section10:End of the tragedy---ING
ロンドン・アンド・ノース・イースタン鉄道、リバプールストリート駅。
ゲーリーとリリスは、先に着いているはずのケインを探した。こんな場所では発明品をいじる事も出来ず、退屈のあまり今にも眠ってしまいそうな様子でベンチに座っていた彼を発見するまで約10分。合流した三人はシェンフィールド行きの列車で、ブレントウッドまで移動する。
移動中(他の客の目を考えて)声を潜め、ここまでの調査結果の報告を行った。
「ご先祖を呼ぼうと思って、うっかり他人呼んじゃったのか。でも代々の墓にある物だったら、勘違いしても仕方ないよなぁ」
ケインはそんな感想を述べる。
「あくまで推測には過ぎないがね」
ゲーリーが軽く念押しすると、ケインは少し舌を出して言った。
「考えたらさ、俺だって自分の先祖がどうだったかなんて事は詳しく知らないんだよね」
「私も自分の血筋には興味ないわね」
リリスは車窓の風景に視線を向け、半ば独り言のように言った。
ゲーリーは苦笑して言う。
「ロジャース・ハワードは仮にも数百年も続く伯爵家の末裔だからな。日記の内容からしても、全く先祖の事を知らない訳ではなかったとは思うな。先祖がダイザードの霊に呪われたという話は、伝わるうちに一族の醜聞として記録に残されなくなっていたのかも知れない」
リリスは考え事でもしているのか、ぼんやりした表情のままで小さく呟いた。
「お気の毒にね」
「何が?」
思わずケインが聞き返すと、リリスは視線を車内に戻して答えた。
「ダイザード伯爵は処刑後、怨霊になってまでハワード家に向け何かを訴えていたのよ。それなのに、今では存在を否定されて忘れ去られていた。その上、祭壇で鎮められて眠っていた所を、勝手な都合で無理矢理起こされて新しい罪に手を染め続けている。気の毒以外に、何も言えないじゃない」
ゲーリーとケインは思わず顔を見合わせた。
「いや確かにそうだけど。だからって人を殺してる彼を見逃す訳にいかないんだし」
「同感だ。相手は危険な怨霊なんだぞ。それに被害者や遺族の事も考えると、な」
リリスはやや不機嫌な様子で目を閉じて、極低い声で言った。
「分かってるわよ、言われなくても」
ダイザードの霊を何とかするのが、今回の彼らの任務である。被害拡大を阻止するためにも、早急に手を打たねばならない。
そして、他ならぬリリス本人が任務に対しては最も妥協出来ない質なのである。
列車を降りた後、三人はケインの調べた情報に基づきブレントウッド近くにあったハワード家の旧領地についての調査を開始する。かの領地はブレントウッド駅の北を東西に走る古いローマ街道跡に作られたA12道路を経て、北東の位置にあったらしい。
しかし迂闊に移動してしまうと後発メンバーとの合流が難しくなる事も踏まえ「コメットとリーファスが来るまで駅周辺での調査をしよう」という話になった。
小さな駅前でも人通りの多い駅周辺の商店や民家が集まっている地区で、ハワード家にまつわる情報を探す聞き込み。
これは交渉術に長けたリリスがほぼ一人で担う事となった。相変わらず「取材」スタイルで話を聞いているリリスなのだが、今回は「古き名家の史跡を訪ねて」という雑誌企画だと言い切っている。
「何か、凄いよなぁ。つい今しがた思いついた嘘の取材なのに、全く言葉に詰まらずに話し掛けてるんだから」
これはケインの感想。確かに話の流れは詭弁であっても、リリスは悪びれもせずに次々と言葉を紡ぎ出している。
「まあ彼女が本気を出すと俺たちでもころっと騙されるからな。まして初対面となると。巧妙に事実と虚構を織り交ぜる話術と、一見人当たりの良い笑顔に惑わされても仕方ない」
こちらがゲーリーの感想。確かにリリスは交渉術だけでなく、容姿での第一印象で幾らか得をしている部分はあった。
「お二人とも。お時間があるのでしたら、雑貨屋さんで探査のための準備でもしておいて下さいな」
ひたすら自分の"取材"の様子を観察している二人を軽く睨んでリリスは言った。とは言え、彼らの荷物には一通りの物は入ってはいるのだが。
この聞き込みで得た情報では、ハワード伯爵の分家や血族も既にこの時代には残っていない事。他には、先々代子女や召使にも怪死や自殺が絶えないため、"呪われた館"と地元で言われ続けているという噂位だろうか。今では廃墟となっているその建物は、地元で「知る人ぞ知るゴーストハウス」扱いなのだそうだ。
「そんな祟りっぽい事が相次ぐのは、鎮魂で呪いは避けられなかったって事なのかな?」
ケインの言葉にゲーリーが首を捻る。
「さてな。元々この辺りが悪い気でも呼び寄せるような場所なのかも知れんが。その辺は霊媒師しか分からないし」
その霊媒師たちは、恐らく現在こちらに向かっている最中だろう。ゲーリーに相槌を打ちながらも、リリスは別の見解を述べる。
「心霊現象とは無関係な要因も考えられそうね。財産や爵位が絡んでの血縁内の争いとか、ロジャースのように犯罪めいた考えの持ち主がいたりしてね」
ゲーリーがこめかみを軽く掻きながら言う。
「そうなってくると、可能性は無限に近いか」
「私達は立場上どうしても原因を怪異と考えてしまいがちなのよ。でも今回のように死者と生者の想念が原因に絡む時は、両方考慮に入れなければ真実なんて見えない」
途中からリリスの言葉は大部分が独り言になっているようだった。
「最後のピースも、意外な所に隠れているのかも」
「最後のピースって?」
ケインが聞き返す。
リリスは彼の顔を一度見た後、再び視線を泳がせながら言った。
「ダイザード伯爵が殺戮を繰り返す理由。リーファスは生前の彼を"高潔な騎士だった"と言ったわ。処刑された恨みで悪霊化しただけなら、イーストエンドにこだわる理由がない。もし生前の彼の居住場所がイーストエンド付近であっても、それは人を殺す理由にならない。……そこが分からなければ、この事件は終わらない気がする」
「いい加減で終わって貰わんと困るんだがな」
うんざりした口調のゲーリーに、リリスはほんの少し笑みを漏らした。
「そうね、そろそろ終わって頂きましょう」
「よし全員揃ったら、早速現地に行ってもう一踏ん張りだな」
ケインが軽く拳を握って笑った。
しばらくして、コメットとリーファスが二人揃ってブレントウッド駅の改札から出てきた。
「良かったぁ。ちゃんと着いた」
そう言ったのはリーファスだ。
「当たり前だよ。これが正しい列車だって僕は言ったじゃない」
コメットは少々むくれた様子である。合流するなりのその会話に、ゲーリーが怪訝そうに尋ねた。
「何だ、お二人さん。駅で迷ったのか?」
「二人じゃなくて、リーファスが、だよ」
「迷ってた訳じゃないわ。行き先案内板とプラットホームがよく分からなかっただけじゃないの」
言い訳するリーファスに、ケインが小声で言った。
「そういう時は、駅員さんに聞きなよ」
リーファスの言葉が真実なら、大きな駅を一人で利用した経験が今までないため「行き先案内の表示を見ることには慣れていない」のが原因という事だ。
「リーファスはお仕事でもロンドンから出る事はあまりないものね」
リリスが慰めるような口調で言う。
ともかくホームを探してきょろきょろするリーファスを、駅に着いたコメットが発見して連れてきたという流れらしい。
「まさか反対方面に行く心配はないだろうけれどさ。今後の調査のためにも、電車の使い方くらい覚えた方が良いよ?」
コメットはそう言いつつも、「リーファスが一人で遠方調査に行くことは今後も無い」とは思っていた。
「大丈夫よ。次は上手くやって見せるわ」
あまり危機感が無い霊媒師はそう言って笑った。
ブレントウッド駅の小さな待合席でいつまでも話を続けている訳にもいかない。構内から出て、歩きながら一同は今日の調査結果について話す事にした。まずはリリスとゲーリーが読んだ日記から推測した話をする。続いてリーファスが友人から聞いた内容を話す。その後、コメットがロジャース・ハワードが友人に借金をしてまで博打に手を出した事と、過去に交際していた女性とその子供の話をした。
リリスがいきなり足を止めた。
「わ。って、何なんだよ」
後にいたケインがリリスを見る。彼女の口元はわずかに弧を描いていた。
「つながった」
低く呟く声。
「ダイザードはその子を殺すつもりだ」
同じく口元に微かな笑みを浮かべてコメットが言った。
「へえ、今日は意見が合うじゃない。……僕もそう思ったよ」
同意した彼を振り返りリリスは確認する。
「そう。やはりロジャースの子供なのね?」
「確認はしてない。でもたぶんそうだ」
女性の名前は何度か日記に書かれていたが、妊娠していたという話は一切無かった。もっぱら愚痴の対象の日記だ。もしも女性から金銭的な事を相談されたり、認知問題が起こっていたなら間違いなく書いているだろう。ロジャースと別れた後に彼女は一人で子供を生む決心をしたのだろう。そのため子供がいた事さえロジャース・ハワードは知らなかった。彼女の周辺に別の男の影も調査では見当たらなかったことからも、あの小さな少年が他の男性の子供である可能性は低いと思われた。
人差し指を自分の頬に当て、コメットは言葉を続ける。
「まあ今のリーファスの話を聞くまでは、僕も全く確信は持てなかったんだけどさ」
ぽかんとしたまま二人の会話を聞いていたリーファスが、自分の名前が出たことで我に返った。そして慌てて尋ねる。
「え、え?ちょっと待ってよ。つまりあなたたちは、ダイザードはハワード伯爵の子孫たちを根絶やしにするために無関係な人まで殺していたって言いたいの?」
リーファスの言葉にコメットが答える。
「だって他の理由は考えられないだろう?」
「でも……」
リーファスはまだ納得いかない表情だ。
「私は霊についてはあまりよく分からないし、一つの可能性として聞いて頂戴」
そう前置きしてリリスが話しはじめる。
「ダイザードには、憎きハワード家の子孫がイーストエンド辺りにいる事が分かった。でもその相手が誰なのかまで特定出来ず、探し回っている。そういう事は無いかしら?」
リーファスとコメットは各々考えを巡らせ、一度顔を見合わせた後にリリスに返答した。
「僕が過去扱ったケースに例はないけれど、理論上は有り得ると思うよ」
「そうね。理性が残った霊も多い反面、暴走した霊も結構いるし。感覚は生前とは全く違うから、イーストエンド近くだって事だけを感知していても不思議じゃないわね」
「どうせなら、襲っている相手が違っているのにも気づいて欲しいんだがな」
ゲーリーがため息をつく。復讐の相手を間違えて5人もの犠牲が出てしまったのだとしたら、実にやるせない話だ。リーファスが悲しげに目を伏せた。
「もしもその事に気づいているのなら、彼も辛いかも知れないわ」
騎士道というのは宗教的な精神に基づいたものだ。残された記述の通り彼が高潔な人物であり、騎士の誇りや理性が断片でも残っているとすれば、自らの罪に苦しんでいるだろうとリーファスは思う。むしろ完全に狂ってしまっている方がまだ幸せである。
再び歩き始めたリリスが表情のないまま言った。
「これ以上、彼に罪は重ねさせない」
リーファスが頷いた。
「そうね。その小さな坊やのためにも」
一つの裏切りから二つの家系の命運を狂わせた悲劇。
どれほど胸の痛む事件であろうとも、ゴーストハンターである彼らは自らの手でこの一件に終止符を打たなければならない。
足取りはけして軽くはなかったが、調査員たちは終結へ向けて先を急いだ。
暗くなる頃に彼らはハワード伯の旧領地まで辿りついた。この付近まで来ると街灯もない。時折通りかかる車のヘッドライトと、ぽつりぽつりと遠くに見える農場の灯が見えるくらいだろうか。
「地図ではこの辺りなんだけどな……」
ケインがそう言いながら、周囲を懐中電灯(トーチ)で照らす。柵の向こうには伸び放題に茂った草と背の高い木々の一群が見える。
「ちょっと地図を見せてくれる」
リーファスがそう言ってケインが持っていた近辺の地図を受け取る。懐中電灯の光の中でリーファスは現在位置を確認すると、バッグに入れていた小さな革袋から鎖のついた水晶を取り出した。彼女の愛用しているダウジング・ペンジュラムである。
彼女がダウンジングに意識を集中している間に、他の四人は周辺の様子を探った。月明かりでもあれば肉眼でもある程度の目視は出来そうなのだが、生憎曇り空だ。ケイン以外トーチは通常所持していない。だが今日はゲーリーとリリスも拠点で借りて来ているので、3つあるその灯を頼りにするより他はなかった。
「はい」
リリスが持っていた懐中電灯をコメットに手渡した。訝しむ相手を無視して、そのまま脇にある高い柵を乗り越える。
「ちょっと何処行く気だよ!」
「……何処にも行かないわよ」
うんざりした声が返ってくる。
そのままリリスは柵の向こうにあった大きな木によじ登った。コメットは大袈裟に肩を竦めた。上から何が見えるのかは分からないが、迂闊に近づくと何を言われるか分からない。
「もし逃走しそうなら、威嚇射撃でも行うべきか?」と少々物騒な策を講じていると、当の本人が戻ってきた。どうやら仲間を威嚇という事態は避けられたようだ。
「お帰り。面白い物は見えたかい?」
「藪の向こうに灯りの点いていない建物があった位。恐らくは旧伯爵邸ね」
「何?行ってみたいの?」
コメットの問いにリリスは少し小首を傾ける。
「でも、地下墓地や祭壇が本星だと思う」
「そうだね。ロジャースが館まで荒らしていなければ、空振りになる可能性もありそうだし」
「古い記録があれば、過去のダイザードとの遺恨も分かるのだろうけれど……」
既に住人がいなくなって久しい廃墟では、その可能性は高くはない。なのに語尾を濁すリリスに、コメットが不思議そうな顔をする。
「何さ?他に何か気にするような事なんてあったっけ?」
リリスは首を振った。"何故か気になる"。それだけだ。本能的な直感は、上手く言葉で表す事が出来ない。
そんな話をしている間に、リーファスはダウジングを終えたようだ。彼女は地図に幾つかのチェックを加えて言った。
「この三箇所が反応のあったポイント。一番が強く反応したから、ここが墓地だと思うわ」
ゲーリーが周囲を見て、地図のチェックと現在位置を比較して答える。
「分業しても良いが、また鉄砲玉娘が行方不明になっても困るしな」
「誰の事よ」
不満の色を浮かべた目でリリスが睨むが、ゲーリーはそれを無視して話を続ける。
「まあ、まずはこの一番近い地点まで全員で行ってみないか?その後どうするかは、後で考えよう」
特に反対意見は出ない。
リリスが木の上から見た方向とは一致しているが、廃墟よりも手前の雑木林の中だった。
半壊した小型の建物が一つある。この辺りも伯爵家の旧領地内なら、狩猟小屋か使用人の仮小屋だったのかも知れない。しかし今では見る影もなく崩れた用途不明な廃墟でしかない。
「ここに何かあるのかな?」
ケインが首を傾げて妻の顔を見る。だがリーファスも「さあ?」と答えるしかない。ダウジングで反応があったのは確かだが、実際に何があるのかまでは彼女も把握は出来なかった。
コメットが小屋の扉に近づき手を掛ける。どうやら鍵が掛かっているようだ。
「これ、もう壊しちゃっても良いよね?」
どのみち破損の激しい小屋である。多少破壊しても何の問題はなさそうだと一同は思った。しかし次の瞬間、出し抜けに中から扉が開いたのでコメットは大きく飛び退いた。
「どうしたの?」
しれっとした口調でそう言ったのは、いつのまにか中に入り込み内側から鍵を開けたリリスである。
「あなた、いつのまに?……というか、一体どこから中に入ったの?」
リーファスに質問されて、リリスはきょとんとした顔つきで小首を傾げる。
「そこから、なんだけど」
彼女が指さした先は、この扉の逆サイド側にある天井が崩れている部分だった。全員扉に注目して気づく者はいなかったが、身の軽い彼女は窓枠に足を掛け屋根に登っていたのだろう。
「でも良かったよ、コメットに撃たれなくて」
ケインが肩から力を抜きながら、やや引きつった顔で言った。飛び退いたコメットの利き手が極自然に銃に掛かっていたせいだ。
「そうみたいね。どうやら命拾いしたらしいわ」
「ったくもう!むしろこっちの寿命が縮みそうだよ」
コメットは頭を抱えたくなったが、相手は至って他人事のような表情で扉を大きく開いた。中は外観以上に壊滅的だ。その床に開いた状態の跳ね上げ式扉が見えた。
「何だこれは?」
ゲーリーが屋内に入り、慎重に床扉に近づく。
「領地内での位置を考えると、地下を通る抜け道じゃないかしら。昔のハワード家にはそういう物が必要だったのかしらね?」
跳ね上げ扉を開いたのもリリスなのだろう。
利用されていた当時は梯子でも使って昇降したのだろうか。床と地下の落差は6フィート程(約1.8m)ある。中を覗きこんだゲーリーが思案顔で言った。
「リーファスのダウジングが指したのはこの地下通路か」
「そうだろうね。他にこの辺には何もなさそうだしさ」
コメットがゲーリーの横から覗きこんで同意する。
「ちょっと調べてみる?」
ケインが懐中電灯で通路を照らしながら尋ねた。
「そうね。でも、他の地点も気になるし、やっぱりここは分業した方が良いのかしら?」
リーファスの言葉に中を覗いていた三人が一斉に顔を上げる。
と、リリスが三人の脇を抜けて、音も立てずに飛び降りた。
「こら!」
悪戯した子供を叱るような口調のゲーリーを通路から見上げ、リリスは肩を竦めた。
「すぐに戻りますから、そこは閉めないでおいて下さいな」
そのまま闇の中に姿が消える。
「いつも思うんだけど、本当に足音立てないわよね、彼女って」
妙な所に感心しているリーファスに、ケインが言う。
「それより、あんな暗くて狭い場所を懐中電灯一本で走っても大丈夫なのかな」
呑気な夫婦の会話を聞きながら、ゲーリーとコメットは揃って真っ白な息を長く吐き出した。
「罰として、しばらく閉じ込めておく?」
不機嫌そうな声でコメットが言うと、ゲーリーは首を振る。
「その意見にはあえて反対しておこう。命は大事にしたいからな」
「大丈夫だよ、さすがに調査機関のメンバーに本気で何かしたりしないでしょ?」
コメットはそう言ったが、ゲーリーはもう一度首を振った。
「リリスはな、任務中に邪魔をする相手に対しては、それが誰であっても情け容赦がないんだぞ。戻った時に、もしここが閉まって外に出られなかったら、真先におまえが疑われるだろうよ。……そして俺はちゃんとおまえを止めた。以上だ」
「ちょっと、変な脅かし方しないでよ。単なる冗談じゃないか」
そう言ってコメットは跳ね上げ式の扉から離れた。
数分後リリスが戻った。降りた時と同じくほとんど音を立てずに地面を蹴って、入り口に手を掛ける。ゲーリーが「お帰り」と声を掛けて、よじ登る彼女に手を貸した。
「あら有難う。他の皆はもう先へ行ったのかしら?」
「ちょうど分業しようかって話も出ていたからな」
「そう。トーチを占領してしまって申し訳なかったわね」
自分の懐中電灯をコメットに預けたゲーリーは、足元に置いた蝋燭一本と葉巻についた灯だけでリリスを待っていた。蝋燭は先程ここへ来る前に雑貨屋で買った物のようだ。
「それで、下の様子はどうだ?」
「ここから館の地下室と地下墓地の両方に通じているみたいね。たぶん地下墓地の入り口も屋敷からの抜け道の一つとして使っていたんでしょう」
ゲーリーは思案顔で言う。
「他の連中が、地下墓地へ行っているとして。ここから入ってあっちで鉢合わせると、今度こそコメットに撃たれそうだな」
それを聞いたリリスは実に良い笑顔になる。
「じゃあ前を歩いて下さるかしら、ミスター・クローン?」
「それはお断りさせて頂こう、ミス・グレイス」
ゲーリーは葉巻の火を地面に押し付けて揉み消しながら答えた。