~龍の祠・②~
私は持ってきた荷物の中からランタンとロウソク、そして『光晶石(こうしょうせき)』――光の精霊の加護を受けた結晶石で、持ち主の魔力(マナ)を吸収して光を放つもの――を取り出す。
ランタンは光源として利用するつもりだが、光晶石は明かりではなく、洞穴内の目印として置いていくつもりである。光晶石は光を当てておけばそのエネルギーを魔力(マナ)として蓄積し、暗所ではそれを源に光を放つ性質を持つ。そのためこうした場所での目印にはうってつけなのだ。
「準備はいいか?」
「あ、あたしはそのあのええと準備は出来てるけど心の準備が出来てないというかなんというか魔法使うのには精神統一というかそう倭の国でいう心頭滅却が必要不可欠で」
「俺はいい。さっさと行こう」
「そうだな。行こう」
「あぁっ、ちょ、ちょっと置いてかないでよ!!」
ティアはなんだかよくわからないことをゴチャゴチャと言っていたが、とりあえずゼクスはすでに万端であるようなので問題はないと判断する。どのみちティアには後方に下がってもらう予定ではあったから、大丈夫だろう。
暗闇の先へと進む私とゼクスのあとに、ティアは慌てて続く。
穴の大きさからわかってはいたことだが、内部はかなり広いようだ。ランタンの灯りがあっても壁の端にまで光が行き渡ることはなく、奥の方はさらに視野が限られてくる。しかし風が一方向からしか流れてこないので、単純な直通路以外に道はないらしい。天然のものではなく、ドラゴンを封じるために掘ったのだろうか。
黒い色で塗りつぶされた広大な空間。その広さに比べればごくごく小さな存在でしかない私たちは、その手に持つ仄かな光だけを頼りに、先へと進む。
「結構深いな……足元に気を付けろ、ティア、ゼク――むぐっ」
後に続く二人に注意を勧告しようとすると、ムギュウッ……と不意に柔らかい感触のする大きなものが私の顔に押し付けられた。
次に、二本の腕が私の頭を抱きかかえる。
ティアが、私に抱き付いてカタカタ震えているのである。
「うぅ、ナギぃ~。あ、あたしから離れないでぇ~。怖いよぉ~っ」
「…………」
涙目になりながら懇願するティア。
グニグニッ、と胸に二つついた巨大な脂肪の塊が私の口をふさぐ。
何か応えようにも口が開かないので、ドレスの袖を引っ張って腕をどかせるように伝える。
渋々といった様子で手を放すティア。
こいつもうホントになんでついて来た。
「あんまうるさくしてっとドラゴンが気づくぞ」
ゼクスの何気ない一言にハッ!! と反応したティアはすぐさま私から離れると、今度は口に手をあてて私に話しかけてきた。
「(しぃ~~~~っ! ナギ声出さないでよ、ドラゴンに聞かれちゃったら大変じゃない!)」
なんで私が喧しいことをしたみたいになってるんだ。
なぜ私がお前に注意されなきゃいけないんだ。
というか今更すぎるだろう、声に注意すること。
「それならもうとっくに足音とか匂いで気づいてるだろ。ドラゴンの五感なめんな、今更おせぇよ馬鹿」
「なんですってこのオレンジ頭! もう、出会い頭から人の事貶すような文句しかあんた言ってないわね! もうちょっと言葉を控えようとか思わないの!?」
「…………ティア、お前は声量を控えよう?」
ゼクスの毒舌を受けて血が上ったように大声で反論し始めるティア。
静かにしろと今しがた言ったばかりの本人が一番喧しくてどうする。
一言告げると「あっ」とうっかりしたようにティアは声をあげて口を押さえる。だから声あげてからじゃ遅いってば。
そんな彼女を見て、ゼクスは嘆息すると一言、
「…………これだから馬鹿は嫌いだ」
「キィ~~~~ッ! 殴る、あとで絶対殴ってやるんだからこのバーカ! バーカ! オレンジ頭! 柑橘類! もうナギ、光晶石使うなんて勿体ないことしないでこいつの髪の毛引き千切って目印していきましょ!」
「…………わかった。わかったからとりあえず、静かにしてくれ」
散々コケにされた挙句、これまた大きな声で、子供のように稚拙な言葉で喚き始めるティア。
そんなことを何度目の前で口にされてもゼクスは表情一つ変えることなく……否、ご機嫌ななめといった様子の表情を変えることなく適当に受け流す。
もうどこからツッコめばいいのかわからないが……ドラゴンに察知される云々の前に、こうも煩くされてはかなわない。お互いに口を閉ざしてもらうように言うと、ティアは悔しげに歯噛みしながらも了承する。
怒り心頭の形相でゼクスを睨みつけたままではあるが。
……やっぱり一人で来た方がよかったかなぁ。
今更ながらにそんなことを思う。もうここまで来てはどうしようもないと自分に言い聞かせて、先行きに不安を感じながらも私は皆の先頭を歩く。
(……しかしあれだけティアが声を荒げても何も起こらない……やはり封印はされたままと考えていいのか……それともドラゴンの罠か?)
足を進めながら、私は思考する。
さっきティアが散々喚き散らしたにも関わらず、何か大きなものがこちらへ接近してくるような気配は何もなかった。こんなに広くても洞穴だ、音が出れば反響してすぐにでも奥へと伝わることになる。
それに先もゼクスが触れたことだが、ドラゴンというものは皆優れた五感を誇っている。視覚は数里先の針も視認し、聴覚は遥か遠方にて小声で話し合う人々の囁きすら聞き取り、嗅覚はどんなに上手く身を隠す人間たちであってもたちどころに発見し、捕食してしまうほどであったという。
さすがに例えが針小棒大であるとは思うが、しかし全くの虚言であるとも限らない。いくつもの罠を回避できたという事実は、その知能ももちろんだが知覚能力が異常に発達しているために出来るのだという説もあるくらいだ。
おそらく、私たちがこの洞穴へと入ったことはすでに知れているはず。
だというのにこちらへ手を出してこないのは、やはり封印されているという状況があるためか――あるいは、より奥へと私たちが入ってくるのを、息をひそめて待っているためか。
かつてはその強大な力によって暴虐の限りを尽したドラゴンならば、人間三人を捻り潰すことなど容易いことだろう。しかし、その人間によって封印されたという事実から、ドラゴンが警戒心を抱いている可能性も高い。
――どちらかはまだわからない。結局は、最奥部まで行くしかないだろう。
「……二人とも、とにかく慎重に頼むぞ。少しでも何か動く気配がしたらすぐに知らせてくれ」
私からの警告を受けて、ティアは真剣な面持ちで頷き、ゼクスは特に何の反応も見せず黙々とついてくる。
……何事も起きなければいいが。
広大な暗黒が一面を包み込む洞穴の中で、半ば祈るようにそう思った。
そのときだった。
――キャアアア――
「「「!?」」」
唐突に洞穴の奥から聞こえた、紙を斬り裂くような甲高い絶叫が響く。
しかしその声は、口を塞がれたかのように急に途切れ、再び静寂が辺りを包む。
互いを見やった私たちは頷き合うと、その声が聞こえた方向へと取り急いだ。