section7:Consideration---RAD

10th December,192x

ケインとリーファスが拠点に戻ったのは、既に明け方も近い時刻だった。体力の問題もあるので、一旦睡眠を取ろうという話になり一同は解散した。
他のメンバーが部屋を出た後もリリスは一号室の暖炉の前で椅子に腰掛けたまま、ぼんやりと揺れる炎を見ていた。

つながらない点と点。ジグソーパズルのピースのようにバラバラに存在するそれらが、一つの事を起因としているのであればどこかに繋がるルートがあるはずだ。
リリスは手元にメモとペンを引き寄せて、幾つかの言葉を書き連ねた。まだミッシングリングが多い。そこから想定出来る事はあっても、確証が見つからなければ意味はない。どこに残りのピースはあるのだろうか?

夜明け頃、リリスは誰かに揺すられて目を覚ました。
「おはようございます」
ほぼ仏頂面にも見える顔でそう言ったのはベンスンだった。
「おはようございます、ベンスンさん」
寝ぼけた眼をこすりながらリリスは口元を手で抑えて小さく欠伸を漏らす。
「申し訳ないのですけれど、お茶を一杯頂けないかしら?その間に顔を洗って来ますわ」
あのまま一号室で居眠りしていたらしい。若い女性としてはなかなかに恥ずかしい有り様だ。少々体が痛いが、昨夜の落下でどこかを打ったのか、それとも椅子の上での居眠りのせいなのかは不明だ。
部屋に戻って顔を洗い、着替えを済ませたリリスは、一号室に戻りベンスンから濃い目に淹れた紅茶を受け取る。そしてカップを傾けながら明け方に書き掛けていたメモを再度見直していた。

「あ。おはよう、リリス。朝食は?」
何の気なしに一号室を覗いたらしいリーファスが声を掛けてくる。
「あら、おはよう。今朝はお茶だけで良いわ」
「なあに、食欲ないの?」
少し心配そうに見るリーファスにリリスは首を振った。
「ちょっと調査の件でどうしても気になる事があって。後で相談に乗って貰えるかしら?」
「相談って、私で大丈夫なの?」
推理に関しては全く自信が持てないリーファスである。リリスは頷く。
「リーファスが一番適任だと思う。勿論、他の人たちにも聞いて貰った方が良いんでしょうけれどね」
「分かったわ。じゃあ先にお食事して来るわね」
そう言って扉の向こうのリーファスを見送った後、リリスは静かにティーカップを持ち上げた。

朝食を終えリーファスが一号室に戻った。
リリスの言葉の意を汲んだリーファスが声を掛けてきたのだろう。他のメンバーも揃っている。
「それで、何なの?」
リリスは笑顔で答える。
「勿論、昨夜の話よ」
「例の騎士の話?完全に実体化していたけれど、あれはこの世の物ではないわよ」
「そう。中に生きた人間が入っているよりは対処し易そうね」
リリスは冗談とも本気ともつかない口調で答えた。リーファスは少し考えこむ。
「あのコート・オブ・アームズ(サーコートに描かれた紋章)は調べる必要ありそうね。また図書館かしら?」
「そうだな。どんな紋章だった?」
現場に居なかったゲーリーが尋ねる。リーファスが記憶をたぐりながら答える。
「二本の剣と、十字架のついた杖が描かれていたわね」
リリスが明け方に作ったメモの一枚を見せた。
「ゲーリーと違って私には絵心がないから、雰囲気だけ見て頂戴」
(絵心より、まともな物を描く事に意味がある)と数人が思ったが、口に出す者はなかった。
「ふむ、この杖は特徴的だな。交差した二本の剣に、上に重ねた杖か」
ゲーリーがメモを覗き込む。巧みな絵ではないが、図案の雰囲気さえ分かれば問題はない。だが、リリス本人はまじまじと見られて恥ずかしかったのか、ゲーリーが見終わると同時に図案を隠してしまった。リーファスが補足する。
「色は剣が黄色、杖が赤だったわよ」
「それから背景の色は左右が白で、真ん中に青だったね」
更にコメットの追加情報。ゲーリーとケインが昨日までのメモに、情報を書き加えていく。
「紋章の場合は白ければアージェント……銀色だ。銀に青のペイルか。特徴的な杖と、二本の剣……そこまで分かるなら調べられるだろう」
メモを取りながら、ほぼ話をまとめに掛かっていたゲーリーにリリスが言う。
「他にも気になる事が幾つかあるのだけれど、お話してもよろしいかしら?」
「どうぞ、ミス・グレイス」
「まず、『"彼"がどこから来たか?』。昨夜私が見た土が馬の足跡なら、騎士が実際にいた方向と逆側にある草地を通って来たはず。雑草の生態を調べるより、地図で草地の多そうな所を調べる方が早いかしらね。それから、鎧で時代は特定出来ると思うんだけど……何故"彼"が執拗に現代のイーストエンドに現れては、殺人事件を起こしているのか」
コメットが唸るように呟く。
「そんなの、あいつ本人にしか分からないような気がするけど」
「そういう風に言ってしまったら、あなたの"お仕事"は大半の意味を無くしてしまわないかしら?」
切り返されると、コメットも的確な反論が浮かばない。
「じゃあ、君は一体どうしたいのさ?」
少々不貞腐れた面持ちでコメットが問い返すと、リリスは小首を傾げた。
「リーファスやコメットなら、あの騎士の正体を調べられるかも知れない」
名指しされた二人の霊能力者は思わず顔を見合わせた。
「何それ?あいつ本人にサイコメトリーでもしろって言うの?」
「そういう事は霊能力で探せそうもないわよ」
リリスは首を振った。
「ああ、ごめんなさい。そういう意味ではなくて……そうね、どう説明したら良いのかしら」
リリスは目を閉じて数秒黙りこむ。適切な言葉を探しているようだ。
「あれが過去に実在した人物なら、何故今更現れているのか。ああ……少し違うわね。今までに一度も目撃例がなかったのか?と言った方が、より近いかしら」
「あー、そうか!分かった」
リリスの言葉の最後を遮るタイミングでコメットが声を上げた。
「つまり、過去にもあいつが出現しているのなら、その時と今を比較して共通点があれば行動の予測も出来るだろうって話だよね?」
リリスは少し表情を緩めた。
「ええ、大体そんな感じ。オカルト事象に詳しいあなた達なら、それを見つけられる気がする」
「そうねぇ」と、思案顔のリーファス。
「歴史かオカルト関連の書籍で、鎧騎士の呪いだとか幽霊話なんかを探してみれば見つかるんじゃないかしら」
「歴史書とオカルト本を並列して言うのは、ちょっとどうかと思うんだけどなぁ」
そこまで黙って聞いていたケインが思わず苦笑して呟いた。

「まあ今リリスが言った2つについても調べられるのは図書館という事になりそうだな。よし、今日は全員一緒に出掛けるとするか」
ゲーリーがそう言って、立ち上がる。
「早速電話してうちの運転手を呼ぼう。今日はリムジンが良いな、人数も多いし」
何故か楽しそうな様子のゲーリーである。
「ゲーリーの家って一体何台の車があるのかしら?」
リーファスが興味深そうな様子で呟いたが、今回もケインは妻の言葉を聞かない素振りで通していた。

1時間程後。図書館で紋章学や古い家系についてまとめられた書物の山を前にして、ケインは途方に暮れていた。
「何でこんなに関連書籍多いかな。こんな山積みの中から一つの絵柄を探すって重労働過ぎるだろ」
「文句言ってないで探してよ。ただでさえ時間掛かる作業なんだからさ」
どちらかと言えばフィールドワークの方が好きなコメットも、かなりうざりした様子である。一番この手の書物に馴染んでいるゲーリーが淡々とページを繰りながら言う。
「闇雲に探しても見つからないぞ。まず年代だ。相手はフルプレートの騎士だから15、16世紀頃に絞ろう。紋章の系統別で色分けがなされているのなら基本色は銀だ。モノクロの印刷だと白紙のままの地色になっている。チャージ(領域)の特徴で分けられている場合なら、ペイルつまり中央に青い帯がある物だ。意匠や絵柄で分かれている場合は二本の剣だ」
ゲーリーの説明にケインが頭を抱えた。
「そんなに一度に言われても覚えられないってば」
「調べやすそうな本から漁って見れば良いって事だよ。年代別になってる本から順番に探してみようよ」
コメットが慰めるように言ったが、それに該当する書籍だけでもかなりの数がある。
しかし"Orders are orders"。文句を言いながらも、作業は行わなければならない。

同じ館内の別部屋の一角でリーファスはオカルト関連の書籍を10冊程積み上げていた。時々ノートにメモを取りながらページを繰る。オカルト関係はリーファスが一番詳しいため、彼女の担当になった。紋章探しへ回ったコメットは少し残念そうだったが、効率重視の結果なので文句は言わない。

最も資料検索が得意なのはリリスだが、昨夜の土の跡を見た唯一の人物なので地図で騎士が通ったと思われる草地を特定していた。大人しく地図を開いていたリリスだが、ふと顔を上げるとしばらく何処か遠くを見つめた。その後、地図を棚に戻した彼女は、リーファスの側へ行きテーブル上のオカルト書籍の一冊を手に取った。隣の席に座ったリリスにリーファスが小声で聞いた。
「そっちは終わったの?」
「ええ、大体ね。お手伝いするわ」
にっこり笑って答えながら、彼女は小さな紙片をリーファスに差し出した。

"Would you mind coming with me?"
(良かったら、一緒に来てくれない?)とそこには書いてあった。
リーファスは数秒それを見つめ、下に書く。
"Why me ?"
(なんで私?)
リリスが更に書き加える。
"If you can help me it would be a great help."
(あなたが手伝ってくれたら助かるの)
10秒程考えた後、リーファスが書く。
"Got it. I'll follow you ."
(分かった。一緒に行くわ)
最後にリリスが付け足した。
"Thank you.That's a secret, Okey ?"
(有難う。皆には内緒よ)
授業中に筆談する女学生のように二人はこっそり笑いメモを畳んだ。

更に一時間程後。
席を離れリーファスの所に行っていたコメットが戻るなり言った。
「逃げられた」
「何だまたリリスか?リーファスが近くにいるから大丈夫だと思ったのにな」
本から顔を上げてゲーリーが言った。コメットはため息混じりに言う。
「そのリーファスもいなくなってるんだよ」
今度はケインが顔を上げる。
「ええ?」
「で、彼女が座っていた場所にこれが残ってた」
コメットは再度ため息をつき二人に紙切れを見せた。

『Dear Mr. Comet "Sherlock Holmes" Star
リーファスは人質として預かる。無事返して欲しくば、明日の朝食にベーコンを焼くようジェーンさんに伝言し給え。
I.E. "Professor Moriarty" Glays』

「間違いなくリリスの筆跡だな、こりゃ」
「身代金はベーコンなのか。払いやすいな」
ゲーリーとケインが覗きこんで言う。
「何も言う気力がないよ、僕は」
名指し+ホームズ役指定付きで伝言を残されたコメットは疲れた声で言った。
「まさかリーファスを懐柔するとは予想外だった。後で二人揃えて説教でも聞いて貰うか。さて、手伝わせようにも本人たちがいないんじゃ仕方ない。頑張って俺たちだけで探すぞ」
ゲーリーの言葉にケインが開いたままの本に突っ伏した。

「今頃、皆怒ってるわね」
こみ上げる笑いをこらえながらリーファスが言う。これは子供頃に親に隠れて悪戯していた時の心境に似ている。
「あなたが一緒なら単独行動ではないから、文句は言わせないわ。大丈夫、何かあった時にはちゃんと命がけでお守りしますからね、レディ?」
金髪のナイト役は恭しく言った。
「あら嬉しい。でもあなたも女性じゃない」
だが栗色の髪のレディは苦笑していた。

nyan
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