなに泣いてたの?みやびちゃんがあんな風に泣くところなんて、見たことなかったし。見たくなかった」
「…ごめんなさい」
「違う。君を責めてるわけじゃないんだ。ただ、なんていうか…芝田だけ特別っていうのが許せない」
「そんなつもりは」
「ない?嘘だよね。部員全員に平等って言いながら、いつだって芝田の事を目で追ってる」
勇太はいつものおどけた表情じゃない。
「そんなことは」
「あるよね?意識してるのか無意識なのかはわからないけど」
真剣な眼差し。
「…」
「呼び方も、あいつだけ下の名前だし」
「それは、昔からの…」
「幼馴染だから?」
「そうだよ。今さら呼び方変えるのも変だし」
「あいつも君の事、特別な呼び方してるよね」
「それも小さいころから…」
「みみ」
勇太が耳元で囁く。
「…」
「俺もこれから、みみって呼んでいい?」
「…」
「みみ」
みやびはうつむいて下唇を噛みしめた。どうやって言えばいいのだろう。うまい言葉がみつからない。
でも。
嫌だ。
「…」
「ごめん。それは、秀ちゃんだけ。特別なの」
「ほら」
「…」
「ごめんなさい。でも、恋愛とかじゃないの。バスケ部は部内恋愛禁止。私は秀ちゃんに恋してるわけじゃないし、付き合うとかそんなつもりもないの。ホントだよ。これから私達の代になるんだよ。後輩を引っ張って、上を目指して頑張っていくんだよ。ね、瀬良くんも副キャプテンとして…」
「芝田の下で頑張れって?」
「…下って…」
「正直に言って、不愉快だよ。キャプテンと副キャプテン。天と地ほど違う。俺はあいつの下ってことだろ」
「違うよ。何でそんな事言うの?キャプテンにも副キャプテンにも、それぞれに役割があるでしょ?どっちも大事だよ。どっちも責任持って誇りを感じて…」
それはみやびの本心だ。取り繕うための言葉じゃない。
キャプテンにも副キャプテンにも、スタメンにも、ベンチにも。
そして、マネージャーにも。
それぞれの役割があるのだ。誰が欠けてもチームは成り立たない。
「わかった。もうこの話はいいや」
「…」
「わかったから、これからも俺は君を追いかけるよ」
「…」
「引退するまでは何もしないけど。これから1年かけて、君に惚れさせてみせるよ」
「…」
「じゃ、お疲れ」
「お疲れ様…」
自分たちの代になって、秀典は今まで以上に張り切っていた。
勇太とは相変わらず馬が合わない様子だったが、それでも互いに支え合っているように見えた。
お互いの存在を煙たがりつつ、尊重し合っているのだろう。みやびはその何とも言えない距離感が、男にしかないような気がしてうらやましかった。
信頼し合っている相棒。そんな風に感じられた。
どこか自分を避けるような秀典と、やたらかまってくる勇太。
2人が一緒だから、みやびは丁度いいバランスでマネージャー職を全うしていられた。
ミラクリエ トップ作品閲覧・電子出版・販売・会員メニュー