第七歩

 侑の曇りかけた目が輝く。
「よっしゃ、明日菜ゲット! 学校一のモテ女子兼元スーパーアスリートキタコレ! アスモンゲットだぜ!」
え、やるの?
ずっと気のないふりで侑の演説を聞いていたのに。
ちょっと驚いて明日菜に聞いてみる。
「本当に? サッカーとかフットサルなんて興味無いんじゃなかった?」
「だってずっと体動かしてないし、何か面白そうだし」 
そうか、確かに運動大好き少女が一年以上も体を動かしていなかったら、溜まるストレスもあるかもしれない。
中学の時には思いっきり部活を楽しんでいたのだ。
運動自体子供の頃から大好きだったし。
一人納得。
「で、航平は? ほんとにやらないの? やろうぜ~、モテるぞ!」
「モテるのは経験者だけだろ。俺なんか口ばっかりでほとんどプレーしたことないもん」
侑の言う通りに女子を混じえた混合チームが出来たとして、運動経験の殆どない俺が果たしてモテるのだろうか?
侑がうまいのは当然として、多分明日菜も俺よりうまい。
女子にさえ劣る男子が、チーム内で尊敬や好意を集める、なんてことは考えにくい。
チーム内カースト最下層で「航平君、ジュース買ってきてー」とか言われて雑用に走り回らされるのがオチだ。
パシられ感丸出しで「疲れたから足マッサージしてー」とか「着替え手伝ってー」とか言われたりもするかもしれない……悪くないな、それ。
いやいや、今のは俺のオリハルコン製の逞しいエロ脳が生み出した都合の良い妄想だ。
現実にはやはり雑用係が関の山だろう。
「じゃあ選手兼監督ならどうだ? お前一度でいいからサッカークラブを指揮してみたいって言ってたじゃん。俺ならあのフォーメーションは採用しないとか、あの選手交代はないよとか監督の批評をブツブツしてたじゃん。一つの新しいチームを戦術から何から決めるんだ、面白いぞお。お前向いてそうだし」
 これにはさすがにグラっときた。
 俺は選手ももちろんだが監督にも敬意を払ってきた。
ベンゲル、ファーガソン、グアルディオラなど憧れている監督はたくさんいる。
一度でいいからチームを指揮してみたい、これは確かに夢だ。
 ただ「そうなったらいいな」程度の夢であって、プレー経験が全くなくあるのはテレビ観戦で得た口ばっかの知識のみ、そんな奴がまともな監督になれるはずもない。
 大体俺が好きなのはフットサルじゃなくてサッカーだし。
やっぱり断ろうと改めて決めた瞬間
「ねえ侑知ってる? こうちゃんてサッカーだけじゃなくて音楽も大好きだって」
ソファに腰掛けたまま、唐突に明日菜が喋りだす。
「へー、そうなんだ。ただのサッカーバカかと思ってた」
 ?ってなってる俺を尻目に、会話は続く。
「楽器だって上手。中学の時聴いたけど、もう最高。ロックしててロールしててヴァイブがすごくて超グルーヴィ」
 ほんとに何の話だ?
 確かに音楽を聴くのは結構好きだが、自分で演奏することは出来ない。
自慢じゃないが音感ゼロ。
小学生の頃七月のリコーダー試験にクラスで一人だけ落ち、音楽の先生の言いつけでその年の夏休みに何度も学校に通わされたくらいだ。
自分に音楽の才能がないとわかった俺は、それ以降授業以外で楽器に触れたことはない。
カラオケだってほとんど行かない。
バンドに対する憧れはあるけど、まあその程度だ。
「毎晩弾いてたよね、まるでオーディエンスがいるかのようにリアルな演奏だった。私の部屋にまで聞こえてくるから、うっとりしながら聞いてた」
「そうなんだ、航平すげえじゃん。何て楽器?」
明日菜が答える。
「何て言ったかな、あんまり普通のバンドとかでは使われない楽器だった。ヒェファヒラーとか言ったかな?」
 なんだろう、俺の体温が少しだけ下がるのがわかる。
「ううん違う、ヘハヒラー。やっぱり違う、エハヒラー、フマキラー、エアヒラー、エアビター、エアギ……何て言うんだっけ、こうちゃん?」
 ぬがああああああああああああああああ!
 俺の心臓が、光学顕微鏡じゃなきゃ確認できないくらいのミクロサイズまで縮んでいる。
完全にナノレベル、イオン状態。
 逃げたいです、「ぼくのことはもういないものと思ってね!チャオ!」と高らかに宣言して高速ムーンウォークで逃げたいです。
 今ならマイケルの十倍の速度(当社比)で動ける自信ある。
 ていうかあいつ、昨日忘れるって言ってなかったか?
 嘘か、嘘だったのか、お前はキューティー悪女か、なんか意外とモテそうだなそれ!
 明日菜の冷たい唇が声には出さずにエアギタリスト乙、と言っている。
 もちろん選択の余地はこれっぽっちもなかった。
「俺フットサルやるわ! 突然やりたくなった! フットサル最高!」
「お、まじで! やる気になったか!」
 急に話が変わったことに戸惑いつつ、侑が満面の笑みで応える。
 これから頼むぜ監督、と求められた握手にさわやかな苦笑いで応えつつ隣の明日菜を恐る恐る見ると……俺だけに分かる小さなニヤリ笑い。
 ああ、こいつ心から楽しんでるな。
自分を犠牲にして他人を楽しませるっていうのも悪くないかもな。
そうでも思わまきゃやってられないよな、ハァ。

寝太郎
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寝太郎

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