第十七歩

翌日の昼休み、俺は一人で弁当を食べている五十嵐に話しかけた。
「うまそうじゃん」
 五十嵐が少し恥ずかしそうに微笑みながら返事をする。
「うん、おいしいよ。三浦君はいつもパン?」
「朝早起きして弁当作るの、面倒でさ」
「そっか。けどいつも購買のパンだと飽きない?」
「うーん、もう慣れたかな。今じゃ習慣になっちゃって、土日の昼に購買のパンが食べたくなるくらいだし」
「へー。パン、好きなんだね」
「好きって言うか、だから習慣だよ」
 五十嵐と何気ない会話をしていると、気持ちがゆったりとしてくる。
 ペースが合っているというか、自然体でいられるというか、心の中の自分ではあまり意識していなか
った部分を優しく揺り動かされている気分になる。
 うまく言えないけど、少しだけ温度が上がって、けどそれは熱さじゃなくて。
 とにかく今までの人生では体験したことのない感覚だ。
「あ、そうだ、CD返しちゃうね」
 五十嵐がかるく屈みながら横にある鞄を開け、CDを探す。
 栗色の髪が、窓から差し込む昼の光を受けてきれいに揺れる。
「もう聞いたんだ?」
「うん、一曲目からラストまで二回も聴いちゃった。その後でパソコンにも落としたんだ。はいこれ、ありがとう」
 五十嵐からCDを受け取る。
「どうだった?気に入ってくれた?」
「すっごい良かったよ!確かに三浦君の言ってた通り勢いがあって、シンプルで。」
「二曲目、良かったでしょ?」
「タンバリンから始まる曲だよね?すごい好き!」
「俺レベルになると、五十嵐がどんなものを好きかなんて簡単に分かるんだよ。何を考えているかも全部まるっとお見通し」
「そうなんだ、すごいなあ。えっと、じゃあ問題です、私は今何を考えているでしょう?」
 俺は腕を組み考えるフリをする。
「そうだなあ……。痩せたらいいな、と思ってるだろ?はい、当たり」
 五十嵐の笑顔が瞬時に凍る。
「え……、私ってそんなに太って見える?」
俺は笑う、五十嵐のショックを受けた顔がツボに入ったのだ。
「ごめんごめん、冗談だよ」
「ううん、いいの。確かに最近ちょっと太ったの。指摘してくれてありがとう」 
五十嵐の顔色が若干青い気がする。
俺はもちろん慌てて弁解する。
「いやいや、だから冗談だって!全然太ってないって!」
「ふう」
五十嵐が食べかけの弁当を片付け始める。
「なんかお腹一杯になってきちゃったな」
俺は必死で続ける。
「何やってんだよ、まだほとんど食べてないだろ?五十嵐は太ってないよ、どっちかって言ったら痩せてる方だよ!」
「ううん、いいの。ほんとにお腹一杯なの。そうだ、明日からお弁当ブロッコリーだけにしてもらおう。私ブロッコリー大好き、ブロッコリーマイラブ。ブロッコリーって小さな木みたいだよね、たくさん食べたらお腹から木が生えてくるのかなあ。私きっと森みたいになっちゃうね。移動する森、これはもう町の名物だよ。みんな見に来るね。私、森の名に恥ずかしくないようにこれからは生きるよ。リスさん達にも遊びに来てもらえるよう頑張るよ」
 駄目だ、五十嵐がかるく壊れている。
 俺が余計な事を言ったせいだ、とにかく謝らないと。
「森になんかなんねーよ、とりあえず弁当食べようよ。いや、ほんとに申し訳ありませんでした、軽い冗談だったんです。こんなに傷つけるとは思わなかったんです。謝ります、すみませんでした。だから森になることは諦めて、人間としてもう一度弁当を食べて下さい」
「……私、人でいいの?」
「人です、人類です、ヒューマンビーイングです。ほらほら、まだランチの途中ですよ」
「……じゃあ、食べるね」
五十嵐はしまいかけた弁当をもう一度机の上に広げ、ようやく続きを食べ始めた。
 俺は冷や汗をかきながら、CDを持って自分の席に戻る。
 それにしても珍しい傷つき方だった。
 なぜ体重の話から森になる話に飛ぶのだろうか。
 二度と五十嵐に体重の話はふらないようにしよう、そう心に固く誓いながらパンを齧った。

寝太郎
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寝太郎

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