section5:Survey---NIED

図書館を出てゲーリーと別れたケイン、リーファス、コメットの三人はイーストエンドに戻り現場近くでの聞き込みを開始した。 しかし、探偵であるコメットはともかく、科学者のケインや占い師のリーファスは聞き込みにさほど慣れている訳ではない。
「話を聞かせて欲しい」というのは簡単だが、相手から「何故?」と聞かれた時に説得力のある説明は咄嗟に出ない。

途中まで一緒に歩いていた三人だったが、コメットがまず近くの現場へ向かった。
「参考までに、少しコメットの聞き込みの様子を見ようか」
ケインがそう提案した。リーファスも反対しない。二人はそっと物陰からコメットが周囲にいる人間に話しかける様子を伺った。コメットは殺人現場の近くにある店の前で、店主に向かって涙ながらに何かを訴えている。
「何を言ってるのかしら?」
リーファスは自分の気配を霊能力を使って希薄にし、声の聞こえる範囲にそっと近づいた。
「そうなんです、殺されたのは僕の叔母さんなんです!父も母もそれ以来ずっと塞ぎこんでしまって……。それで僕が叔母の最期について聞いて回っているんです」
コメットの話を聞いた店主は同情しているようで、うんうんと頷いて話を聞いている。

リーファスは再び気配をひそめてケインの元に戻って言った。
「意外と演技派ね、彼って。被害者の親戚になりきって泣き落としで話を聞いてるわ」
普段は子供扱いされると怒るコメットなのだが、今回はそれをふんだんに使って調査を行う事にしたようだ。
「うーん、妻が殺されたと言っても、俺が言うときっと嘘だってのが即バレそうだよな」
「何で私が被害者になるのよ?」
リーファスが不機嫌そうに問うと、ケインは慌てて「例えだよ、例え」と言い訳する。

「やっぱり無理せず、リリスの名刺借りてみようかな」
「んじゃ、俺はコメットの名刺借りてやってみるか」

通常ゴーストハンターたちは"ジャッカル"がその仕事に適切な人材を選別して組む事になる。誰が選抜されるかは毎回変わるのが通常なのだが、彼らは比較的近い時期に心霊調査機関にスカウトされている事もあって一緒に組んでいる事が多い。

元々は年長者であるゲーリーの元にコメット、ケイン、リーファスが集められた。そこへ最後に参入したのがリリスだ。個人行動の多い彼女はあちこちのチームを渡り歩いており、先日死亡したアーサー・ランドンと霊媒師のノエル・ディクソンと数回組んだ他は一つのチームに留まる事はなかったという。

おっとりした性格のケインとリーファスはリリスの独断行動に対しても常に大らかであり、ゲーリーはどういう訳か初対面の時から彼女を気に入っている。結果、コメットが時々突っかかる以外は大した波風は立たないので、彼女もこのチームでの活動期間が一番長くなっていた。
同じメンバーで一緒に組む事が増えた頃から、彼らはお互いの「表の職業」の名刺を数枚ずつ交換して持ち歩いている。自分の職業や能力での調査が行いにくい場合に、持ち主に支障が出ない程度にメンバーの名前を使った調査を行えるようにしているのである。
これはリリスが最初に自分の名刺を全員に配り、「必要があれば、取材の申し入れという方法を使って情報収集してくれて良い」と言い出したのが発端だった。

"ジャッカル"配下にある英国内のゴーストハンターには古くからの慣習に忠実な者も多く、個人行動や効率重視に偏る調査を好まない者も多い。余程仲の良い者同士以外はプライベートを共有しない傾向も強いので、この調査方法は異例であり彼らのチーム独自のものとなっている。
こういった効率と成功重視した手法は、確実に迅速な成果を上げる。だが若手だけならともかく、それが古参メンバーには煙たがられた結果リリスは居場所を失う事になっていたのではないか、と、リーファスは想像していた。
ケインとリーファスもこの方法を使って調査をする事はさほど多くもない。しかし今回のような時には遠慮なく利用していた。

占い師であるリーファスはリリスの名刺を使い「ジャーナリスト」という設定での調査を試みた。記者としては駆け出し以下の感じだが、彼女の「女性の安全を願って」という言葉は、不吉な事件に怯える住人たちの心に響いたようだ。
警察の捜査が芳しくない事には住人たちも気づいているようで「一日も早く犯人を探して欲しい」との願いをリーファスに口々に訴えてきた。全員の不安を拭って回るだけの時間は無かったが、「ゴーストハンターとして必ず事件を解決させなければ」と心に誓い、彼女は拙い「取材」を終える事にした。

一方科学者畑で他人との会話にはあまり慣れていないケインは、「私立探偵」を演じている割には全く口が回らない。それでも相手に逆に質問されると「現在調査続行中だから」と逃げを打ちながら、何とか話を聞き続けた。
少々頼りない探偵だが、常に温和で、けして高圧的な上から目線で話したりしない彼個人のパーソナリティは好印象を持たれたようである。最後に立ち寄った小さな倉庫の管理人からは差し入れにミートパイまで貰ってしまった。有り難くそれを頬張りながら、ケインは調査用のメモに管理人の話をまとめていく。
直接の目撃談ではなかったが、倉庫に出入りする業者の一人が現場に居合わせたらしく事切れる前に被害者の一人が「鉄仮面」と口にしたという情報を得た。
「鉄仮面とは?」
思わず聞き返したケインに倉庫の管理者は首を傾げた。
「俺にも、そいつがよく分からんのよ。まあ顔を隠した犯人だったって事かも知れんよな」
……情報提供者に推理までさせてしまったようである。少々うっかり者のにわか私立探偵は、管理人に丁重に礼を言って倉庫を後にした。

最初に「不幸な少年役」に徹しての聞き込みを行っていたコメットは、数軒の店や付近住人から話を聞き出していた。
「うーん」
街角に佇み、眉間に皺を寄せた彼は先程から10分程考えこんでいた。運良く彼は、直接の目撃談も聞くことが出来ていたのだが、犯人像は今ひとつはっきりしない。
「霧が深く街灯も少ない場所で薄ぼんやりと人影が見え、そちらから悲鳴が聞こえた。駆けつけると血まみれの人が倒れていた」
その程度だ。
「でも引っかかるよなぁ」
コメットがぶつぶつと独り言を呟いていると、 そこへケインとリーファスが揃って現れた。
「コメット、そっちの調査はもう終わったのか?」
「ああ、ちょっと待ってくれたまえ、ワトスン君」
今度はケインがワトスンらしい。
「何か変わった事があったのかい、ホームズ」
ついそう答えてしまったケインにコメットは腕組みを解いて言った。
「それより君の調査はどうだったかね?被害者はやはり霧の夜に見つかったのかい?」
リーファスが苦笑して答えた。
「ホームズさん、確かに霧の話も出ていましたよ」
「ふむ、ハドスンさんの方もそうだったのか」
リーファスは「ミセス・ハドスンは調査なんてしないと思う」という事はあえて追求しないでおいた。

コメットは自分の口調に戻って二人に言う。
「つまりさ。ケインが朝見つけたコラムも含めて、殺人が行われた日は霧が出ていたって証言が多いんだよね。たぶん日記に天気まで書いている人がいれば詳しく分かるかもしれないけれど。……天気予報はあまり宛にはならないから、きちんと調べるのは難儀しそうだな」
「あ、そう言えば、もう一つ新情報追加。鉄仮面って言葉を、ある被害者が言い残していたらしいよ」
ケインの言葉にコメットは首を傾げる。
「鉄仮面?奇妙なダイイング・メッセージだね。犯人は"オペラ座の怪人"なのかい?」
「ロイヤル・オペラ・ハウスの地下には、迷宮みたいな奈落なんて無いと思うんだけれど」
コメットとリーファスの会話に取り残されてしまったケインが口を尖らせて呟いた。
「鉄仮面ってだけで犯人が分かるんだったら、調査なんて要らないよ」
「正論だね、ワトスン」
どうやらホームズが帰ってきたようである。

ゲーリーは午後2時に検視官のリチャード・バイロンのアポイントを取ることが出来た。バイロン氏の検死の管轄地区はイースト・エンドでも比較的東寄りの地区ではあるが、連続殺人の可能性もあるため西側の地区にも立ち会ったようだ。

ゲーリーは初対面の検視官に「極めて好印象を残す」という努力を惜しまず、いい具合に会話が弾んだ所で事件についての話を振った。上機嫌になった検視官は新しい友人のために様々な情報を提供してくれた。
「あなたの仰るようにこの事件の傷は、上から下に向けて刃物を打ち下ろす形で付けられているんですよ。しかも高い位置から何かで切りつけたような跡なんです」
「つまり、凶器は肩から切りつけても腹部まで到達出来るサイズの物という事でしょうか?」
ゲーリーの質問にバイロンは頷く。
「切断面から考えると、サーベルやソードの類の可能性が高いでしょうな。20世紀にもなってそんな物を携帯している者はあまりいないと思いますから、恐らくこの殺人は計画的に行われたのでしょう。実に痛ましいことです」
メモを取る訳にもいかないので、ゲーリーは検視官に質問を返しつつも流れを壊さないように心がけて情報を頭に叩き込んだ。
その後、しばらく再び雑談に興じた彼は「都合があえば来月クロッケーでもご一緒に」という約束をして、検視官のオフィスを辞した。

nyan
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