私とお父さんは宿に戻り、まずお風呂に入った。汗でベトベトだし、衣服はボロボロ。まず身を清めないと。
 さすがにぶっ続けでの散策(?)はきつかった。
「さぁ茉莉。風呂だ。良い物を見た後は風呂でそれを噛み締めながらゆったり過ごす。これが旅の醍醐味だ。なんなら一緒に入るか?」
 なにおう!
 と言葉が口に出る前に手が出た。
 すっぱーん、とお父さんの頬に私の右ストレートが炸裂した。
 お父さんはあっけなく地に伏した。
「言うに事欠いて、何言ってのよ!」
「いや、俺は家族間の親睦をより深めようと」
 げし。
 今度は私の足がお父さんの少し出っ張ってきたお腹に突き刺さった。
「げふぅ」
 カエルの潰れたような声を出し、お父さんはもんどり打って沈黙した。
 可憐な女子高生に対しての暴言の数々。これでくらいで済んだのは、この茉莉様の寛容でだだっ広い心の賜物なのだよ。覚えておきなさい。
「お母さーん、お風呂行こうよー」
 私はロビーで苦しそうにジタバタしているお父さんを尻目に、お母さんの元に向かう私だった。
 


 お風呂は、これまた外見からは想像も出来ない、いい雰囲気を出していた。
 檜造りの浴槽、古めかしいタイル貼りの床。
 年季の入った桶。
 古びた温泉旅館のイメージとピッタリだ。
「あー疲れたー」
 のびのびと足を伸ばす。
 その足で思い出した。
「あ、お母さん、お兄ちゃんは?」
 お母さんは、ゆっくりとこちらを向いた。万年平社員の奥さんにしておくには勿体無いほどの優雅さがあった。
 実際、なんでこの二人がくっついたんだろう?
 おっと、それよりも。
「崇は大丈夫。目を覚ましたし、お腹も空いているそうよ。足以外は元気ね」
「他に怪我は?」
「なかったわ。土砂に埋もれたって聞いていたからちょっと心配だったけど。ただ、まだ動けない。夕食は崇の部屋に運んでもらいましょう」
 まぁ、それはそれで私に異存はない。
 どうせ誰かの部屋に集まって食事すると思ってたから、色々な都合を考えると、お兄ちゃんの部屋だろうな。
「宴会、かな?」
 私がそういうと、お母さんはにっこり笑って、こう切り返した。
「宴会になるといいわね」
 何やら含みを残した言葉に、私はお母さんの思惑を図りかねた。でも家族団欒で食事をするのは良いことだ。
 と思って気がついた。
 お兄ちゃんの部屋で食事するという事は、自販機で禁断の果実に手が出せないという事じゃないか?
 食事が済んで部屋に戻って、それからという手段もあるけど、お母さんが何か手を打っている可能性がある。私はお母さんの笑みを見て、そう直観した。
――世の中、そう甘くない。そういうことなのね。
 何となく、残念。
 でも抵抗はしてみよう。
 ダメならダメで、どうせ未成年な私は、それを諦めてたって別にどうってことはない。
 ちょっとガッカリするくらいだ、けど……。

なぎのき
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なぎのき

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