第12話『救世主』
「こちらエイシア第21特殊連隊所属基地指令代理のユーリシス・ナイトレイ少佐だ。音声が不鮮明なため、今一度貴機の所属と階級、目的を言われたし」
一筋の光が差し込み、救世主が現われたことにユーリシスは相当昂ぶっていたが、それを歯を食いしばって苦笑いを1つ。士官としての仕事を優先した。
『……貴基地が広域戦術リンクから突如消滅し、上は混乱している。当機は「哨戒任務」中だが、不思議な事に誘導爆弾や空対空ミサイルを格納していてな。腹の中があまりにも重いんで、そこの国籍不明軍にくれてやろうと思うんだが』
デルフィナードのパイロットはそう言うと、阻む者のいなくなった漆黒の空をゆっくりと右旋回しながら、曳光弾の飛び交う戦場を見守っている。
敵4足歩行戦車が銃口を空に向け、レーダーに映らないデルフィナードが飛んでいると思われる部分に24ミリ機関砲で弾幕を張り出した。戦闘機のECM(電子対抗手段)により、狙いはいい加減なものだ。
「降りかかる火の粉は遠慮せずに払ってくれ」
『了解』
少佐に言われ、空の勇者は兵器パネルを操作して爆撃体勢に入ると、無人兵器に対して迷うことなくレーザー誘導爆弾を投下した。
***
『ターツ2、行動不能!』
誘導爆弾の着弾した轟音と共に無線で指揮官へ隊員からの報告が入る。
黒ずくめの部隊は作戦開始からたった20分で歩行戦車を2機失い、攻撃ヘリも落とされた上に歩兵にも多数の死傷者が出ていた。
当初の分析では地の利はエイシアにあったが、それでも戦力で大きく上回っていたはずの黒ずくめたちの士気は大きく下がっている。
「くそ……。上層部のヤツらめ、何が『羊狩り』だ。これではまるでオオカミ相手じゃないかっ」
指揮官らしき男は歯を食いしばり、苛立ちを露にする。
「隊長、白旗でも作りましょうか?」
近くで本隊側面部から接近していた敵に応射していた重装備の隊員が、無機質なカメラアイを少しだけ傾けて彼にたずねた。
「そうはいかん。投降するくらいなら死ねと言われている。国に生きて帰り、臆病者と後ろ指をさされるのは私は嫌だ」
隊長格の男は拳を痛いほど握りしめ、それを地面に叩き付ける。
「しかし、対空戦闘を想定していない本隊ではSAM(地対空ミサイル)がなく、唯一の対空手段『ターツ』を失えば前線が維持できなくなります」
「あの戦闘機がいなければ、制圧できていたものを……クソッ!」
古狸め、余計なことを――彼は、今頃安全な海の上でくつろいでいるであろうエイシアの将校を恨んだ。
彼らから入手した情報によれば、偵察ルートを飛行しているのは非武装の偵察機で、今現在上空を飛び交っているエイシア空軍の最新鋭戦闘機が来るとは微塵にも思っていなかった。
ステルス性能を維持しながら新世代技術を惜しげもなく詰め込んだその機体は、従来の戦闘機に比べてやや大型だが数倍の戦闘力を持つと言われ、シミュレーションでは連戦連勝。「アラーク解放作戦」でもアラーク空軍から制空権をわずか数日で取り上げた実績もある。
不意に対空戦闘をしていた4足歩行戦車「ターツ」の装甲にエイジスの76ミリ徹甲弾が突き刺さり、死後硬直のように4本の足をガクガクと震わせていたかと思うと、火花を2、3回散らして爆発、炎上した。
『ターツ4、大破! 隊長、撤退命令を!』
懇願するような隊員の叫び声がバトルヘルメットのスピーカーから響き、指揮官の心に深く突き刺さる。
この作戦に成功し、特別手当が出れば娘の治療費が払える。死んで帰れば遺族年金で家族を養える。捕虜となり、生きて帰れば……非国民と言われ仕事をなくし、家族は路頭に迷うだろう。
「シープ・ハント」作戦に選ばれたのは、どうしようもない連中ばかりだったが、彼らを巻き添えにするわけにはいかない……そう隊長は思い、決断を下す。
「全員撃ち方止め、以後の発砲は禁ずる。上陸艇まで後退後、速やかに撤収。作戦は失敗だ」
「……隊長はどうなさるので?」
マシンアームを軋ませながら黒ずくめの隊員がたずねる。
「責任を取る」
彼はそう言うと、ヘルメットを脱ぎ去りアサルトライフルを立射で構えて敵の方向へと向けた。後退してくる隊員たちが時折立ち止まりながら隊長を見ていたが、覚悟を決めた彼の表情に思わず息をのんだ。
「……お世話になりました」
その隊員らと隊長はユークトリッド式の敬礼を交わし、別れた。
彼らが遠ざかるのを待っていたかのようにエイジスの巨体がゆっくりと近付いてくる。
『大人しく投降しろ』
拡声器を通してパイロットのレコンの声が基地の外である丘陵地帯に響く。しかし男はライフルに搭載された光学サイトを覗き込むことなく、腰だめの状態で敵に向けて発砲しだした。
銃に装着されているマガジンを撃ち尽くすと、ベルトポーチから次の弾倉を取り出して挿入口に叩き込み、今度はエイジスに向かって走りながら発砲した。
「うおぉぉぉぉッ!!」
曳光弾が明後日の方向へ飛んでいっているが、それは問題ではない。死を覚悟した彼にとって、今の問題はどう死ぬかだった。
『あんた、バカだよ』
レコンは少しだけ躊躇して、76ミリHE弾を彼に撃ち込んだ。
隊長の体に衝撃が走り、爆発音がしたかと思うと目の前に暗闇に包まれる。
(これでいいんだ……)
薄れゆく意識の中、ただただ、家族の事だけを思い彼はこの世界との繋がりを断ち切った。
***
8日後 238年11月11日 エイシア連邦ファーブルグ市
「……以上の理由により、新規プロジェクトの凍結と、全権限をバーンツ少将から君へ移す。高額なオモチャは取り上げさせてもらうがね」
「少佐の私よりも、もっと適任者は居ると思いますが」
ユーリシスは納得がいかない様子で、暖房の効いていない室内で数時間続いた査問委員会の決定を不服とした。
「それに、捕虜からの証言であの集団はユークトリッドの……」
「……ゴホン」
彼が話していた白髭の委員長とは別の小太りの委員がわざとらしく咳払いをする。
「少佐。あの事件は『武装集団』が『勝手に』襲撃してきたものだ。墜落したヘリや、歩行戦車からユークと彼らを結びつける物は何もなかったと言っただろう?」
「それでは現場が納得しません。7名の隊員が命を落としています。このままでは済ませられそうにない状態です」
「遺族には悪いようにはせんよ。それよりも、君が熱を入れている子供たちだが。彼らに現代社会で生き延びていく術を身に着けさせたいそうだな? 許可する。存分にやりたまえ」
「そんな、いい加減な……」
つまり、委員会はその交換条件を盾に、ユーリシスに火消しを押しつける気らしい。彼は到底飲めない要求だったが、それで場は収まったと思った高官らは談笑しながら立ち上がり、委員長の「では、本日はこれで」という宣言で散っていった。
室内には西日が差し込み、テーブルの上で行く先の失ったユーリシスの拳をチリチリと焦がしている。
日が経つにつれて戦闘の痕跡が拭い取られていく……ユークトリッドの闇の深さを感じ、黒髪の男は身震いをする思いだった。
査問会委員長はユーリシスと自分の2人だけになったのを見計らい「君に新たな任務がある」と口を開いた。
「後日、正式な伝達があると思うが言っておく。君を特殊部隊長に任命する。人選は全て君に任せる。第404小隊を指揮し、ユークトリッドに亡命したとみられるバーンツ少将らを捜索し、逮捕せよ」
証拠を隠蔽しておきながら、人捜しをさせるのか――そう言いたいのをユーリシスはぐっと堪える。軍とて一枚岩ではないのだろう。
「……私が軍を辞める、と言ったらどうします?」
「あの子らを放り出すような無責任な男には見えんがね。万一、そうなったら子供たちの処遇について見直す必要があると思うが」
委員長は遠回しにユーリシスへ圧力をかける。
仕事を山ほど押しつけられた少佐は、しばらくの間思案を巡らして静かに口を開いた。
「了解しました。ただ、使えるだけの権限は使わせていただきます。全てがあなたたちの思惑どおりにいくと思わないことだ」
ユーリシスの凜とする姿は新たなる決意を現われであった。
それを委員長は満足そうな表情で何度も頷くと「君の愛国心を信じておるよ」と言い残して左足を庇うように歩きながら部屋を出て行く。
何もかもが突然の出来事で、頭が痛くなる思いだったがいつまでもこうしてはいられない。と、ユーリシスは両開きの扉に手をかけて開け放った。
「ユーリ、どうでしたか?」
すると短く刈り揃えた星色の髪を揺らしながら、色白の小柄な少年がユーリシスの姿を見て、廊下に設置してある椅子から立ち上がりパタパタと駆けてきた。
「ソイル」
ユーリシスは少年の名前の名前を口に出した。
彼はあの日を共に生き残ったアドバンスド・チルドレンの第一子で、幼い顔だちをしているが狙撃技能に長けており、近接戦闘もフォリシアの次に強い。付け加えるなら、各学科の成績も全教科Aプラスであり、非の打ち所がない。
「暇だったんですよ。スマホからタブレットまで全部没収されちゃいましたから」
ソイルは黒髪の男の長い足をぎゅーっと愛おしそうに抱きしめると、サファイアの瞳で彼を見上げた。
欠点としてはここ。ユーリシスに依存し過ぎている点だろう。
「何か、人捜しをやれとさ」
「こちらは宣誓書の山に延々とサインをさせられました……。それで『人捜し』って?」
忌々しい記憶にさっさと蓋をしたいといった様子で、ソイルは口をへの字に歪めて窓の外を見やった。ここは2階にあるので、遠くの公園で若いカップルが地鳩に餌をやっているのがソイルの目には見えた。
「あの日行方不明になったバーンツ・シドウェル少将のことだ。ユークの関与はないだとか、亡命したとみられる彼を捜索しろだとか……まったく、内部闘争に巻き込まれた感じだな。これだから中間管理職は嫌なんだ。それはそうと、解放してくれないか。動けない」
「あ、ごめんなさい」
ソイルは慌ててユーリシスから身を放した。
「……そういう訳だから、ソイル。お前の力も貸してもらうぞ」
「よ、喜んで! あなたのためなら何でもします!」
2人はそんなやり取りをしながらホールの階段を降りて、正面玄関から建物の外へ出る。
「……そろそろ寒くなってきたな。平気か?」
まだ11月中旬だというのに、ここファーブルグは肌寒くなってきていた。
ユーリシスは制服の上からコートを羽織ると、隣で茶色のダッフルコートのボタンを閉じていた少年にたずねる。彼は頷いて、隣の駐車場に駆けていき、折りたたみ式のスキャナで黒い中型乗用車で外部に異常がないかどうかをチェックし始める。
「……スキャン完了。異常なしです」
「ありがとう」
ユーリシスは少年に礼を述べると、ズボンのボケットに入れてあったキーレスリモコンの存在を確認し、そのまま車のドアに手を当てると電子ロックが解除され、運転席と助手席にそれぞれ乗り込む。
「シートベルトは一応しておけよ」
「分かってますよ」
ユーリシスはソイルが乗り込んでいることを確認し、エンジンの始動ボタンを押して車を発進させた。