第11話『一機の援軍』

「敵4足、撃破!」

 76ミリHE弾が倒れた敵の4足戦車に立て続けに撃ち込まれ、火薬庫に引火したのか火柱が上がり、やがて四方に爆散した。
 エイジスが見ていたその光景をローカルリンクにより、発令所のディスプレイにその様子が鮮明に写し出されていた。
 しかし、誰1人として歓声をあげる者はいなかった。4足はあと3機、敵歩兵は売って歩くほど残っていたからだ。
 だが、このまま広域戦術データーリンクが復旧するまで持ちこたえれば助かるだろう。そんな淡い希望がその場にいた隊員たちの心に芽生えかけていた。

「……少佐っ、敵の増援です! 方位200から2機、速度からしてヘリだと思われます」

 しかし、悲痛な女性オペレーターの声が発令所に響く。

「本気で戦争を始める気なのか……」

 その報告で戦意を喪失しかけていたユーリシスに、無線を聞いていたレコンは『やれって言ってくれよ。少佐さん』といつもの声で言う。

『そのための俺たちだろ? 無茶言ってくれよ。俺はアンタの指示に従う』

「……分かった。レコンは機動戦闘で地形を利用しつつ4足とヘリの対応を。撃破しようなんて考えるな、回避行動に専念するんだ。歩兵のATM(対戦車ミサイル)についてはこちらが対処する。フォリシアとソフィアを出せ」

 ユーリシスは淡々と命令を下す。
 エイジスもそうだが、ナノスーツ組の出撃にも上層部の承認が必要となる。女性オペレーターは少し口籠もって「……了解。アルファー1、2。待機命令を解除、指揮下に入れ」と2人のアドバンスド・チルドレンたちに連絡を入れた。



***

「了解しました」

漆黒の生地に白銀の駆動部というツートンカラーのナノスーツに身を包み、9ミリ口径のハンドガンで敵歩兵隊と交戦していたソフィアが返答する。そこかしこで銃声が鳴り響き、のんびり屋の彼女自身も精神が高揚していくのが分かるほどだった。

『4足とヘリの注意はエイジスが引き付けるので、その隙に敵ATMを優先的に排除しろ。可能ならば、敵の対装甲武器を奪って援護を。敵歩兵は強化外骨格で覆われており、遠距離からの銃撃は効果が薄い。ナイフを使え。ネットワーク遮断こそされたが、発令所は今のところ無事だ。完全にナメられている。一泡ふかしてやってくれ、以上』

「了解」

 今度は小麦色の少女フォリシアが言い、司令部との通信を修了した。中に入ったソフィアの代わりに、5.7ミリのハンドガンを柱の向こうに隠れている敵への牽制のために数発撃ち込み、マガジンを手早く交換する。

「戦術データリンクを参照」

 武器庫入り口でフォリシアが応戦している間、中に居たソフィアは相変わらずの鼻声でスーツの襟元に左手を触れて言う。
 それは小麦色の少女の視界の端にも投影され、基地全体の3Dマップ上に味方の位置が青く表示され、現在判明している敵は赤く表示されている。

「現在地点はここです。エイジスはハンガーに釘付けされてるので、援護に向かいましょう」

「でも、対車両の武器ないよ?」

「歩兵ならどうにかなるはずですよね? 対戦車兵を倒すだけでも十分に時間稼ぎになると思います。広域戦術データリンクが復旧すれば、敵も撤退を余儀なくされるでしょうし」

「そううまくいくかなぁ……」

 フォリシアはマガジンが空になるまで制圧射撃をおこなった後、頭を引っ込めて電磁ロックが施されたロッカーのコンソールに4桁の暗証番号を打ち込む。すると、電子音と共にロックが解除され、中から装備一式を取り出す。
 貫通性能に優れる5.7ミリ弾を使用するブルパップ式(トリガーがマガジンよりも前方にある形)のPDWに50発が装填できるマガジンをセットする。それは、定期的にマガジンの入れ替えを行っているので、スプリングの劣化による給弾不良は考えなくても済みそうだ。
 次に、鉄をも容易く引き裂くという黒色に反射防止塗装されたアダマンタイト鋼のロングナイフを1本、同じ素材でできた重量のあるスローイングナイフを3本取り出すと、ロッカーを静かに閉めた。

「大丈夫。私たちは『そう簡単には死ねない』身体ですからね……」

 そう言いながらソフィアはどこか寂しげな表情でロッカーを操作している。彼女はフォリシアが試験の際に使っていたアサルトライフルのLMG(軽機関銃)バージョンを取り出すと、5.56ミリ弾を100発装填可能なボックスマガジンを本体に差し込み、ボルトレバーをゆっくりと引いて放した。

「わたしが先行するから、ソフィーは援護よろしく」

「私の方が階級上なんですけどね……?」

「細かいことはいいの! 行くよっ」

「むぅー」

 不満げなソフィアはそれでもしゃがんだ状態から銃を構えて、廊下に向け牽制を行う。
 フルオートで10発刻みにトリガーから指を離して一呼吸おき、再度指に力をこめる。
 その横から一筋の紫色が流れる。この世の理から解放されたフォリシアが廊下を駆けていた。瞬く間に距離を詰めると、勢いを殺すことなくそのまま壁まで跳躍し、両足で壁を蹴って隠れていた敵兵に飛び掛かる。嘘のような軌道に兵士は何もする事ができずに頭へナイフを突き立てられ、絶命した。

「なっ……」

 その横にいた兵士2人は銃を構えようとしたが、それよりも速く少女は動く。スローイングナイフを2本投擲すると、それはヘルメットのバイザー型ゴーグルを貫通し眉間を痛々しく貫いた。もう1本は別の兵士の装甲の薄い喉当てに突き刺さる。

「ぐぼっ……ぁ……」

 膝から崩れ落ちる兵士に凍り付いた表情で歩み寄るフォリシア。
 そして、喉に突き刺さっていたナイフに手をかけるとそれを思いっきり横に薙いだ。首が切断され、頭部が臙脂色の絨毯に転がり落ちると、嘘みたいに血液が噴水のように数メートル上に噴き出した。

(血の臭いは好きじゃない……)

 胃液が食道をさかのぼってくるのを堪えながら、崩れる骸に何を思うわけでもなく、少女はナイフに付着した血糊を振るい払う。
 もう1本の獲物を抜き取ると、柱から顔を出してソフィアに掃討完了のハンドサインを送る。

「よし、行こう。ソフィーはクロークモードで移動後、敵歩兵隊の注意を引いてね」

「だから、階級は~」

「前衛は任して」

「もぉ……」

 ソフィアは妹分に何を言っても駄目と悟ったのか、渋々首を縦に振ったかと思うと、風景に溶け込んでいく。それはナノスーツの光学迷彩機能で、従来のものと比べると屈折率がかなり低いために発見されにくくなっている。
 フォリシアはそれを確認すると、ローカルリンクを確認しながら廊下を音もなく駆けていった。



***

「クソッ……」

 エイジスのパイロット、レコンは焦っていた。
 複数の敵の注意をこちらに向けることには成功したが、攻撃ヘリはこちらの射程外から空対地ミサイルで執拗につけ回し、地上からも4足歩行戦車の機銃掃射と、歩兵による散発的な無誘導ロケットによる攻撃があり、休んでいる暇がない。
 あれから歩兵にHE弾を撃ち込んで何人かを戦闘不能にしたが、距離をとってジワジワと攻めてくるやり口に突破口を見出せずにいた。

(広域戦術データリンク復旧まで、あと5分……)

 レコンは湾曲ディスプレイを確認して、思わず舌打ちをした。
 派手に動き回ったせいかブーストユニットの燃料があと5割ほどで、最大6基のミサイルを搭載できるランチャーは早くも空だった。
 残りは76ミリ速射砲AP弾が23発、HE弾が8発。ミサイル迎撃用の20ミリバルカン砲が178発。
 基地には最小限の備蓄しかない上、戦闘下では補給もままならなかった。

「来いよっ! ミサイルなんか捨ててかかってこい!」

 ハンガーの壁から上半身を傾けて露出させ、手にしていた速射砲でヘリを狙い撃つ。対空用の近接信管弾があれば効果は絶大だが、通常弾では直撃させない限り撃墜はできない。
 銃口が向くよりも早く、ヘリ2機は左右に散開して回避行動を始めた。そして機首をこちらに向けたまま旋回し、無誘導ロケットによる反撃がエイジスに襲いかかる。

「チクショー!」

 レコンが叫びながらその場からエイジスを大きく飛び退かせた。
 白い筋を描きながら対地ロケット弾が飛翔し、ハンガーの厚い壁を打ち砕いた。

『やるなら外でやらんかい!』

 待避壕に避難していたフーゴがレコンに怒鳴りつけた。

「外に出た瞬間にまたミサイルと格闘だ! 人事だと思いやがって!」

 それに負けじと彼もまたマイクに向かって吠えていた。
 しかし、相次ぐ攻撃によりここも長くは持たない。レコンは意を決し、赤いマーカー(敵性戦力)の中へ飛び出ると、敵4足目掛けて速射砲のAP弾を連射した。
 1発目は傾斜のついた装甲を滑り、2発目は右脚部を粉砕する。3発目は真正面から突き刺さり、メイン駆動部まで貫通してその4足は沈黙した。
 だが、その間にも歩兵が携帯する対戦車ロケットと、残り2機となった4足の24ミリの攻撃にさらされる。
 緊急展開用ブースターを使い、回避行動を行うが機関砲弾が何発か左肩付近に命中した。

「ちっ、ガトリング使用不能」

 そしている間にもミサイルアラートがレコンの耳に響き渡る。

「アンイーブン・ゲームだぜ……そんなので楽しいのかよ」

 彼が覚悟を決めて目を閉じようとした瞬間、対戦車ミサイルを発射しようとしていた攻撃ヘリの右腹に空対空ミサイルが命中し、機体は火の塊となって回転しながら山の斜面へと落ちていく。
 もう1機のヘリには30ミリ機関砲弾が何百発と見舞われた。その攻撃ヘリは20ミリまでなら防げる設計になっているが、大型の徹甲弾はいとも容易く装甲を突き破り、コクピットの風防を赤い血糊で染めて制御を失った機体は墜落し、腹の底に響くような爆発音がした。

『……こちら、エイシア第202航空隊所属ヘックスだ。ノイズが……ひどいな。司令官はどこか』

 ノイズまみれの男性の声が聞こえてくるとほぼ同時に、エイジスのすぐ上空を低空飛行していく鳥のようなシルエットが1機。
 それはエイシア空軍のステルス戦闘機R―101「デルフィナード」がたった1機援軍として駆けつけたのだった。

音無 陽音
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音無 陽音

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