その後様々な激論が交わされたのか、お父さんが家長としての特権を行使したのかは分からない。
ただ、お兄ちゃんの思惑は大きく外れたのは確かだ。
今、私たちは『秘境』にいる。
最後に人の姿を見たのはいつだったかな。一時間くらい前かな。
それくらい長い長い山道を突き進んで、辿り着いたのがここだ。
鬱蒼と生い茂った木々。その隙間から見える旅館と思しき建造物。看板は錆びてほとんど読めない。
私はワクワクした。
ここはまごうことなき『秘境』だ。きっと面白い。そう直観した。
お兄ちゃんはといえば、ここに到着するまでずっと文句を言いっぱなしだった。
家族会議での挙手による採択は、賛成多数、と言っても賛成したのは私とお父さん。お母さんは流動票で、多い方につく。
つまり、三対一でこの場所と移動手段が『可決』された。
飛行機で移動し、そこから四輪駆動車による移動で二時間。数値はお兄ちゃんの素案のままだが、お父さんが一枚上手だった。
それが面白くないんだろうな、とは思うけど、その文句は主に私に向けられた。裏切ったわけじゃない。私は私の信念に従ってお父さんの案に賛同した。なのにお兄ちゃんはぶちぶち文句を垂れる。もちろん聞き流したので内容は全然覚えていない。
「秘境って、何もこんな山奥の旅館じゃなくてもいいじゃないか」
車から降りるなり、お兄ちゃんがお父さんに文句をぶつけた。ここまで来て文句を言ったところで、引き返せないんだからあきらめれば良いのに。往生際の悪い。
「何をいう!」
お父さんは、ここぞとばかりに声を張った。
「見ろ、この見るからに人里離れた感。全く人の気配がない。しかも予約する手間すらいらないという便利さ。その上キャンセル料も取らないという大変親切な旅館だぞ? お前のいう自宅近辺数キロ圏内の旅館とはワケが違う」
お父さんの言葉は、私の内なる言葉と一致していた。
だからお兄ちゃんにどう思うか尋ねられた時、私はこう即答した。
「素敵っ!」
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