必勝の情報コレクト

「何であんな提案したのさ?」
 教室に向かう途中、ノボルはサナエに尋ねた。
「何故って、勝負事ならば、はっきりとした報酬と、公平なルールが必要だろう」
「そうじゃなくて、何で勝った方の彼女になるなんて言うのさ?」
 昼休みが終わる前の教室に入ると、既に何人かの生徒が席に着いていた。サナエとノボルも、自分の席に着いて話を続ける。
「まあ、あれだ、一種の憧れと言うものだ。一人の女を二人の男が取り合う。なかなか経験できるものではないだろう?」
「だからって、わざわざ僕たちの話に入ってこなくても……」
 ノボルが言いかけると、サナエは突然ノボルの肩をつかんだ。
「ノボル、絶対勝てよ。私はあんな奴の彼女にはなりたくないぞ」
「え、あ、うん……いやいや、それなら何であんな提案したのさ?」
 ノボルがそう言うと、サナエは肩からすっと手を引き、再び自分の席に着いた。
「さっきも言っただろ。一種のあこがれだ」
「そもそも勉強でヤスユキに勝てるわけがないじゃないか。今から勉強しても……」
「それについては作戦がある。今回は一教科だけでもあいつの点数を上回ればいいのだから、あいつの苦手な教科で勝てばいいのだ」
「苦手な教科って言っても、ヤスユキにあるのかな」
「それを探るのだ。その教科で勝負すれば、ノボルにも勝ち目はあるだろう」
 気が付くと、五限目の開始を告げるチャイムが鳴り響いた。生徒たちが慌てて教室に駆け込む中、ノボルは教科書を机の上に出す。
「ともかく、ノボルにも頑張ってもらわないと困るからな。期待しているぞ」
 教室に担当の先生が入ってくると、「起立」という日直の声と共に、座っていた生徒が立ち上がった。

 テストまでの一週間、ノボルはとにかく勉強に精を出すことにした。授業は欠かさず聞き、帰ってからもノートの見直しや、わからないところのチェックをしていた。
 本当は勝負の約束をした日もサナエと一緒に帰る予定だったが、しばらく一緒にいるのはやめようということになった。一緒に帰っていると変な噂が立つから、とのことらしい。それならあの時一緒に帰ったのは何だったのだ、とノボルは心の中で軽く突っ込んだ。
 二日ほどノボルは一人で勉強をしていたが、テスト四日前に迫った頃、突然サナエの方から話しかけてきた。
「ノボル、わかったぞ。ヤスユキの苦手な教科は数学だ」
 席に着きながら、サナエはノボルに投げつけるようにまくしたてる。
「え、数学? 全然そういう風には見えないけど……」
「何人かの女子にあたったが、答えは同じだった」
「え、何人かの女子?」
 サナエが言っている意味が分からず、ノボルは思わず聞き返した。
「ヤスユキは、女子には人気が高いのだろう? だからまずは、ノボルとヤスユキの勝負のことを、このクラスの女子に話したのだ」
「え、何でわざわざそんなことを? そんなことしたら、こっちの味方なんてしてくれないんじゃ……」
「そうでもないぞ。ノボルとヤスユキ、勝った方が私と付き合うという条件だ。つまりヤスユキが勝ってしまうと、ヤスユキと私が付きあうことになる。ヤスユキが好きな女子としては、それは阻止したいだろう。だから、ノボルに勝たせようとするはずだ」
「あ、そうか」
「そう読んでいたので、私は勝負のことを何人かの女子に話し、ヤスユキの苦手な教科を聞いたのだ。ヤスユキが好きな彼女らなら、何か情報を知っているだろうと思ってな」
 次の授業の準備をしながら、サナエはさらに続ける。
「そして、エミからヤスユキは数学が苦手だということを聞いたのだ。他の女子も、同じことを言っていたから間違いない」
「ふうん、なるほどねぇ」
「というわけで、ノボルは数学の勉強に集中することだ。他は別に捨てても構わん」
「え、いや、他のもちゃんとやっておかないと……」
「やれやれ、君は、そんなことでヤスユキに勝とうとしてるのか? いくら苦手だと言っても、君はヤスユキの倍以上は勉強しなくては追いつけないのではないのか?」
「うっ……それを言われると……」
 ノボルが言葉に詰まると、チャイムが鳴ったと同時に先生が入ってきた。ノボルは慌てて机から教科書とノートを取り出す。
「とにかく、ノボルは数学を中心に勉強しろ。それこそ、満点を取る勢いでな」
「え、ま、満点って、そんなの……」
 ノボルの言葉を遮るかのように、クラス全員が立ち上がる。ノボルは頭を抱えながら、授業を聞いた。

フィーカス
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フィーカス

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