section4:Quest---MANN
In drear-nighted December,
Too happy, happy tree,
Thy branches ne'er remember
Their green felicity:
The north cannot undo them,
With a sleety whistle through them;
Nor frozen thawings glue them
From budding at the prime.
In drear-nighted December,
Too happy, happy brook,
Thy bubblings ne'er remember
Apollo's summer look;
But with a sweet forgetting,
They stay their crystal fretting,
Never, never petting
About the frozen time.
Ah! would 'twere so with many
A gentle girl and boy!
But were there ever any
Writh'd not of passed joy?
The feel of not to feel it,
When there is none to heal it,
Nor numbed sense to steel it,
Was never said in rhyme.
12月のわびしい夜でも 幸せそうでいられる木は
盛りの頃の枝振りを 覚えているわけではないけれど
ぴゅーぴゅーと吹き渡る 北風に裸にされることもなく
凍てつくような寒さでさえも 芽生えを妨げることは出来ぬ
12月のわびしい夜でも 幸せそうでいられる小川は
夏の盛りの頃のように 泡立ち流れることはないけれど
それでも時折は思い出して 水晶のような輝きを見せる
凍てつくような寒さの中でも へこたれることがないように
大勢の少年少女たちにも 是非そうあってほしいものだ
けれど過ぎ去った日を惜しんで 悲しがらずにすむものは少ない
感じたくないものを感ずることは 誰にも慰めえないことだけに
他の感覚ではごまかせないだけに 言葉で表すのはむずかしい
John Keats
STANZAS~In Drear-nighted December
引地博信:訳
「……!!」
誰かが叫んでいる。
「馬鹿野郎!!トニー、ビビってないで手伝いやがれ!」
ああ、これはノエルの声だ。目が開かない。
「耳元で怒鳴らないで」
そう言ったつもりだったが、声にはならなかったらしい。
「馬鹿しゃべんな、肺に血が入るだろうが!!アーサーまだか!?」
「ああ、こっちは済んだ。先に止血だ。右腕は、後で何とかしよう」
そこにアーサーもいるの?それなら調査には支障は出ないわ。もう大丈夫、ね。
「沈むな、リリス!意識を保て!!」
私は、死ぬのかしら。
メアリーとトニーは無事?そう。それなら、もう良いわ。私がいなくても調査は完了するのでしょう、アーサー、ノエル?
だから、もうここで……。このままで……。
9th December,192x
深夜。昨日は三時間しか眠っていないというのに、リリスは中途半端な時間に目覚めた。
湧き上がる寒気と軽い吐き気を抑え込む。この付近に来るとかつての失態を思い出すせいか、ろくな夢を見ない。
しばらく上体を起こしていたいが、調査に睡眠不足の影響が出るのは極力避けたい。
彼女は昨夜ゲーリーに貰ったジンジャーブレッドマンをサイドテーブルの上に置き、もう一度寝直す事にした。生姜や人型の物が魔除けになるというジンクスが本当なのかは、よく分からないのだが。
夜具の中で壁際を向き手足を縮める。
嫌な夢を見るとこの姿勢で眠るのは、子供の頃からの癖だった。
(大丈夫。まだ大丈夫)
呪文のようにそう繰り返す。
先の夢に再び囚われないよう、他の事を考えなければ。
リリスは今回の調査について思いを巡らせた。心霊調査機関からの仕事だ。普通の殺人のはずがない。犯人が何であれ、"ジャッカル"は思う所がありダウジングを行い、その結果フリッペンを事前調査に出したはずだ。"ジャッカル"の意図はどこにあるのだろう?
やがてリリスの意識は浅い眠りの中へと落ちた。
日が昇り、探索へ出向く前に一同は朝食を取るため二号室に集まっていた。
いつもは一早く活動開始するリリスが一番最後に現れる。
「あら、珍しく寝坊?」
リーファスが声を掛けると、リリスはにっこりと笑う。
「ジンジャーブレッドマンのご利益で寝過ごしちゃったわ」
「ふふ、ゲーリーが聞いたら喜びそうね」
もっとも、わざわざゲーリーにそんな話をするとはリーファスも思ってはいなかったが。
ともあれ、朝食を終えるとリリス以外の4人は揃って図書館へ。
近隣には大きな図書館はないので、多少距離のある場所へ行く事になるので、シティ内の大学に隣接した図書館を使う事になった。
「うちから車を呼ぶか」
そう言い出したのはゲーリーだ。それ程遠い距離でもないが、電車やバスでぞろぞろと移動するのも今ひとつ面倒だからだ。
「あなたの自宅の運転手さんに頼むの?それって大丈夫なの?」
リーファスの心配は「心霊調査機関が表には出せない存在」という事だ。ゲーリーは冗談交じりで答える。
「当家の運転手の口は非常に堅いぞ。何しろ話しかけてもろくな返事がない」
「無口なのか」
苦笑してケインが言う。他の交通機関より効率が良いこともあり、結局はゲーリーの提案が通った。
「やっぱり車が欲しいわ」
ため息と共に呟く妻の声に、ケイン聞こえないふりを装った。
単独行動しているリリスは、友人のブラウン警部との面会でロンドン警察庁近くにいた。
折しも先方はこの連続事件の捜査を行っている最中であり、面会時間は限られているという。
「お忙しいのにごめんなさい。他に頼れる人がなくて」
満更嘘でもない。もう一人いるリリスの警察関連の友人はロンドン市警勤務のため、ブラウンを頼る他になかったのだ。少し疲れた顔で少し笑い警部は言った。
「いや正直な話、捜査がかなり行き詰まってるんでね。頭を冷やして整理するという意味で君に話すのは悪い事でもないさ」
短時間の面会の中でリリスは、被害者の情報と目撃証言と検視官の名前を聞き、それらをメモした。
リリスの方からは何も新しい情報提供などは出来ない。申し訳なく思いながらも「もし取材中に新しい情報が得られたら、真っ先に報告する」とだけ約束しておく。
勿論ゴーストハンターとしてあかせない事も多いので、こんな約束は気休め程度にしかならない。
(今度、彼の家族のために何か手土産でも持参してお礼に行かなきゃいけないわね)
そんな事を考えながらブラウン警部と別れたリリスは、ゲーリーと待ち合わせた場所へと向かった。
一方の図書館調査組は、手分けして過去の新聞記事を遡っていた。
幸いと言う訳にはいかないが、ゴーストハンターであったホーリー・フリッペンが最後の被害者であるため、その日付は組織の連絡用員であるジェーン・コッカーが記憶していた。それが12月3日。その記事は簡単に見つかった。
後はそこから一連の殺人報道記事を探してゆく。
しばらく黙々と作業していた一同だったが、一時間程経過した頃にケインが声を漏らした。
「あ、歴史学博物館の火災記事だ。へぇ原因は警備員の煙草の不始末、かぁ。……って、あれ?そうだったけ?」
コメットが呆れた口調で答える。
「原因は目の前できっちり見ただろ?」
彼の言葉通り、これは先月同じメンバーで調査を行った事件である。
「まあ、その内容は報道規制だろうな。あの博物館の持ち主は貴族だったから、色々と事情があるんだろう」
ゲーリーの言葉にケインは、もう一度「へぇ」と言った。リーファスがため息をついて、夫の顔を見る。
「それより、残りの記事は?」
「まだ。面倒だな。俺こんな一度に沢山の新聞読んだの生まれて初めてかも知れない」
彼の根気は大抵の場合、科学的な側面での調査や、手先を使う作業に向く。新聞相手に数時間の戦いというは不得手でも仕方ないだろう。
とは言え「仕事」だ。集中力を多少欠きながらも、ケインは再び紙面へと視線を戻した。
「あった。11月22日だ」
コメットが見つけた記事を広げて皆に見せる。ゲーリーとケインが要点をメモした。まとめ終えた所でリーファスが別の新聞を持って来た。
「これもそうね、11月7日のここ」
メモを取りながらの作業になったので、主に記事を探すのはリーファスとコメットの仕事になった。 その後、10月12日、9月29日と事件の記事が見つかった。記事から全ての被害者や発見場所などを書き留める。
ケインはメモをポケットに戻した後、手持ち無沙汰なのか置きっ放しの新聞を読み始めた。
「背の高さが10フィート(約3m)もある怪物かぁ。でも、そんなのロンドンにいるわけないよな」
「何?小説でも載ってるの?」
リーファスが隣へ座り、夫の見ていた紙面を覗きこむ。
「これって、この事件の話だわ。目撃証言や噂話をまとめたコラムみたいね」
リーファスの言葉に、コメットとゲーリーもその記事を横から覗き込んだ。
「これ大発見だよ。ケイン」
コメットがポンと”自称・天才発明家”の青年の肩を叩いた。
「でも、いくらなんでも身長10フィートの怪物の犯人は、切り裂きジャックの再来以上に有り得ないよ」
記事を見つけた当の本人は苦笑している。だが、コメットはそれを聞いて少し考えながらこう答えた。
「そうでもないよ。ほら、『霧で顔は見えなかった』って書いてあるだろ?相手が段差のある場所、階段の上なんかにいたとする。でも霧で足元が見えなかったから、背が高いんだって目撃者が勘違いした。これなら説明つくだろう?」
リーファスが頷く。
「そうね。勿論現場を見ないと何とも言えないけれど、一応この記事の内容も覚えておきましょう」
「思い切りガセっぽいけれどなぁ。その後は”死神の馬車が被害者を迎えに来た”って話になってるんだぞ?」
ケインはそう言いながらも、一応箇条書きで内容をまとめた。
同じようにその話をメモしていたゲーリーは、何を思ったのか情報の横に何やら奇妙な絵を描き始めた。
「何それ?」
彼の手元を覗いたコメットが聞く。ゲーリーは答えずに大雑把なタッチで「何か」を描き上げ一同に見せた。大きめの文字で「犯人像」と書き添えられている。
「……無いよ」
と、コメット。
「無いわね」
同意するリーファス。
「というか何だ、それ?」
ケインが首を傾げる。 三人の今ひとつな反応にゲーリーは「残念」とだけ答えた。相変わらず本人も自分の描いた物を信じている訳ではないのだが。
昼前。 ゲーリーはウェストミンスターのヴィクトリア・ストリートに面した古風なパブでリリスと落ちあった。仕事中という事もあり、昼食くらいなら彼女も誘いを断らない。二人は食事を取りながら、午前中の情報収集の結果について話す事になった。
リリスは店員に案内された席に着くなり、極上の笑顔でこう言った。
「ところで、あなたは生々しいお話をしながらのお食事でも大丈夫かしら?」
「いや、極力遠慮したいな。出来れば食後に回してくれ」
嫌なデザートタイムになりそうだが、この際仕方ない。
「分かったわ」
そう言って頷く彼女は「生々しい話」も平気なのだろうか。問えば聞きたくない返答が来るような気がしたのであえて止める。
例え目の前の美しき花に毒や刺があろうと、ただ鑑賞しているだけの時は意外に楽しいものなのだ。だが、この花を手折り間近に飾るためには、それなりの覚悟が必要そうである。
「なまめかしい話なら大歓迎なんだがな」
ゲーリーは小声で言ったつもりだったが、しっかりリリスに聞こえていたらしい。
「仕事中に相応しい話題とは思えませんわ、ミスター・クローン」
一応口元だけはいつもの笑顔のままだ。
「確かに」
つまらないことで粘って心証を落とす気もないので、ゲーリーも反論せず仕事の話に集中する事にした。
二人の情報を合わせると、大体以下の様なものになる。
9月29日 エミリ・チャップマン(26歳)
パブのウェイトレス。現場ハンベリー・ストリート。
頭部切断による失血死。
10月12日 ジニー・ビンガム(37歳)
主婦。現場キャソン・ストリート。
肩部から腹部切断。
11月7日 アイリーン・ルモンド(19歳)
無職。現場ダーリング・ロウ。
頸部から背部切断。
11月22日 ジョン・エイベリー(33歳)
工場労働者。現場ブレィディ・ストリート。
頸部切断。
12月3日 ホーリー・フリッペン(41歳)
アメリカ人・医師。現場バックストン・ストリート。
胸部刺傷。
最後のホーリー・フリッペンが心霊調査機関のゴーストハンターだった事は先にも述べた通りだ。
被害者同士には面識も共通点もない。荷物など荒らされた形跡も着衣の乱れなどもない。警察の把握する目撃情報は5件だという。
「警察の友人は『刃物傷だが、かつてのホワイトチャペル事件とは違う。』と言っていたわ。決定的な証拠がないので、それ以上は教えて貰えなかったけれど。検視官に当たるしかないわね」
と、リリスが付け加える。彼女から借りたメモを写し取りながらゲーリーが呟く。
「リチャード・バイロンか。面識はないがロンドンでは有名な検視官だな。話くらいなら聞けるだろう」
「お願いね。出来るなら傷の様子と一緒に、凶器の予想があれば助かるわ」
見目麗しい女性に熱っぽい口調で頼まれるのはまんざら悪い気がしない。だが、相手はリリスである。迂闊にそんな言葉を口に出すと、ろくでもない切り返しを受けるのは目に見えている。
「出来るだけの事はやってみるさ」
ゲーリーはそう答えて、図書館で取ったメモをリリスに手渡した。
受け取って数秒。リリスは紙面を見つめた後、小首を傾げゲーリーを見た。
情報の横に「犯人像」が描かれたメモだ。そこには下半身が馬で上半身が人間らしき(ケンタウロスのような?)物が、大きな鎌を持って立っている。横に『身長10フィート』と記されていた。
しばらくの沈黙の後、リリスが言った。
「確かに、こんな奴が本当にいるのなら犯人に間違いないでしょうね」
真顔でそんな風に言われるとかえって堪える。
「ただのジョークじゃないか」
言い訳のように言うゲーリーに、彼女はこう切り返した。
「そうね。もしも本気で言ってるのなら、明日あなたは拠点にいないでしょうから」
言葉の意味はあえて考えないでおく事にして、ゲーリーは苦笑いだけを返した。
この後、ゲーリーは知り合いの医師を通じて検視官ドクター・バイロンに連絡を取り、面会を求める事になる。
「君はこれからどうする予定だ?」
リリスに尋ねると少し考えるような仕草をした後、満面の笑顔で小首を傾げて言った。
「ふふ、どうしようかしら?」
ゲーリーはため息混じりに言う。
「まあ答えたくないなら別に構わんが。あまりに突拍子もない所へ行くと、君の身に何かあっても俺達には一切分からんぞ?その時は"俺の婚約者"って扱いで処理するからな」
「あら大変、お化粧直しておかなきゃ」
そう答えた後。リリスはすっと表情から作り笑いを完全に消し、やや暗い陰鬱にさえ見える目で言葉を続けた。
「心配ご無用。今出来る事なんて限られてるんだから。ただ、少し気になる事が幾つか。……さっきの絵、良い線付いているわよ。"傷は上から"。検視官に確認してみて」
リリスは再び笑顔になる。
「それじゃあ、気をつけてね」
そして踵を返して足早に歩き始める。
結局上手く言抜けられた訳だが、恐らく今の言葉は信じても大丈夫だろう。
「君もな」
ゲーリーは彼女の背中にそう言うと、自分もまた次の調査へと向かった。