第10話『AEGIS』

「状況報告」

 普段あまり立ち入ることのない発令所にユーリシス少佐が舞い込んでくる。その後ろからは小銃を携えたソイルの姿があった。
 それを見た顔馴染みのオペレーターの男性が彼らの元に駆け寄る。

「少佐、ご無事で……。広域戦術データリンク復旧までおよそ15分。ローカルリンクの進捗は72パーセント。偵察ドローンが補給に戻った僅かな隙をやられました。現在、AブロックとDブロックにて敷地内に侵入したとみられる敵性勢力と交戦中。あとは……」
「まだ、何かあるのか?」

「リンクが切れる直前に方位200から迫ってくる船影を見たんです」

「……先の不審船か」

 ユーリシスの言葉にオペレーターの男は頷く。

「アレが全部来ていたら大ごとだな。ドローンは?」

「エネルギーセル交換とPDW(個人防衛火器)の搭載完了」

 女性オペレーターがモニターを確認し、ヘッドセットのマイクを一旦ミュートにしてユーリシスへ報告する。

「よし、出せ」

「了解。ドローン出撃」

 ユーリシスが言うと、彼女は大きく頷いて復唱する。
 すると、通気孔に偽装していたドローン用の射出口から、4基の消音プロペラを搭載する無人偵察機が4機続いて音もなく飛び立った。

「ドローン1から4、いずれも視界良好。……少佐、距離300、方位190から270に敵歩兵約20。中型の4足歩行兵器が4機」

「4足……イストリクト型か……」

 ユーリシスが唸る。
 遠隔操作の4足歩行する巨大な犬のようなイストリクト型と言われるその兵器は、踏破性能や動作精度は2足に劣るが、基本構造が単純なために安価で大量生産が出来、歩兵援護用として配備が進んでいる。
 駆動部である動体は厚い複合装甲で保護され、それぞれが独立した脚部ユニットも着脱可能でその場で歩兵が交換できるので長く戦える。
 装備は前頭部に24ミリ機関砲が1門。胴体後部にミサイルランチャーがあり近距離地対地ミサイルを装填しているのが標準的だ。

「うかつに『エイジス』を出せないな……」

 次世代2足歩行戦車「エイジス」は24ミリを浴びても致命傷にならないほどの装甲だが、ミサイルが直撃すれば無事では済まないだろう。
 攻撃手段の76ミリ速射砲が発射可能な弾頭はAP弾(徹甲弾)とHE弾(榴弾)があり、射程・火力ともに勝ってはいるが、数で負けている上に歩兵が携帯しているとみられるATM(対戦車ミサイル)は脅威だった。

「映画とかだとこういう時に空軍の援軍があるんだがな……すまない、冗談だ」

 ブツブツと独り言を呟きながらユーリシスは思案していた。
 偵察機がこちらに向かっているような事を聞いたが、偵察任務を主とする機体には最低限の装備しか搭載されておらず、戦力になるかどうかは怪しい。

「少佐」

 ユーリシスは思考を中断し、ふと声がした方を見ると不安げな隊員たちが彼の言葉を待っていた。
 ここで自分が弱気になってはいけない。そう、黒髪の男は思う。
 彼は無線接続のヘッドセットをオペレーターの1人から受け取り、素早く装着してマイク位置を調節し、息を吸い込んだ。



***

『ハンガー、聞こえるか』

「こちらハンガー。ユーリ、どうなっとる! 情報が錯綜して何が何やらさっぱりだ!」
 曳光弾が飛び交うハンガーで、チーフエンジニアのフーゴがマイクに向かって吠えた。
 日に焼けた浅黒い肌に、皺まみれの顔。そして、166センチの身長をコンプレックスに感じている今年定年予定の60歳だ。

「おやっさん!」

 遮蔽物から頭を出しかけていたフーゴを部下の1人が慌てて引き戻す。次の瞬間キンッという音が聞こえ、破片手榴弾がすぐ近くで炸裂する。

『押し込まれているのか?』

 無線越しにユーリシスが冷静に言うので、フーゴは顔を赤くしながら「この音を聞けば分かるじゃろう! 馬鹿モンがっ!」と上官を激しく罵倒した。本来は軍法会議ものだが、彼には少将さえも手を焼いているようで、口答えはできなかった。

『あー……エイジスはどうだ? 出られるか?』

「さっき出撃準備が完了した! パイロットも搭乗済みだ!」

『そうか、助かる。レコン聞こえているか?』

「はいよー」

 整備班が応戦している横で、モカコーラを飲みながらパイロットシートで機体の調節をしていたブラウン色の青年が呑気に答えた。
 流れ弾が機体近くのアスファルトを抉るが、本人は鼻歌を歌いながら電子機器を操作している。

『やつらを殲滅しろ。命令だ』

 無線からその言葉が聞こえると、レコンは空になった缶をグシャっと握りつぶして「それは分かり易いな」と普段からは想像のできないほど低い声で返答する。そして、それを放り投げるとシートに深く腰掛けて周囲確認を手早く済まし、開閉ボタンを押す。
 すると機体がガス圧でロックされ、暗闇を感じるよりも早く全方位湾曲ディスプレイが彼の周囲に展開され、周囲の状況を鮮明に映し出す。それと同時に、レコンの手足には機体を操作する高精度コントローラーボックスが固定され、それが手先に触れると軽い電流が全身を襲った。
 次に正面画面へエイシア言語で起動プロセスが進行していく様子が表示され、IFF(敵味方識別装置)、各部接続状況、FCS(射撃管制装置)など様々な装置のチェックが自動で行われ、全て異常のないグリーンに点灯する。

「オールグリーン。ゴー」

 まだカラーリングが一部にしか施されていない「実験中」の白銀の巨人は、手を器用に使って人間のように起き上がる。
 エイシアの最新技術の結晶を拿捕しようとしていた敵だったが、動き出すエイジスを見て、後方に待機していた対戦車兵が慌てて無誘導ロケット砲を発射しようとした。

「させるか!」

 フーゴが使い慣れないアサルトライフルをフルオートで20メートル先の扉に隠れた敵兵の塊に見舞う。狙いなどはいい加減なもので、多くは地面や壁、扉などに命中し、効力的な射撃ではなかったが、40発もの鉛と鋼を芯に使った複合金属の塊の1つが、敵兵の僅かな装甲板の間を貫いた。
 発射の瞬間に被弾し、衝撃で兵士の手元は大きくブレてしまい対戦車榴弾は機体を大きく外れてハンガーの壁を大きく貫いて炸裂した。
 コンクリート壁の破片が飛び散るよりも早く、フーゴの部下が彼の首根っこを思いっきり引っ張って伏せる。
 完全に立ち上がったエイジスは高さが4.5メートルほどで現行の歩行戦車と比べるとさほど巨大ではない。それは被弾面積を少なくするためで、日夜コンパクト化の研究が進められている。
 敵は無駄だと知りつつも、小銃でエイジスを狙い撃ちにする。

「降伏勧告する手間が省けていいが……ユーリよ、ヤってしまっていいのか?」

 曳光弾の雨の中、エイジスは右肩に固定してあった76ミリ速射砲を左手で抜き取り、両手で構えるとゲームで出てきそうな十字のレティクル(照準線)が湾曲ディスプレイに表示される。これにより、銃本体のサイトを使用しないでも正確な射撃が可能になる。

『……被害者ぶるときの事も考え、最小限にしてくれ』

「了解」

 すっかり「スイッチ」が入ってしまったレコンが上機嫌に答える。
 彼が手を僅かに動かすと、マニュピュレーターを伝いマシンアームが大きく動いてオレンジ色のレティクルが機体正面に向く。
 光学ズームで拡大表示された敵兵の青ざめる顔でも見えたのか、エイジスのパイロットは舌なめずりをして76ミリAP弾を1発だけ歩兵たちの間に撃ち込む。
 マズルフラッシュ(射撃の際に出る閃光)が大きな火の玉となり、空薬莢と表現するには巨大すぎる金属の塊が硝煙を纏いながらガゴンとアスファルトの上に転がった。

「奇跡の無駄使いだな。ハハッ」

 望遠モードで戦果を確認していたレコンが笑う。
 狙い通り、徹甲弾は歩兵隊の中心辺りに着弾し、誰1人傷つけることなく地面に深く突き刺さっていただけだからだ。

「次はHE弾を使用する。大人しく投降し……って、ゴルァ! 人が喋ってる隙に逃げんなやぁ!」

 レコンはエイジスの外部スピーカーに接続して、敵兵に対して降伏勧告をしていたが、彼らはお構いなしに一目散に引いて行った。

『……誘っておるな。気を付けろ』

「分かってる。とにかく、今度はこっちのターンだ。派手に行くぜぇ!」

『分かってないじゃろ!』

 フーゴの怒声が聞こえたが、レコンは我関せずといった様子でエイジスの背面部に取り付けられたブーストユニットで一気に最高速まで加速すると、足の底面の低摩擦化装置によりアスファルトの上を火花を散らしながら氷上を滑るように進んだ。
 目前に迫り来るシャッターをHE弾で吹き飛ばし、ハンガーから飛び出る。それを待ち構えていたかのようにコクピットにレーザー照射アラートが鳴り響く。
 索敵する間でもなく、それは0時方向の真正面に居た。犬のようで足を減らした蜘蛛のようなシルエット。パイロットが直接目視はしていないが、機のレーダーが3時方向距離60にも敵歩行戦車を捉えている。
 レコンは無意識であらゆるセンサーを無効化するXMスモーク弾をミサイルランチャーから上空に射出する。それは空中で爆ぜ、瞬く間にエイジスの周囲を煙で覆い隠そうとした。しかし、辺りに充満するのを大人しく待ってくれる親切な敵ではない。正面と左9時方向からヒートシーカー(熱源追尾)ミサイルが発射され、XMスモークの濃度の薄い部分から標的を察知して迫り来る。

「ちっ……近接防空システム起動、ファイア」

 レコンが正面と、左のミサイルを瞬時にマーキングすると自動的にミサイルランチャーに格納されていた迎撃用短距離ミサイルが2発射出された。
 それは弧を描くように敵ミサイルに接近すると、近接信管により目標の間近で爆ぜた。弾頭に埋め込まれていたベアリング弾が弾頭やセンサー、安定翼を引き裂いて大地へと引き込む。
 だが、あまりにも距離が近すぎたために片方のミサイルの残骸がエイジスへと迫り来る。巨人は左肩を前に突き出し、搭載されていたシールドユニットを起動する。青白い光の盾が機体を覆って、最後の砦となり主を守った。数秒だけ一方向から飛翔するのあらゆる無機物を瞬間的に消滅させる実験中のエネルギーフィールドだ。ただ、展開には膨大なエネルギーを消費するため、リチャージに時間を要し連続使用はできない。文字通り「最後の砦」だ。
 青白い光の中にミサイルが吸い込まれていく様子をその場に居た兵士たちは呆気に取られてただ眺めていた。しかし、それも一瞬のことでエイジスが放ったHE弾が4足を吹き飛ばすのを合図にATM(対戦車ミサイル)やロケット砲を構え、その白銀の巨体に向ける。

 戦いはまだまだ始まったばかりだった。

音無 陽音
この作品の作者

音無 陽音

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