section8:Result---JARA

As I was walking all alane,
I heard twa corbies makin a mane;
The tane unto the ither say,
"Whar sall we gang and dine the-day?"

"In ahint yon auld fail dyke,
I wot there lies a new slain knight;
And nane do ken that he lies there,
But his hawk, his hound an his lady fair."

"His hound is tae the huntin gane,
His hawk tae fetch the wild-fowl hame,
His lady's tain anither mate,
So we may mak oor dinner swate."

"Ye'll sit on his white hause-bane,
And I'll pike oot his bonny blue een;
Wi ae lock o his gowden hair
We'll theek oor nest whan it grows bare."

"Mony a one for him makes mane,
But nane sall ken whar he is gane;
Oer his white banes, whan they are bare,
The wind sall blaw for evermair."

一人で歩く道
二羽のカラスの声がする
一方が片方に問う
「今日はどこで食事にありつこう?」

「古い城壁の後に
最近殺された騎士がいる
皆彼が倒れたことは知ってるぜ
彼の猟犬、彼の鷹、彼の麗しきレディ」

「猟犬たちは狩りに行き
鷹は獲物の巣を探している
彼のレディは別の男に首ったけ
だから俺たちは旨い食事にありつける」

「おまえは白い首の骨に座り
俺が青い目を突つく
金の髪を一房貰えば
我々の巣にも使えるだろう」

「多くの人が彼を探して嘆く
でも彼の居場所は誰も知らない
肉が剥がれた骨の上を
風が永久に吹くことも」

     The Poetry of Scotland "TheTwaCorbies"
     (自力訳につき日本語は適当です)

リリスとリーファスは途中で軽く昼食を取った後、ハムステッド・ヒースの方面に向かった。
リリスが調べた方向は北東という予測だったので、ロンドン動物園や幾つかの小さな公園を除いた広めの緑地を選んだのだろう。
「それで、リーファスが調べた結果はどうだったの?」
「これじゃないかと思うのよね」
リーファスはバッグに入れていたノートをめくってリリスに見せた。
「"呪いの騎士ダイザード"。15世紀頃、騎士の亡霊が妻や友人の周辺に現れたっていう話よ」
リーファスは一旦言葉を切ると、まるで語り部のような口調でダイザードの物語をリリスに話し始めた。

「ダイザードは勇敢で高潔な騎士。フランスとの戦争で功績を上げ伯爵となった。しかし、ある時に王への叛意を疑われた彼は処刑される事となり、王から拝領した愛剣で首をはねられた。その後、妻や親友のハワード伯爵の周囲にダイザードの姿が何度も現れて彼らを悩ませ、ついにはカトリック教会によって除霊がなされた」
「そうか、15世紀ならイングランド王もカトリック教徒よね」
リリスが呟く。
「そう。文脈からするとエドワード戦争(百年戦争)の最中だったみたい。少し気になったから調べてみたんだけど、彼の死後ダイザードの奥さんは幽霊を見た友人のハワード伯爵と再婚しているの。よくある話だけど、その事を恨んでダイザードの亡霊が出たのかも知れないわよね」
「ちょっとした愛憎劇って訳ね。でも現在彼が出てくる理由にはならないわ」
「そうなのよ、たぶん他にも理由があるんだと思うわ」
リーファスはノートをしまいこんだ。

「さて。じゃあ少し聞き込み調査でもしましょうか」
リリスはにっこり笑ってそう言うと、自分のバッグからカメラを取り出して周辺の撮影を始める。通行人が何事かという表情でこちらを見ている。リリスはカメラを手にしたまま、立ち止まった通行人に話しかけた。
「済みません。わたくしウェイト&シンプソン社の者ですが、少しお話をお伺いして宜しいでしょうか?」
「何でしょう」
中年の夫婦連れらしき通行人の男性の方が答える。
「大変失礼ですが、この辺にお住まいの方でしょうか?」
格好から見て、聞くまでもなく近所の住人である事は明らかだろう。
「ええ、そうです」
「実は先日からこの辺りで霧の夜にも関わらず乗馬の練習を往来でする人物があり、危険なので何とかならないかという話が当社に持ち込まれまして。その件に関して取材を行っているんです」
何故そんなにつらつらと、嘘の取材内容が咄嗟に出てくるのやら。
「ああ、そうなんですか。そう言えばたまに馬の蹄の音がして変だと思っていたんですよ」
リリスはにこにこしながら頷きメモを取っている。
「夜間のマナーという事もありますが、やはり安全面では霧の夜という部分に一番問題がありそうですね。ご協力有難うございました」
リリスは夫妻に礼を言い、再び数枚撮影した後カメラをしまいこんだ。
「どう?」
リーファスが問いかけるとリリスは少し肩を竦めた。
「次へ行きましょう」
笑顔のまま彼女は小声でそう言って歩き出した。リリスの様子からして、今の目撃証言は取材という事で、適当に言葉に合わせただけなのだろうとリーファスは思った。

二、三度同じような聞き込みを行った後、二人はある通行人の証言に注目した。
「私の友人が夜に乗馬している人を見ていますよ。何でもハワード伯爵の敷地から出てきたって言うんです」
『取材中の記者たち』は思わず顔を見合わせた。
「この辺に貴族の方がお住いなのですか?」
「まあお貴族様と言っても、すっかり落ちぶれてひっそり一人で住んでいるような男性ですがね。何でも借金が凄いって噂ですよ。それなのに、何というか、いつまでも名家気取りでねぇ」
取材に応じてくれた相手は、そのロジャース・ハワード伯爵なる人物と遺恨があるのかも知れない。ある事ない事話してくれるので、しばらく彼女たちは愚痴に付き合う事になった。数分後、不満を言うだけ言ってすっきりしたのか相手は上機嫌で去っていった。
リーファスがリリスの手元を覗くと、ほとんどメモには何も書かれていない。まあ、ゴミの出し方がずさんだの、口の聞き方が横柄だの書いても意味がないのは確かだろう。彼女のメモに残っているのは『三ヶ月前、見慣れない黒人がハワード家を探していた』『二ヶ月前、最後の使用人(執事)が辞めた』この二点だけだ。

リリスは腕時計を確認する。午後3時を回った所だ。そして一言。
「行ってみましょうか」
だがリーファスは困惑した表情だ。
「皆に報告してからの方が良くない?」
「今の時刻が午後6時だったら、私も迷わずそうするわ。でも現情報から見た感じでは、ハワード家の調査を大人数で行う必要は見えないでしょう?それなら数時間で調べられる点だけでも抑えたいのよ」
リーファスの少し心配そうな顔を見てリリスはこう付け足した。
「今一番重要なのはこれ以上被害を出さない事よ。迅速な調査が必要だわ。勿論、調査の失敗は許されない。私だって勝算が全くなければ撤退するし、皆の助力も求める。でも今その必要は見えないの」
リーファスは小さくため息をついて少しだけ困ったように笑う。
「あなたが無茶をしたら止めるつもりで着いて来たんだけどね、私」
リリスは人差し指を自分の唇に当て、やや意地の悪い笑みを返した。
「勿論分かってるわ。だからこそ、あなたに協力して欲しいって言ったの」
わずかな沈黙の後、リーファスが答える。
「分かったわ、乗りかかった船だしね。でもあまり深入りせずに戻りましょう。本部や皆には迷惑かけられないから」
「Certainly,lady.(承知しました)」
リリスは神妙に答えた。
彼女のしおらしい表情が演技なのは、リーファスにも分かる。だが、実は彼女が大半の「的確な感情表現が出来ない」らしい事にも何となく気はついている。何より、リーファスを騙してもリリスには何のメリットもないので、嘘をつくつもりでの演技ではないのだろう。
二人は先の『取材』で得た情報を元にして、付近に住むというロジャース・ハワード伯爵の邸宅へと足を向けた。

人の気配がなく、しばらく手入れをしていない様子の庭と閉まったまま錆びが回り始めた金属製の門。独身男性が一人で住むには広すぎるだろうが、貴族の邸宅としては小さな館である。
リーファスがフェンス越しに中を覗いて一言。
「生きている住人はもういないみたいね。前庭におじいさんが"いる"のだけれど、格好からするとここの執事だった人じゃないかしら?」
その執事らしき男性は既にこの世の物ではないので、リリスにどこにいるのかさえ分らない。
「話は聞けそう?」
しばらく意識を庭へ集中させたリーファスが答えた。
「駄目みたいね。ずっと何か独り言を言ってるのだけど、こちらの呼びかけは全く聞いていないわ」
「彼は何を言ってるの?」
リーファスはもう一度意識を集中させて、老齢の姿をした男性霊の言葉を注意深く聞いた。
「かつて名門として名を馳せた、このハワード家がこのように荒んでしまうとは。このままでは先代様に申し訳が立たない。これもあの肌の黒い男のせいだ。彼がブードゥーの呪いをかけたに違いない。……そう言ってるわよ」
「呪い?」
怪訝そうな様子のリリスにリーファスが苦笑して言った。
「この人がそう思い込んでいるだけじゃないかしら。確かに見た感じでは呪われても全く不思議ではないような荒廃ぶりだけど、そんな波動は一切見えないわ。……それで、あなたはここからどうする予定でいるの?」
フェンスから一旦離れてリーファスが問いかけると、リリスは周囲をゆっくりと見回しながら答えた。
「今調べたい事は大まかに分けで2つよ。さっきの話だと、伯爵家とはいえ爵位を手放しても不思議ではない経済状況だったみたいでしょう?どうしてここまで落ちぶれてしまったのか。普段の生活ぶりはどうなのかも気になるわ」
リーファスは少し考えて言った。
「それは近所の人への聞き込みって事で良いのかしら?もう一つは何?」
「ハワード家と、騎士ダイザードの霊の因果関係、かしら」
リリスは手袋をはめ直すと、門に近い位置のフェンスに手をかけて地面を蹴った。そして6フィート近くあるフェンスをあっさりと乗り越えてしまった。
「思い切り不法侵入よ」
苦笑して言うリーファスに、リリスは門の閂を外しながら答えた。
「閂が錆びついて、ちゃんと掛かっていなかったみたいよ」
「たとえ門の鍵が開いていても、不法侵入には変わりないでしょう?」
思わずクスクスと笑いながらも、リーファスは一応そう言う。
「そうね。そこの執事さんが招き入れてくれたって言い訳はきっと駄目よね。どうしようかしら?『私の帽子が風で飛んで、敷地内に入ってしまったので探しに来ただけだ』、とでも言えば良いかしら?」
そのまま館の扉へと向かうリリスに向けて、リーファスが声を潜めながら言った。
「気をつけてよ。2時間したら私はここに戻って来るから。あなたもその頃には一旦戻って来てね」
「Yes, my Lady.」
一度振り向いて満面の笑みを見せた後、リリスは敷地の奥へと向かった。

リーファスは考えた末、先程リリスが行っていた「取材」の続行を試みる事にした。近所の住人同士が後で顔を合わせても、同じ理由での調査をしていれば疑われにくいだろう。
「リリスみたいに上手くはやれないと思うけれど、頑張ってみよう」
だがこんな霊気が充満した建物の中に、霊に対して無防備なリリス一人を残して行くのは正直かなり気が引ける。本来なら霊媒師のリーファスが屋敷内を探索した方が良いはずだ。それなのに、リリスはあえて自分を聞き込みに回す行動を取った。彼女なりに何か考えがあっての事だろう。
リーファスは通りに出て近所の家々を見渡す。運良く、数軒向こうの住宅で庭いじりをしている人の良さそうな年配の婦人の姿が見える。その人から話を聞いてみようと思った。

屋敷内に入ったリリスは埃の比較的少ない場所を選んで歩いた。一階の間取りは応接室と広めのキッチン、そしてダイニング。キッチンに近い位置には半地階に降りる階段が見える。上から覗いた感じではワイン蔵とパントリーのようだった。そちらは後に回して、まずは一階から順に見て回るつもりだったのだが。

リリスの足が止まった。……腐敗臭だ。

どうやら半地階からである。階段を降りてみると、薄暗いため閉まっていると思っていた扉がほんの僅かに開いていた。
「あまり気が進まないわね」
呼吸を整えながらそんな独り言を呟く。この手の腐臭には覚えがあるので、正体の察しはついている。
リリスは意を決して手袋の裾を少し引き上げた後、扉を大きく開けた。異臭が狭い通路に流れ出る。恐らく一階の廊下や二階への階段辺りまでこれが漂うであろう事は容易に想像出来た。

階上から差し込むわずかな光。
石の床に転がるワインボトルと割れたグラス。流れ出た酒は既に乾いている。
目の前がぐらりと揺れるのを感じて、リリスは壁に右手をついた。遺体は見慣れているが、ここまで腐敗しきった状態のものはさすがに堪える。だが今の目眩に似た感覚は、酷い状況の遺体を見たショックだけではない気がした。
「……大丈夫。これは気の毒な、ただの骸」
自分に言い聞かせるように呟き、リリスは注意深く足元の"人物"と向き合った。

前庭の手入れをしていた婦人は、まず第一声に庭の美しさを褒めたリーファスの態度が気に入ったようで、聞かれるままに情報を提供してくれた。
「ハワードの先代様は良い方でしたわ。昔は名門だったそうだけど、ここに来られた頃には裕福ではなくてね。それでも名誉のために戦争へは率先して行かれる勇敢な方でしたのよ。先代様はアフリカで足を悪くされ、三人息子さんのうち上の二人も世界戦争で亡くなられて。残ったのが今のご当主のロジャース様なの」
老婦人の話では、ただ一人残った息子を溺愛した先代は我儘も受け入れてしまい、結果派手で遊び好きのロジャースが残りの財産まで食いつぶしてしまったのだという。
「先代からお務めだった執事さんにもお暇を出されてしまって。最近はロジャース様も滅多にお見かけしないけれど、たまに夜に乗馬をされているそうよ」
「そうですか」
リーファスはつい老婦人の話に聞き入って手が止まっていた。気がついて慌ててメモに今の話を書き留める。
別れ際に数本の花を切って渡してくれた婦人に心から礼を述べた。長話をしていたせいか、そろそろ約束の二時間だ。

ハワード宅前に戻ったリーファスがしばらく待っていると、フェンスの内側にリリスの姿が見えた。彼女は外には出て来ずフェンス越しに手招きをしている。近くまで行くと、彼女は隙間から数冊の革表紙の本のような物を差し出した。
「誘っておいて悪いのだけれど。これを持って先に拠点に戻っておいて下さる?私が戻るまでに、内容を調べておいて貰えれば助かるわ」
幾分顔色の優れないリリスにリーファスが訝しむように首を傾げる。
「何かあったの?」
「まあね。これから警察に行く事になると思うから、私が戻れるのは少し遅くなりそう」
そして、一旦言葉を切ってゆっくりと確認するように付け加える。
「あなたはこの建物には一歩も入っていない。何一つここでは見ていない。私が入ろうとした時は、きちんと止めたわ。もし、あなたが誰かに何か聞かれたとしても、この事実は変わらないって事は覚えておいてね」
口調からして何か厄介な事が起こっているのは確かだ。このまま彼女を残して帰って良いものかとリーファスは考えこむ。リリスは唇の端を上げて笑顔を作った。
「警察と言っても私が逮捕される訳ではないから、そこは安心して頂戴。ただ状況の説明に時間が掛かりそうなだけ」
「分かったわ。でも、中に何があったのかくらいは今ここで説明してくれない?」
リリスは数秒目を閉じた後、再びリーファスを見て極小さい声で言った。
「拠点に着くまでは絶対に口に出さないようにね。……成人男性の遺体。身なりは良いとは言えないけれど、恐らくはロジャース・ハワード伯爵本人。腐敗状況から見て死後2ヶ月以上。死因は詳しくは分からないけれど……私が見た感じだと、刃物による殺傷ね」
「それって、もしかして?」
「可能性は高いわ」
刃物による斬殺。通りすがりの強盗か遺恨のある人物の仕業という事もないとは言えない。だが今ここで二人が想像出来る犯人は一人だ。
「早めにここを離れてね。あなたが怪しまれてはいけないから」
リリスはそう言ってフェンスを離れ、再び屋内へと姿を消した。リーファスは一人で帰って良いものか悩んだが、結局ここに自分がいても出来る事はない。それどころか余計に厄介な状況にもなりかねないと思い直し、素直に拠点に戻る事にした。

図書館にいたメンバーは、調査を終えて先に戻っているようだ。二階へ向かう階段を上がるリーファスの足取りは何となく重かった。「脱走常習犯」のリリスと違い、リーファスは仲間から叱咤される事には慣れていないせいだ。
「ただいま」
努めて笑顔で言うリーファスに意外な程普通に「お帰り」という声が三人から返った。
「あれ一人?リリスは?」
ジェーンの淹れたはちみつ入りの紅茶を飲んでいたコメットが問いかける。
「リリスは『警察に寄って行くから先に帰っていて』って」
どこから説明すべきなのかと考えながら、リーファスは答える。
「警察って、何かあったのか?」
「えー、今度は一体何をやったんだよ?」
ケインとコメットが同時に尋ねる。
「彼女が行った先で事件があったみたいなの」
リーファスはやや歯切れの悪い応答である。とりあえずバッグからリリスが見つけた本のような物を取り出した。
「それで、これを預かってきたわ。『出来れば調べておいて欲しい』って」
テーブルの上に置かれたそれらは、いずれも鍵付きの日記帳だった。鍵は掛かっていない。恐らくリーファスに渡す前にリリスが開けたのだろう。ゲーリーが葉巻を噛みながら言う。
「一体どこに潜入したのかは知らんが、彼女が不法侵入で自首する訳はないだろうからな。遺体でも見つけたか」
「ええ、そうみたい。この日記の持ち主かしら」

心霊調査機関は秘密組織ではあるが、ゴーストハンターたちは特殊な司法権などは特に持っていない。そのため、警察組織には「事情が許す限り」は「一国民としての協力は行う」という事になっている。彼らの担うべき部分は「怪事件の調査のみ」である。一般警察の管轄になる遺体や犯罪の痕跡を発見した場合は、「調査に支障の出ない限り」は通報する義務があるという訳だ。この「調査に支障が出ない限り」という部分は各人の判断になるため、今回のように現場荒らしとも言える日記の持ち出しも個々の調査員の判断次第となる。

何とか頭の中で話をまとめたリーファスは図書館で調べた結果と、調査先で仕入れた情報、ハワード伯爵の邸宅へ行った事を三人に報告した。
「こっちでも紋章がダイザード伯の物だって事までは確認出来たよ。罪人として扱われてたせいかほとんど情報がなかったんだけれど」
リーファスとリリスにも手伝って貰うつもりだった事はあえて言及せずにケインが言った。コメットがテーブルに片肘を付きながら言う。
「でもさ、ダイザードがあの鎧騎士だとしても、『何故今更出て来るのか?』は不明のままだよね」
日記帳の表紙についた埃を手で落としながらリーファスが頷いた。
「この日記もあくまでハワード家から出た物だし。どう見ても10年以内の物ね。今の当主のロジャースか先代の日記でしょうね」
「とにかく読んでみよう」
ゲーリーが比較的新しそうな一冊を手にして開くと、間に挟まれていたメモのような物がはらりと落ちた。拾い上げて見たゲーリーが、思わず苦笑を漏らす。
「何だい?」
ゲーリーは黙ってコメットに紙片を渡した。リーファスとケインもそれを横から覗き込む。

『Dear Mr.Gary Crohn
9月3日の記述について調査されたし。I.G.』

「ゲーリー宛のメモは普通の内容なんだな」
しみじみとケインが言う。
「それよりリーファスに預ける前にしっかり読んでいるって事について、僕は言及したいね」
コメットは少し呆れた口調だ。
「9月3日っていうのは?」
リーファスがゲーリーに尋ねると、既に日記を開いていた彼はこう答えた。
「ああ、書物の名前が出ているな。『The King in Yellow(黄衣のキング)』か。これは、19世紀に書かれた魔術関係の書籍だったはずだ」
リーファスはゲーリーから手渡された日記の文面を読む。大量に書かれた差別的な表現を除くと、大凡以下のような物になる。

「"野獣の一員"だと名乗る黒い服を着た肌の黒い男(黒人にしては彫りが深いのでアラブ人かインド人かも知れない)の訪問を受けた。生意気にも仕立ての良い服と、蛇と女神をモチーフにした素晴らしい白金の指輪を身に付けている。こんな高価な物をどこで手に入れたのか。彼は私の現状を打開する方法があると幾つかの物を置いて帰った。この『The King in Yellow』というのは魔術の本らしい。一読の価値はあるかも知れない」

リーファスはため息をつき呟いた。
「近所の人が言っていた通り、結構この人って嫌な性格してるわね」
リーファスも別段博愛主義者でも人種偏見が無い訳では無かったのだが、それでも「ここまで言わなくても良いのに」というの印象の罵詈雑言だった。
「まあ腐った貴族なんて、きっと掃いて捨てる程いるだろうからね」
ケインの言葉にゲーリーは黙って頷いた。上流社会の人間の全てが上流な訳ではない。そういった者たちとも付き合いのあるゲーリーから見れば、「むしろ自分の手で履いて捨てたい相手も多数」というのが本音だ。

兎にも角にも。魔導書に関してはゲーリー以外の人間は分からないのだが、手分けして日記全体をざっと読み調べる事にした。
数冊の日記で一番重要そうなのは、9月3日の先の記事以降に何度か実際に魔術の実践をしようとしていた記述がある事だ。執事が解雇された理由もその実験に対して彼が意見した事が切っ掛けになっている様子だった。執事自身は親類もおらず、特に行く宛もなかったので給金も最低限で良いとまで言っていたようだったが。
「良い人みたいじゃない、執事さん。酷いわね、追いだすなんて。あの後に亡くなってお庭に戻って来たのかしら?」
と、リーファスが呟く。
更に以前の内容の中には妻に離縁された事や、賭け事での借金が嵩んでいる事などが幾つか目を引いた。もう一つ一族が元々住んでいた館の近くにある地下墓地に行けば埋葬された先祖の遺産があり、夜中にそれを盗んで売り払えば金になる、という事も書かれていた。
「地下墓地ねぇ。普通は夜中には行きたくはない場所だよな」
そちらの日記を読んでいたケインが呟く。

「ちょっとゲーリー、これ見てくれない?」
最新の日記を見ていたコメットがゲーリーに開いたままのページを見せた。
「ん?ああ、ラテン語か。ちょっと誤字が多いが。しかし一体何だ、この単語の羅列は?」
苦笑しながらゲーリーは文面を見ていたが、途中から考えこむような表情に変わった。
「そうか。これはたぶん『黄衣のキング』からの写しだな。恐らくは幾つかの魔術の儀式用に必要な物を抜書きしたメモだろう。遺品、蛇の抜け殻、鳩の血、豚の心臓……。ろくでもない内容だな、全く」
「へえ、なんかグロテスクだね。半分程は僕にも意味が分かったんだけど、全部読めなくて良かったよ」
「あのなぁ、人に読ませといてその意見は無いんじゃないか?」
不満気なゲーリーだが、この材料から一体何を行おうとしていたかは分かりそうではある。改めて単語を見直しゲーリーは初焼いた。
「系統としては、何かの召喚術に使う物が多そうだな」
それを聞いたコメットが眉間に皺を寄せた。
「僕思うんだけどさ」
実に嫌そうな表情のまま、やや声を潜めて彼は続けた。
「ひょっとして、こいつ、儀式でダイザードを起こしちゃったんじゃないの?」
「有り得なくはないな」
ゲーリーが頷く。
「でも一体何の理由で?ダイザードと彼のご先祖様は友人で奥さんはダイザードの未亡人だけど、今になってロジャースが蘇らせる理由にならないわよね?」
リーファスの言葉はもっともだ。
「うん、そこが僕にも予想つかないんだけどさ。出来過ぎた偶然ってのは必然だと言うじゃない?君たちが聞き込みした内容でも、霧の夜に馬が出入りした目撃談まであるって言うし」
「確かに、そうだけど」
現場証言はその通りだが、2つの事象のつながりが見えない。
「もう少し詳しく調べれば何か分かるかも知れないな。調査を続けよう」
場を取りなすようにケインが言う。コメットもリーファスも、今は頷くしかなかった。

一同が夕食を終えた頃、リリスが戻った。
「遅かったな」
何か言うべく待ち構えていたゲーリーだが、彼女の顔を見て小言が途中で止まる。
「……大丈夫か?」
「何が?」
首を傾げるリリスに、リーファスが言う。
「あなた顔色が悪いわよ。一体どうしたの?」
散々ハワード家の中で嫌な物を見た後、警察で長時間の事情聴取。精神的に疲弊しているのは確かだ。だがリリスは平然と答えた。
「別に普通だけど。ただ最近3日程あまり寝ていないから、そのせいかも」
呆れたようにゲーリーが言う。
「それはもう"普通"じゃないだろう。で、警察の方は?」
「私を殺人犯扱いして下さる若い刑事さんがいらしたわ。どうやれば三ヶ月も以前に死んでいる人を、今日初めて会った私が殺せるのか、むしろ私の方が知りたかったわね」
「それは随分と大胆な推理だ」
コメットが苦笑する。リリスは息をついた。
「でしょう?お陰でこんな時間よ」
「今まで取り調べを?」
そう聞いたリーファスに、リリスは首を振る。
「逆。私がその有り得ない推測に反論してて遅くなったのよ。あれじゃ解決する事件も迷宮入りだわ。警察に友人がいなければ、あちらが謝罪するまで帰らなかったわね」
推理に関して相手を論破する時のリリスは殊更容赦が無い。見ず知らずの若手刑事なる人物に同情し、ゲーリーは苦笑を漏らした。
「君はいずれ私怨で逮捕されそうだな」
「記者を私怨で逮捕したらどうなるか、想像さえ出来ない無能な警官ならね」
ジョン・ミルトンが英国で「言論・出版の自由―アレオパジティカ」を唱えたのは1644年だが真の言論の自由は保証された訳ではない。しかしジャーナリストや作家が己のペンで正義の主張をした事は一度や二度ではないのである。
もっとも今のリリスは本気で戦う気はなさそうである。いつも背筋を伸ばして座る彼女が、今は椅子の背もたれに身を預けているのだから疲労は相当なのだろう。

「そう言えば、どうだった?」
リリスのこの問いは、リーファスに託した日記の事だ。
「結論だけ言えば『黄衣のキング』に書かれた何かの儀式を日記の主は実践したらしい」
リリスは首を竦めて言った。
「そう。冷蔵庫の中身がとても素敵な内容だったのは、きっと儀式用品だったのね」
恐る恐るリーファスが尋ねる。
「何が入っていたの?」
「聞かない方が良いわ」
「そう言われると、余計気になるじゃない」
コメットが笑いながらそう言ったので、リリスは彼の側に少し寄って極小さく呟いた。幾つかは日記に書いていた物だが、家主の死後三ヶ月経過した冷蔵庫内は更に壮絶な内容だった。
「も、もう良いよ。分かったから!」
「そう?まだ色々あったのだけど」
コメットは(それをじっくり観察していた君が一番怖い)と思ったが反論されたくない内容なので、言葉を飲み込んだ。

「それでさ、コメットが『ハワード伯爵がダイザードを召喚した』って言うんだけど。リリスはどう思う?」
本人が言い出さなかったのでケインが代理で話す。リリスは数秒間を置いて答えた。
「そこは疑う余地がないわね。実際ロジャースの遺体は斬殺されていた。たぶん彼が最初の被害者でしょう。問題は彼がワイン蔵で死亡していた点。つまり召喚儀式の直後ではない。屋内や庭に儀式があったような痕跡も全く見当たらなかったし。ダイザード伯を呼び出した理由も含めて、まだまだ調べる余地がありそう」
そこまで言うと、リリスは息をついた。
「この日記も、もう少し細かく調べてみたいのだけれど……」
「いや、君は今日は休んだ方が良いよ」
これは徹夜慣れしているケイン。3日まともに眠らなければどうなるかは身を持って知っているからこその言葉だ。
「そうね。色々気になっていて眠くはないのだけれど、さすがに疲れたわ」
「お夕飯は?何か温かい物口にした方が良いわよ?出来れば紅茶以外でね」
これは衣食住はきちんとする主義のリーファスの言葉だ。リリスは素直に頷く。
「ええ、ちょっとジェーンさんに相談してみるわ」
そう言って扉に向かったリリスの背中にコメットが言った。
「朝食は取ってくれないと困るよ。ちゃんとベーコン頼んどいたんだからさ!」
リリスは笑顔で「I really appreciate you.(感謝しますわ)」と言って、一号室の扉を閉めた。

nyan
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