城山の頂へ
まもなく、タキリは、トヨタマに先導されるように羽衣を操り、空という広くて雄大な海原に身を投じた。
そのとき、
「浮いてる。私、翼をつけていないのに浮いているわ!?」
タキリは、マジックイリュージョンのごとく身体が浮いていることに思わず驚いていた。
タキリとトヨタマら二人は、館山銀座の銀行前を発ち、黒く鬱々しい空を背景とし、明るい色合いの茜色と真紅色の羽衣・着衣を目立たせて前に進んだ。
ふと下界を眺めると、百合子でいるとき、コロッケや肉を買いに行く精肉店の愛川、美香や芳夫のおつかいで行くオレンジの看板の館山郵便局、よく買い物にいく水色と緑色のコンビニ、いつもランニングや通学などで使う踏み切り、そしてやまざくらとつつじ・やまぶきなどの樹木が目立つ自宅が見えた。
いずれの場所も被害はなかったものの、なぜか人や動物の姿は見受けられなかった。
時計の針は、まもなく長い方が六、短い方が一と二の間を示した。
タキリ・トヨタマの二人は、城のある山のいただきから見て一〇メートル手前の上空を飛んでいた。
彼女たちの目線の先には、白い雲みたいな壁や備長炭と同じつやのある黒色の瓦の城が見えてきた。
そこには、城山公園という見晴らしのよい公園があり、一角には、滝壺馬琴の古典小説・里美八犬伝に登場する館山城が街のシンボルとしてたたずんでいる。
三重に層を成す城の天守閣のあたりからは、生きた心地のしないうつうつしい空気が漂い、さながら里美八犬伝の最終話に似た雰囲気を醸し出していた。
「このうつうつしさ、何なのかな? 気持ち悪いわ。」
タキリは、肌身で四方に漂う空気を感じ取り、言葉を発した。
彼女は、そのとき、身体の中からこみ上がる原因不明の吐き気に襲われ、思わず左手を口に添えた。
「姫様、大丈夫でしょうか?」
トヨタマは、後方にいるタキリに近寄り、顔に心配した様子を描いて言葉を掛けた。
「トヨタマ。私、何故か吐き気が止まらないの。」
タキリは、目の下にくまをつくり、元気の無い様子でトヨタマに答えた。
「姫様。それなら、これを食べてください。」
トヨタマは、だんご状の食べ物を腰帯の袋の中から取り出し、タキリに手渡した。
吐き気の止まないタキリは、トヨタマからもらっただんご状の食べ物を口に含んだ。
すると、彼女の身体を覆っていた吐き気は、まるで無かったかのごとく消え去った。
「トヨタマ、ありがとう。」
タキリは、トヨタマのことを見つめ、間語にて感謝の気持ちを伝えていた。