何となく傾いているような旅館の外見と違い、きちっと和服を着こなした女将さんはキビキビしていた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。三宮(さんのみや)様、四名でございますね? お部屋へご案内致しますので、あ、お荷物はそのままで結構です。係の者が運びますので。それから、お時間になりましたら夕食をお部屋へ運びますので……ええ、他にお客様がいらっしゃらないものですから、宴会場は閉めきっているんです。あらやだ、私ったら余計な事を……」
私はそんな女将さんの長台詞を聞き流し、旅館の中を見回した。
木造建築の二階建て。築何十年が経過したのか、板張りの床は足を置く度にギシギシと鳴る。
壁もあちこちに補強や補修の跡があった。
「……お部屋が充分に空きがございますので、お一人様一部屋にも出来ますが、如何なさいますか?」
なんですとー!
こんな怪しい旅館で一人一部屋。こんな贅沢が許されるなんて!
お父さんも同意見だったようで「それは素晴らしい! ぜひお願いします」と意気込んで呵々と笑った。
まぁ一つ問題があるとすれば料金かな。
でも、そんな私の胸中を見透かしたように女将さんがこう言った。
「料金は据え置きで結構です。旅館なのにお部屋が空いてるのも、何か寂しいですから」
いやもう、こっちは全然OKですよ。旅館の都合なんて知らない。もう至れり尽くせりとはこの事だと私は思った。
「さぁ皆の衆、部屋は早い者勝ちだ。今年のイベントスタートだ!」
お父さんは、もうハイテンションではしゃいでいる。年甲斐もなく、私たちをロビーに置き去りにしたまま長い板張りの廊下を猛然とダッシュした。
「ほら、お兄ちゃんも。早くしないととんでもない部屋になっちゃうよ!」
私はもうワクワクが止まらない。
なのにお兄ちゃんは、平然とこんな事をいうのだ。
「俺は残った部屋でいいよ」
お前それでも私の一個上か!
若さポイントがもう尽きたのか!
「お兄ちゃん、冷めている~」
と、私が挑発しても「これが大人ってヤツだよ」と返してくる。
一個違いで大人も何もへったくれもあるか!
私は黙ってその『大人』の代表を指さした。
そこでは、お父さんが廊下でへばっていた。
これを見てもまだ『大人』論を言い張るのか!
「アレは例外だ」
なんて兄だろう。面白みの欠片さえない。暑い精神は健全な体に宿るのだよ、お兄ちゃん!
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