第十四歩
「へー、意外だな。明日菜ちゃんて何でも出来そうなイメージだから。勉強も、スポーツも完璧だし。皆に頼られているし、私にも優しくしてくれるよ」
やっぱり根強いな、明日菜人気。
「まあ確かにいいやつではあるけどさ、昔はズボラだったんだぜ。小学生の頃なんてしょっちゅう忘れ物ばかりしてて、何度教科書を隣のクラスに届けたかわかんないし。」
「そっか、そう言えば三浦君と明日菜ちゃんは幼馴染なんだっけ。仲良いもんね」
「幼馴染と言うより腐れ縁だね、家も隣同士で幼稚園も学校もずっと一緒。まあ十年以上俺が世話してきているかんじかな」
五十嵐は少し納得いかない表情で
「そうかなあ、明日菜ちゃんて面倒見良さそうだけど」
まあかっこつけてああは言ったものの、冷静に考えてみれば明日菜が俺の面倒見てるって方が真実に近い。
昔から俺のピンチにはあいつがいてくれた気がする。
逆にあいつのピンチを俺が助けたことって、あいつが忘れ物した時くらいだな。
「けど明日菜ちゃんが三浦君に少しだけ甘えているような気もする。いいなあ幼馴染と今も一緒って。私の幼馴染達は何百キロも離れた兵庫だもん」
ちょっと気になって聞いてみる。
「なんで高校から転校することになったんだ?転勤か何か?」
五十嵐の表情が少しだけ曇る。
「ううん、この足のせいだよ。東京に理学療法が充実したすごくいい病院があるって聞いて、リハビリの為に引っ越してきたんだ。家族も付き合って一緒に来てくれて。だからお父さんとお母さんにはとても感謝しているの。そういえば三浦君は一人で住んでるんだよね?」
言い難いことを言わせてしまった。
時期的に考えれば、足が転校に関係しているなんて分かりそうなことなのに。
自分の軽率さを反省しつつ話を続ける。
「親が二人揃って海外に転勤しちゃってさ、それから一人暮らし。一緒に行こうって誘われたんだけど、一から外国語勉強するのは面倒だったし、それに家事は元々割と得意だったしで残ることにしたんだ。けどしょっちゅう明日菜と侑が遊びに来るから、正確には一・五人暮らしみたいなものかな」
「そうなんだ、その年で一人暮らしとかすごいなあ」
作業はそろそろ終わりそうだ。
立ったまま仕事をしながらも、五十嵐の姿勢に不安定なところは見えない。
リハビリに加え、本来のバランス感覚の良さも手伝って日常生活に支障のないところまで回復したのだろう。
自然に歩ける、簡単な動作が出来る、そこに至るまでの道で五十嵐がしてきた努力を考えると、頭が下がる思いだ。
「趣味とかは?空いた時間は何してるの?」
まるでドラマで観るお見合いの質問だ。ご趣味は何ですか、嗜む程度にお茶とお琴を。
「最近は音楽を聴くことが多いかな、詳しいわけじゃないんだけれど」
「へー、誰とか聴くの?」
「お父さんの影響で古い洋楽ロックばかり聴いてるの。だから最近のバンドとか日本のアイドルは全然知らないんだ。」
意外な趣味だ、イメージとはかなり違う。
「俺も古い洋楽好きだよ」
「そうなの?私が好きなのはストーンズとかディープ・パープルとか」
俺が続きを受ける。
「ツェッペリンとかフーとかドアーズとかビートルズとかピストルズとかビーチボーイズとか」
五十嵐が嬉しそうな顔で俺の目を見る。
「そうそう、そんなかんじ!音は今程綺麗じゃないかもしれないけど、今の音楽にはない暖かさがあってなんか好きなの」
「俺は特にビーチボーイズが好きなんだけど、確かに独特の温もりがあるなあ。けど今のバンドだって悪くないよ、いいバンドもいくつかいる」
「そうなんだ。私うちにあるレコードとかCDを繰り返し聴くばかりだから、本当に最近のバンドは知らなくて。聴かず嫌いって言うより、触れる機会がなかったの」
レコードプレーヤーが家にあるんだ、ちょっと羨ましい。
そうだ、あのバンドなら気に入るかもしれない。
「ジェットってバンド知ってる?前にiPODのCМソングになったりしたんだけど。」
「ううん、聞いたことない。最近のバンド?」
「最近て言えば最近かな。ストーンズが好きならきっと気に入るよ。なんせストーンズのギタリストのキースもお気に入りのバンドなんだ」
「そうなんだ、ちょっと聞いてみたいな」
「家にアルバムあるから明日持ってくる、絶対好きだと思うよ」
「ありがとう、けど大丈夫。わざわざ持って来てもらうのも大変だし」
これは例の柔らかな拒否の壁なのか、単に迷惑がっているのか?
しかしどちらにせよ気にしない、今日の俺は図太い。
「別にCD一枚持ってくるくらい大変じゃないよ。それにクラスに洋楽好きがいないから、音楽の話が出来る友達が欲しいんだ。ね、ちょっと聞いてみなよ」
五十嵐は少しだけ逡巡した後、ぺこりと頭を下げた。
「じゃあ……、すみませんが、よろしくお願いします。」
「はい、お願いされました」
彼女はクスリと笑って
「ありがとう、楽しみにしてるね」
その後二人で職員室まで戻り、担任の高橋先生に作業の終了を報告した。
一緒に帰り支度をした後に校門まで歩き五十嵐に手伝った礼を言われ、そこで別れた。
いつもの夕暮れの商店街をかるくスキップしながら家路を急ぐ。
洋楽友達が出来そうでよかった、明日菜も侑も洋楽には興味無いもんな。
ところで俺、何でスキップしてるんだ?