図書館を出た途端、部長がバカを言い出した。
 「奴隷がほしい……」
 よーし。どうしよっかなー、このバカ。
 とか思ってたら突然、手の平をポンと叩いた。
 「もういたわ一匹」
 「匹とか言うな!」
 こっち見んな! 
 「ということで、付いてきてくれ」
 何がということでなのかわからないが、もしかすると部長は、また一人新入部員を増やす気でいるのかもしれない。それはもうあれだ。被害者にはご愁傷様と言う他ない。
 そして着いたところはと言うと。
 ペットショップでした。
 ああそう。そういうこと。俺は犬や猫と変わらないと。そう言いたわけですね部長は。
 「さ、仲間を探しに行くぞ」
 「仲間って言うな!」
 部長に続いて入店した。
 「いらっしゃいませー」
 若いお姉さんがカウンターにいた。女子大生くらいの年齢だろうか。
 「あ、ミーちゃん。いらっしゃい」
 またか。またこのパターンか。もう慣れてきたわ。
 「ええ。一日一回はここに来ないとやってられ落ち着きませんから」
 言い直したよね? 今絶対言い直したよね!? やってられないとか言いそうになっただろ。
 「ふふ。ここの子たちもミナちゃんが来ると嬉しいみたいよ」
 確かに部長が入っていった途端、犬やら猫やらが騒がしくなった。
 ひっきりなしにぴょんぴょん飛び跳ねるさまはまさに大騒ぎで、この現象を名付けるとしたらわんにゃん狂想曲がぴったりだと思った。
 「それは何よりです。ですが嬉しさなら、私の方が数段上です」
 ちなみに、わんにゃんラプソディーだと語感はいいが間違いで、この場合はわんにゃんカプリッチョ(もしくはカプリッチオ)が正解。……多分、いろんな動物に甘噛みされまくることを表現した曲なんだろうなあ。
 「そんなことないわ。みんなミナちゃんのことうずうずしながら待ってるんだから」
 そこまでなついてんのか。どんだけ通ってんだ部長。
 「いえ、それでも私には敵わないでしょう。何せ私は夢の中にまで出てくるくらいですから」
 なんでこの人は店員と意地の張り合いをしたがるのか……。
 「そう。まあいいわ。それは実際にやってみれば分かることだしね」
 何する気だあんたら。わんにゃん大戦争でも起こす気? 
 「さっきから気になってたんだけど、この子ってもしかしてミナちゃんの彼氏?」
 おおっと。なかなかの直球で来ましたねお姉さん。
 「そうですね……。犬未満彼氏未満と言ったところです」
 「おおい!」
 それ未満しかないぞ! 
 「あ、やっぱり~?」
 やっぱり!? やっぱりってなんだこら!? 
 「……はあ……。俺は新入部員なんです」
 結局自分で紹介をするはめに。部長のせいだ。
 「へえ。そうなんだ。良かったね」
 彼女は部長を見て朗らかに笑った。
 「良かったな志津摩君」
 「あんたのことだよ!」
 なんでこっち見てんだ。
 「ふふふ。いい子で良かったじゃない」
 また笑った。
 「ええ。良かったです……」
 そう。それでいいんだよ。できるじゃん普通に。
 「いい子でいられて」
 「違う! 違うから! それさっきと逆だから!」
 なんであんたが嬉しそうなんだ。  


 「触ってもいいわよ」
 「いいんですか?」
 「抱っこもオーケー」
 子猫が五匹、ケージの中に入れられている。
 つぶらな瞳で見上げる姿はいじらしさと愛らしさのかたまりだ。みーとかみゃーとか鳴いているのを聞くと虜になってしまいそう。
 現にそうなっている人が目の前にいるのだが
 「デュフフフフフフフ。ういのうういのう」
 これはどうなんですかね? 虜っていうかもはや幻惑の域な気がするんですが……。
 「部長、抱っこしないんですか?」
 いつもそうしているはずだ。
 「おお。そうだな。ではでは――」
 そう言って部長はケージの中に手を伸ばした。
 が――
 ――飛んできた。猫が全て。しかも部長の顔面に。
 「おぶっ!」
 激突。
 にゃんこ全員の協力アタックで部長はやられ、すごい音を立てて仰向けに倒れた。
 「あははは」
 女性店員はけらけら笑っている。
 飛び出した猫は部長に群がり、顔を突いたり、ペタペタ触ったり、頬をすり寄せているものもいれば、顔の上に乗っているものもいる。
 「デュフフフ。もふもふや。もふもふのオンパレードやあ……」
 表情はよくわからないが、口元からとても満ち足りているのだけは分かる。
 「何やってんですか……」
 「いつもこうなるの」
 おかしそうに言う店員は、一匹ずつ抱き上げケージに戻していく。
 「そ、そうなんですか」
 もしや、ここにいる犬や猫は部長をストレスのはけ口にしているのでは……。
 そう考えていると、部長が起きた。むくっと。
 立ち上がり、制服をはたく。
 「ふふ、弟子たちもやるようになった。……だがあと一歩が足りんな」
 どこの師匠だ。  
 「いや負けてましたよね? かなり一方的に」
 にゃんこ師匠ボコボコでした。
 「分かってないな君は。あの状態こそが私の勝ちなんだぞ?」
 ヘリクツきたー。
 「はいはいそうですね。確かにあれは、部長にとっては勝ちかもしれませんね」  「じゃあ引き分けね」
 店員が言う。
 「いや、負けるが勝ちと言いますから――」
 「もういい! もういいですから部長!」
 これ以上引っ張らなくていいから! 
 「それはいやだ」
 「黙れって言ってないだろ!」
 「あ、間違えた。……すまない」
 「……ま、間違えた? ……ああ! まあ間違えることは誰にでもありますから――」
 うん、仕方ない仕方ない。
 「私の――勝ちだ!」
 「もういいつってんだろうが!」
 
 
 「おお……」
 「どうだ。感想は」
 俺は部長に勧められてにゃんこを抱っこしています。その……なんて言えばいいか……。かわゆいです。
 「かわいいですね」
 そうとしか言いようがない。しかしそれだけでは言い表せないこの愛らしさ。
 「そうだろうそうだろう。一家に一台は欲しくなるだろう?」
 「そんな家電製品じゃないんですから……」
 まあ欲しくなるのは分かるけど。だってこんだけかわいかったらなあ。ともすると人間より人おとすのうまいって言えないだろうか。
 「今から三十分以内にお電話いただいた方のみ! 三千九百八十円にてご提供させていただきまーす!」
 「やめなさい」
 安っ! サンキュッパかお前。
 「にゃあー」
 違うって。「アタシそんな安い女じゃにゃい」だって。
 「さらにさらに! 三十分以内にご注文いただいたお客様にはもう一点! もふもふクリーナーをお付けいたししまーす!」
 「やめんかこら」
 変な商品名付けてもう一匹抱き上げんな。
 「みゃあー」
 ほらみろ。「私、恋も仕事も一番じゃにゃいと満足できにゃいの」って言ってるじゃないか。
 ませてんなーお前ら。
 腕が疲れてきたのでにゃんこを下ろすと、部長もそれに続いた。
 「そういえば、部室で自己紹介するとか言っておきながらできてませんね」
 うやむやになっていたのを思い出した。
 「そうだな」
 「じゃあ部長からどうぞ」
 あの時は俺も譲れなかったが、今は違う。まあ、お持ち帰りの危険が消えたわけではないが……。
 「いや君からでいい」
 あれ、どういう風の吹き回し? 暴風? 暴風雨が来ちゃいますか? 
 「そ、そうですか。では……」
 と勢いをつけようとしたところに。
 「名前は|志津摩禎生《しづまていせい》。趣味は読書で、主に純愛に見せかけた淫靡・猥褻な小説を好む」
 「やめて!? 他のお客さんに聞こえるから!」
 見せかけてないから。まったく。これっぽっちも。
 「じゃあエロエロ?」
 「しー! しー!」
 だめだって! それさっきより聞き取りやすいから!
 「……では私の番だな」
 人のセリフ奪っといて何がではだ。
 「……どうぞ」
 でも良かった……。珍しく引っ張ってこなくて。
 「私の名前は部長です」
 「おい」
 真面目にやれ真面目に。
 「趣味は――」
 「苗字と名前を言え」
 「苗字はこざとへんで、名前ははらいです」
 「はらい!? こざとへん!? 他の部分はどこへやった!?」
 もうわけがわからん。
 「趣味は……ヒミツだにゃ!」
 ……。
 …………。
 ………………。
 ………………………。
 「ヒミツだにゃ!」
 ……。
 …………。
 ………………。
 ………………………。
 「……部長」
 「にゃ?」
 そのポーズをするにあたり、注意しておかなくてはならないことがある。それは――
 「……似合ってないです……」
 これだ。
 「にゃあああああああああああああああ」
 「うぶっ!」
 ぶたれた。バチーンって。

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