突然の登場ライバル
翌日、始業前の教室では、早めに来た生徒たちが思い思いの時間を過ごしていた。それぞれ友達と話をしたり、今日提出の宿題を必死にしたり、その過ごし方は様々だ。ノボルもテスト前ということで、早めに来て簡単にテスト範囲の勉強をしていた。
「おはよう、ノボル」
そこに、サナエが声をかけてきた。
「おはよう、サナエ。ふあぁ」
「おや、なんだか眠そうだな。一晩中私のことでも考えて眠れなかったか?」
何も飲んでいないのに、ノボルは思わず吹き出しそうになる。
「な、何でそうなるんだよ。ただ、勉強していて寝る時間が少し遅くなっただけだ」
「ふむ、そうか。まあいいか……」
と、サナエはふと前の席に視線を送った。それにつられ、ノボルもサナエの視線を追う。
そこには一人の男子生徒が二人の女子生徒と話をしている。男子生徒は、時々こちらを見ているようだ。ノボルがその男子生徒を見ると、男子生徒は何事もなかったように女子生徒たちと話し始めた。
「……ヤスユキが、どうかしたか?」
その男子生徒は、トップクラスの成績を持ち、運動神経も抜群で甘いマスクを持つヤスユキだった。
「どうもな、あいつがこちらを見ているのが気に入らないのだ。この前も、女に媚びるような顔で話しかけてきたのだが、そっけない態度で軽くあしらってやった」
「何だそれ。まあ、ヤスユキは見ての通り、女子にはモテるし、男子からも結構信頼されているからな」
「それが気に入らないのだ。そもそもあいつは、誰彼かまわず話しかけ、とっかえひっかえ女子を連れまわしていると聞くぞ」
「サナエ、結構情報網持ってるんだな。話しかけるのは苦手なんじゃなかったのか?」
「それとこれとは別だ。まあ、とにかくアレにちらちら見られたから、今日は朝から実に不快だった、という話だ」
ふん、とサナエは眉間にしわをよせ、不機嫌な顔になる。
「まあ、不機嫌な女の話に付き合うのも面倒だろう。また帰りにでも話をしようではないか」
そういうと、サナエは席に戻っていった。
「相変わらず、変な奴だな」
サナエを目で見送りながらノボルはぼそりとつぶやく。その姿を、ヤスユキは密かに見ていた。
昼休み、昼食を終え、体育館にでも遊びに行こうと席を立った時だった。
「ノボル、ちょっと話があるんだが」
声の主はヤスユキだった。
「ん、どうした?」
「そうだな、ここじゃあれだから、ちょっと学校の裏で」
そういうと、ヤスユキは教室から出ていった。あわててノボルも、後についていく。
学校の玄関を出て裏手に回ると、校舎とプールに挟まれた、幅の広い道がある。ここから駐輪場に出るのだが、登下校時間でなければ通る人間はめったにいない。
「ここでいいだろう」
あたりに人がいないのを確認すると、ヤスユキは立ち止った。ちょうど校舎が壁になり、日陰となる。さすがに気温は高いが、一つ風が吹くとその空気もどこかに吹き飛んでしまいそうだった。
「それで、話って?」
ヤスユキの背中を見て、ノボルがヤスユキに尋ねた。
「サナエのことなんだが」
そういいながら、ヤスユキは振り返ってノボルの方を向いた。
「お前、サナエと一緒にいる姿をよく見るんだが、付き合ってるのか?」
サナエの名前がでて一瞬驚いたが、ノボルは少し間を空けて答えた。
「いや、よく話はしているけど、付き合っているわけじゃない」
「そうか」
そう言うと、ヤスユキはふぅ、と息をついた。何が言いたいのかわからないノボルは、その様子をじっと見ているだけだった。
「実は……」
ヤスユキはノボルのほうへ一歩近づくと、俯きながらつぶやいた。
「俺、サナエのことが好きなんだ。いつも話しかけようと思っていたのだが、ずっとお前がいたから話しかけられなくて……」
その言葉に、ノボルは一瞬たじろぐ。一瞬頭が真っ白になったが、何とか落ち着きを取り戻そうとした。
「へ、へえ、そうなんだ」
「ノボルはどうなんだ? サナエのこと、どう思ってるんだ?」
「それは……」
ノボルは俯いたまま言葉を詰まらせる。しかし、何か言わなければと思い、ヤスユキに向かって言った。
「僕だって、サナエのことが好きだ。少なくとも、いつもいると楽しいし、大切だと思ってる」
「そうか。でも、付きあってはないんだよな」
「そうだけど」
「じゃあ、俺がアプローチかけてもいいよな?」
「それは……」
ノボルが口ごもらせていると、ヤスユキはため息をついて言った。
「はっきりしないな。わかった、なら、サナエを賭けて勝負をしよう。勝った方がサナエに告白する。これでどうだ?」
「はぁ?」
突然の提案に、ノボルは思わず大声を出してしまった。
「今度の期末テストで五教科、国語・数学・理科・社会・英語で勝負する。で、勝った方がサナエに告白する権利を持つ。どうだ、わかりやすいだろう?」
「何でそんなことをする必要があるんだ?」
「お前の態度が煮えきらないからだ。勝負を受けないのなら、今からでもサナエに告白しに行くが?」
「……」
ヤスユキの提案に対して、ノボルは何も言えない。あきれてヤスユキがその場から立ち去ろうとした、その時だった。
「話はすべて聞かせてもらったぞ。まったく、ノボルはそれでも男か。何も言い返せんとは」
「さ、サナエ? いつからそこに」
驚くノボルを後目に、ノボルの後ろから現れたサナエは、視線をヤスユキに向ける。
「ヤスユキもヤスユキだ。勝負をするのに何で勝った方が得られる権利が告白だけなのだ? それでは真剣勝負にならないだろう」
「いやしかし、いくらサナエを賭ける勝負するからといっても、サナエの同意なしにデートする権利やら付きあう権利やらを掛けるのはまずいだろう。だから告白する権利にしたのだが」
「はぁ……まったく、男同士の勝負事というのは、こうも中途半端ものなのか? やるならやるでもっと真剣にやってもらいたいものだな。特に人を賭けるのならばなおさらだ」
「だったら知らない間に彼女にされてもいいというのか? さすがにそこまではしようと思わないのだが……」
「そうだな……」
サナエはそう言うと、「よし、こうしよう」と声を挙げた。
「私はさっきの話を聞いているのだから、告白などと遠まわしのことをやっていては意味がないだろう。そこで、だ。私は勝負に勝った方の彼女になることにしよう。これなら真剣勝負になるか?」
サナエの提案に、ノボルとヤスユキは「えっ」と驚いて声をあげる。その様子を、サナエは不思議そうな顔で見ていた。
「いや、別に俺はそれでもかまわないのだが、サナエはいいのか?」
「そりゃ、私が提案者なのだから、私は構わないという解釈でいいだろう。それくらいしなければ面白くないしな」
ヤスユキの質問に、サナエはあっさりと答える。すると、ノボルが慌てて間に入った。
「ま、待ってよサナエ、何でサナエがそこまでしないといけないんだよ」
「ん、ノボルは私が彼女になるのが嫌か? ならば別の提案を出すが……」
「いやいや、そうじゃなくて……。第一、テストで勝負じゃ僕の勝ち目なんてないじゃないか」
ヤスユキが学年トップクラスの成績を取っているのは、クラスの人間なら誰もが知っていることだ。一方のノボルは、クラスでも真ん中より少し上程度の成績しかない。
「ふむ、確かに単純な合計点の勝負では、ノボルの方が圧倒的に不利だな。数ヶ月先の勝負ならまだしも、あと数日も残っていないからな。さてどうするか……」
サナエはそう言うと、腕を組んで考え始めた。
「わかった、じゃあこうしよう。さっき挙げた五教科のうち、どれか一つでもノボルの点数が俺の点数を上回っていればノボルの勝ちとする。これならいいか?」
ヤスユキがそう言うと、サナエは「おお」と一人感嘆の声をあげた。
「よし、それでいいだろう。勝負はテスト終了後だ。それまで、二人とも必死に勉強することだな」
そう言うと、サナエはそそくさと教室へと戻っていった。そのあとを、「ちょっと待ってよ!」と言いながらノボルは追いかけた。