宴が終わった。
 テーブルに並んだ料理のほとんどが消え、私たちは確かな満足感を得た。
 お父さんは熱燗二本で酔い潰れ、意味不明な言葉をつぶやいている。探検の続きか、その話の続きかのどちらかだと思う。
 ふと、私はお兄ちゃんが怪我をした祠のことを思い出した。
 一体何が祀られていたのか。
 あの朽ちかけたお花は、誰が供えたのか。
 入るときは藪絡まなかったのに、お兄ちゃんが土砂に埋まった途端、その場の雰囲気が変わったような気がしたのはなぜか。
 あの時。私が祠を見つけた瞬間。
 時間が止まったような気がした。
 あの場所は、特別な場所だったのかも知れないし、そうでもないのかも知れない。
 女将さんに聞けば何か教えてくれるかも知れないけど、なぜか聞けなかった。口に出そうとすると、どうしても言葉が形を成さない。
 それに、私にとっては、その後に見た滝の方が関心があった。
 自然の造形はかくも見事なものだ。目を閉じ、耳を澄ませば、まだあの情景がよみがえる。
 それほど強烈な印象だった。
「さて。このぐーたら亭主も潰れたことだし、寝る準備よ」
 お母さんが立ち上がった。
 お父さんはぐたぐたと何かを呟いていたが、またしても置物のように部屋の隅に寄せられた。
 私とお母さんは押入れから人数分の布団を引っ張りだし、テキパキと、四人分の寝床が準備した。
 女将さんの出番は、この母の前では無きに等しいらしい。
 そろそろかな? と様子を伺いに来た女将さんの表情を見れば分かる。この客は放っておいても良い。
 女将さんは廊下に積まれた空の皿やら食器をトレイに載せ、廊下をきしませて戻っていった。
「崇は動かせないからね。それに怪我人を一人で放っておく訳にはいかないでしょう?」
 忙しく布団を敷き直しながら、母親らしいセリフを吐く母だった。



 さすがに疲れがどっと来た。
 温泉に浸かり、食事をし、もう休んでいいよと体が訴えている。
――くっ。自販機の禁断の果実が……。
 頭ではをそれを実行しようとするのだが、体がもう勝手に動いている。
 パジャマに着替え、顔を洗い、葉を磨き。
 布団に潜り込むと、もう逆らえない。睡魔ってヤツは厄介だわ。
 まぁ良いや。お酒は二十歳になってから。良い子は眠れる時に眠るのだ。
 私は瞬時に意識を放棄し、まどろみの中へ沈んでいった。
 


 朝になり、皆が起きていない事を確認すると、抜き足差し足で自販機に向かった。単純に水を買おうとしたのだ。
 そこで気がついた。
 来た時はあったはずのお酒類が一切消えていた。
 やっぱりお母さんが手を打っていたのだ。
――くそう。
 ちょっと悔しいが、お母さんが未成年の愚行を見過ごすはずがない。
 そそくさと水だけ買って部屋に戻る私だった。

なぎのき
この作品の作者

なぎのき

作品目次
作者の作品一覧 クリエイターページ ツイート 違反報告
{"id":"nov141560418982436","category":["cat0005","cat0008"],"title":"\u3010\u7af6\u6f14\u3011\u8db3\u97f3\u306e\u3059\u308b\u3089\u3057\u3044\u5eca\u4e0b","copy":"\u301c\u5e74\u306b\u4e00\u56de\u306e\u5bb6\u65cf\u65c5\u884c\u3002\u5144\u306f\u4eca\u5e74\u3092\u6700\u5f8c\u306b\u3059\u308b\u3064\u3082\u308a\u3067\u7dbf\u5bc6\u306a\u8a08\u753b\u3092\u7acb\u6848\u3057\u305f\u306e\u3060\u304c\u2026\u2026\uff01","color":"lightgray"}