第十三歩
何往復かして体育倉庫に全てのボールを運び終えた俺と五十嵐は、ビニールを剥いてボールを布で拭く作業に移った。
「そう言えば三浦君、今日授業終わっても寝ちゃってたよね」
「ひどいよな、誰か起こしてくれれば良かったのに」
「井上君が起こそうとしたんだけど、明日菜ちゃんが放っておこうって。皆もあんまり気持ち良さそうだから起こせなかったみたい。昨日眠れなかったの?」
「テレビでサッカーの試合をずっと見ててさ、やっと朝方に寝たんだよ」
サッカー、という単語に五十嵐がピクっと反応した気がした。
俺の把握している限り、彼女がサッカーをしていたことを知っているのは(俺を除けば)クラスに誰もい
ない。
三年前には天才パサーとしてピッチ中を生まれたばかりの天使みたいに跳ね回っていたことを、彼女はひた隠しにしているのだ。
「はは、それじゃあ眠いはずだね」
そこで会話が一旦途切れ、二人とも作業に没頭する。
黙々と仕事をこなしながら、俺は三年前にうだる様な暑さの中で目にした五十嵐を思い出さずにはいられなかった。
素早い身のこなし、相手の力に抗うのではなく踊るようにいなすボールキープ、ベテランの技師が測量器具を使い綿密に調査したかのように放たれる正確且つカラフルなパス。
当然もっとうまいプレーヤーは星の数程いるだろうが、あんな風に女子特有の柔らかさを生かしながら魅せるタイプのプレーヤーは観たことがない。
しかもあの時五十嵐は若干十四歳だったのだ。
もしあの後現在までサッカーを続けていたら、と思わずにはいられないが、膝から下を失った彼女に対してそんな想像をすることさえすごく失礼なことみたいに思えた。
だけど。
フットサルチームを組んでから、常に頭の奥の片隅に「もう一度五十嵐のプレーが観たい」という気持ちがへばりついている。
その想いが授業中、サッカーを観ている時、料理をしている時、夜眠る直前に少しだけ顔を出すのだ。
その度に頭を振って気持ちをリセットする。
悲しいけれどもう無理なんだ、諦めるしかないんだ。
俺なんかより、五十嵐本人の方が俺の何百倍も再びプレーすることを望んでいるはずだ。
けれど想いだけではどうにもならないこともある。
希望を持つことは大事だが、願いは全て通じる、と思う程子供ではない。
俺はもう高校生なんだ。
下がったテンションを引きずらないように、会話を再開させる。
「五十嵐ってさ、普段家で何してるの?」
作業をしながら五十嵐が答える。
「んー、これといって何もしてないよ。宿題したり、晩ご飯の時にお母さんのお手伝いしたり」
「お、ということは料理も出来るんだ。女の子だねえ」
「ううん、お手伝い程度だから料理ってほどでもないかな。ほんとに簡単なものを作るだけだよ」
それでも手伝うだけ偉い、誰かさんに聞かせてやりたい。
「明日菜なんて全然料理出来ないんだぜ。料理どころか洗い物も、食器を拭くのも危ないくらいでさ」
俺は即座に誰かさんの名前を出す。