第十八歩
「というわけで、貧乳も巨乳もどちらも素晴らしいということに俺は気づいたわけだ!」
侑が結論を導き出す。
「大きさの問題じゃないんだよ、何ていうかこう……、分かるだろ、航平?」
「わかるわかる、世の中って大きさにこだわり過ぎなんだよな。ていうかみんな胸にこだわり過ぎ。大事なのはケツだよ。尻だよ、尻」
「いや、ケツより顔だろ?」侑が言った。
その日の放課後、いつものように侑、明日菜と教室の窓際でダラダラと喋っていた。
「明日菜はどっちだと思う?」
隣で椅子に座りぼんやりと聞いている明日菜に話を振ってみる。
「胸もお尻も顔もいいけど、『心』は?」
「……そんなの考えたこともなかった」
俺と侑がハモりながら同時にうめく。
「最低」
明日菜が二文字で的確に自分の気持ちを表現する。
いやいや、男なんてこんなもんだって。
そんな見えないもんより『ドンッ!』て分かりやすいものに惹かれるのは、体がたぎってしまうのはしょうがない。
そう、高校生は色々とたぎってしまったりするのだ。
「まあいいからさ、明日菜パンツ見せてよ」
俺はいつものように訊いてみる。
「いいよ、責任とってくれるなら」
「しょうがねえな、俺のパンツ見せてやるよ。一生もんの記憶画像になるぞ、今夜変なことに使うなよ」
「責任のレベルが違う。こうちゃんのパンツと私の下着じゃ、スーパーの袋とケリーバッグくらいの差があるの。話にならない」
明日菜が冷たく言い放つ。
「わかったよ、俺のも見せるよ、そうすりゃいいんだろ?カルバンクラインのクールなボクサーパンツだぜ、拝んで見ろよ。けど記憶を変なことに使うなよ」
と侑。
ニヤリと笑いながら、明日菜が言った。
「そんなの使わない、もっといいものがあるから」
え?
なにそれ!
その話、すげー興味ある!
色めき立つ俺と侑に、
「冗談に決まってるでしょ」
いやいやいやいやそんな事言っちゃってー、もっと詳しく訊きたいな!
「なあなあなあなあ、いいものって?いいものって何?」
よだれを垂らさんばかりで謎の『いいもの』に食いつく侑。
「もうちょっと大人になったら、ね」
妖艶に微笑む明日菜。
「あー、俺生まれて初めて早く大人になりたいと思った!ドラえもんがタイムマシーン持ってきてくんないかな!あんなこといいな、出来たらいいな、あんなことこんなこと出来たらいいな!」
侑が叫ぶ。
もちろん俺は侑の言葉に力強く頷く。
たしかにドラえもん、来て欲しいな。
そしたらスモールライトでかわいい女の子をちっちゃくして、制服の胸ポケットに入れて連れ歩いて、マグカップでちっちゃい風呂なんて作ってあげたりして……
「なんか盛り上がってるな。じゃ、また明日な」
下ネタ全開の俺たちに、クラスメイトが声をかける。
「お、おう、じゃあな」
知らないうちに桃色天然色の世界に思いっきり入り込んでしまった。
明日菜、恐るべし。
妄想で熱くなった頭を冷やそうと、外を向いて窓からの風を顔に受ける。
ふと下を見ると、部活終わりを除けば今が下校のピーク、たくさんの生徒が校門から徒歩や自転車でそ
れぞれの目的地へと向かっていくのが見える。
「あ、そうそう、これ言おうと思ってたんだ」
落ち着きを取り戻した侑が話し始める。
「サッカー部に一人フットサルに興味のあるやつがいてさ、たまたま俺がメンバー探していることを話したらすげー乗り気なんだ。何でも狭いスペースでの一対一が上手くなりたいから、フットサルが練習に最適なんだと。すげーいいやつだしサッカーもけっこう上手いし、五人目のメンバーにしちゃってもいい?」
五人目のメンバー……、二人にものえるにも話していないが、俺の中ではもう決まっている。
今のところ断られる確率の方がはるかに高いが、それだって誘ってみなくちゃ判らない。
「わりい侑、その話断ってもらってもいい?言ってなかったけど、実は俺にもアテがあってさ。そいつが入ったらすげー楽しくなると思うんだ。」
「まあ航平がそう言うんなら断ってもいいけど……、明日菜も別にいいよな?」
侑が明日菜に訊く。
「こうちゃんのしたいようにすればいい」
「ごめんな、二人とも」
「けどさ、航平が考えてるやつって誰だよ、経験者?」
「経験者だよ」
「男?」
「違う、女子」
侑が驚く。
「女子で経験者?そんな子、この学校にいたか?一年か三年とか、それとも別の学校の子とか?」
五十嵐は、クラスの誰にもサッカーをしていたことを話していない。
あまり勝手に俺がペラペラ喋るのも良くないだろう。
「いや、ま、その辺は後々、な」
「言えないの?」
俺の返事が曖昧になったのを聞いて、明日菜がなかなかの鋭さで突っ込む。
「別に言えないって程じゃないんだけどさ、ちょっと話が複雑っていうか微妙っていうか……」
「何故だろう、俺の勘がお前が怪しい隠しごとをしていると言っている」
侑の目が光る。
「私の勘も言ってる。その子、誰?」
明日菜の目が怖い程強く光る。
なんとなく嫌な空気だ。
しょうがない、ここは無理矢理ごまかしてしまおうと俺は心に決めた。
別に嘘をついているわけじゃないが、話の性質上あまり問い詰められたくはない。
「ま、誘ってみなきゃどうなるかわかんないし、何か進展あったらすぐ報告するよ。だから二人共そんなに真剣に見るなって、な?それよりさ、練習場所どうしようか。試合はフットサルコートを借りるとして、普段の練習からコート借りてたら金がいくらあっても足らないだろ?」
「よくさ、ボールが外に出ないように天井まで金網で四角に囲まれたスペースのある公園ってあるじゃん?フットサルコートより一回り小さい、バスケのコートくらいのさ。そういうとこでいいんじゃない?」
侑が素直に答える。
「ああ、そういうのたまに見るね。じゃあ学校の近くとか駅の近くにも探せばそういう公園あるだろうし、これで練習場所問題は解決したわけだ。いやあ、良かった良かった」
ふと明日菜の方を見ると今もこっちを睨んでいる。
『まだ質問の答えを聞いていない』と両目が雄弁に語っている。
おーこわ。
目を逸らす為に首だけで振り向くと、窓の外、校門が目に入った。
さっきより帰る生徒の数が減ってきてるな、と思いながらぼんやり見つめていると、見慣れた栗色のセミロングが……五十嵐だ。
気がつくと、何故だか俺の手は鞄を持ち、足は五十嵐の元へ駆け出そうとしていた。
「わりい!急用思い出したから帰るわ」
「こうちゃん、逃げようとしてる」
明日菜が俺の背中に言う。
「違う違う、そういうわけじゃないって。じゃあまた明日!」
廊下を走りながら俺は、五十嵐を説得する方法を必死に考えていた。