そして一〇分後。
薄暗いロビーには古びた真っ赤なソファが置いてあり、そこにお兄ちゃんがふんぞり返っていた。
「お前、五分後とか言われなかったか?」
私はそんなお兄ちゃんの糾弾を聞き流し、辺りを見回した。
完全和風な造りのロビーに、障子戸で仕切られた通路、そして高い天井。そこには年季の入った立派な梁が見えた。
ソファと玄関ロビーとの色彩の組み合わせもすごいが、そこに平然と座り、しかも五分前に『きちんと』待っていたであろう辺りが『いかにも』お兄ちゃんらしい。
突っ立っているのも何なので、そのソファに腰掛けた。何やら軋む音がしたけど、気にしない、気にしない。
「で、お父さんは?」
ここにいない事も、きっと遅れてくる事も知った上で、一応聞いてみた。
「見ての通りだ」
なんとも味気ない回答。お兄ちゃん、そこは何かオチをつけないと!
とは言え、別に芸人になって欲しいわけでもない。
それにお父さんの事だ。相当遅れて来るに違いない。
「まぁ、そのうち来るでしょ」
これは偽り一つ無い、私の本心から出た言葉だ。
この時間を利用して『探検』とやらのプランを考えよう。
私は部屋で眺めてきたガイドブックの話を始めた。
そのガイドブックには地図が挟まっており、それのほとんどが空白で占められていた。唯一、端っこに滝のマークがあった。注釈で『徒歩で約一時間』と記載されていたが、道を示す記号すらない地図だ。あてにならないと思う。
「まさかそこに行く気じゃないだろうな」
お兄ちゃん、お父さんを甘く見過ぎだよ。
そしてそれは、やっぱり現実になった。
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