非情の最終リザルト
テストはそれぞれの授業の最初に返され、その時間はテストの解答解説に充てられる。体育や家庭科などのテストのない授業がある場合、次の日に返されていない教科のテストが返却されるのだが、ノボルたちのクラスは勝負に使用する五教科全てがその日のうちに返却された。
授業と授業の間の休み時間、サナエは毎回ノボルにテストの点数を聞いた。
「国語が三十点? 赤点ぎりぎりではないか」
「仕方ないだろ。いつも六十点くらいなのに勉強しなかったから」
「せめて赤点取らないくらいの勉強はしてほしかったものだがな。補習ともなれば、君とお話する時間が無くなるではないか」
ノボルのテストは、数学以外軒並みこんな感じである。一番特典が高い、得意科目の化学でも六十三点だ。
一限目から、返ってくるテストすべて低い点数で頭を抱えた。当然ながら、こんな点数では平均点八十点以上をたたき出すヤスユキに勝負しようがない。
「まあ、数学に期待だな」
次の授業が始まる前ごとに、サナエはノボルの肩をたたいて慰めた。そのたびにノボルは力なくうなずくが、徐々に自信がなくなっていく。
「大丈夫なのかな……」
そのたびに、ノボルはため息をついて次の授業の準備をした。
そして運命の五限目、数学のテスト。数学教師からノボルの名前が呼ばれテストを受け取ると、恐る恐る点数を見た。
「……!? これは……」
テストを配り終わり、テストの解説が始まっても、ノボルは点数を見続ける。それでも何とか授業を聞いていたつもりだったが、あまり頭に残らなかった。
勝負は放課後、解放されている屋上で行うことになっている。理科は化学と物理、社会科は世界史と日本史があるのだが、お互いが得意な化学と世界史で勝負する取り決めだ。偶然にも、化学も世界史も、今日の授業で返却されるというのもある。
ノボルとサナエが屋上の扉を開くと、既にヤスユキが屋上に備えられたベンチに座って待っていた。高い鉄格子に囲まれた屋上は、昼休みになると昼食のために多くの学生でにぎわうが、今は誰もいない。
サナエはちらりと空を見上げた。薄暗い雲が空を包み、今にも雨が降りそうだ。遠くから、ゴロゴロという音が聞こえてくる。
「早かったな、ノボル。さっそく勝負と行こうか」
そう言うと、ヤスユキはカバンからテストの解答用紙を取りだした。ノボルも、同じようにカバンからテストを取り出す。
「じゃあ、今日返された順番に勝負しよう。まずは国語からだ」
ヤスユキは取り出したテストの束から、一枚の紙を裏向きに差し出した。それを見て、ノボルも一枚裏向きで差し出す。
「いいか? せーのっ」
ヤスユキの掛け声とともに、テスト用紙を表向きにする。国語はノボルの最低点の三十点のため、ヤスユキの八十五点には遠く及ばない。
その後の英語、日本史も惨敗だった。数学以外の四教科の中では一番点数が高い化学でも、ヤスユキの九十五点という高得点には勝てない。
「おいおい、そんな点数で勝負しようとしてたのか? ノボル、一体どういうつもりなのだ?」
あまりの点数の低さに、思わずヤスユキがこぼす。
「ふん、数学のテストの点数を見てからにしてもらおうか。ノボルは今日のために、数学だけは頑張ってきたのだ。見せてやれ」
「え、うん……でも、今までのヤスユキの点数見てたら、本当に大丈夫か心配に……」
自分の点数を見ながら、ノボルはため息をつく。そんなノボルに、サナエは耳打ちをした。
「大丈夫だ。ヤスユキの今の最高得点は化学の九十五点だ。数学が苦手であれば、それ以上の得点はありえない。つまり……」
「あ、そうか」
そう言うと、ノボルの顔つきが急に引き締まった。その様子を見て、ヤスユキも口元を絞める。
「なるほど、結構自信があるようだな。じゃあ、最後の勝負といこう」
ヤスユキの言葉を聞き、ノボルは数学の解答用紙を見せた。
「僕は九十五点だ」
その点数を見て、ヤスユキは少し驚いたが、すぐに普段の表情に戻った。
「なるほど、確かに、数学だけは頑張ったようだね」
ふぅ、と息をついた後、ヤスユキはそっと手に持った数学のテストを見せた。
「……え?」
ノボルはヤスユキの点数を見て、氷のようにかたまってしまった。
「俺は九十七点だ。この勝負、俺の勝ちだな」
慌ててサナエも確認するが、ヤスユキの点数の方が上であることは明白だ。
ヤスユキはカバンを肩に掛けると、テストを全てその中にしまい、帰り支度を始めた。
「そう言うわけだから、今日からサナエは俺の彼女だ。いいな?」
「……」
ヤスユキの問いに、サナエは下を向いたまま答えようとしない。ノボルもしばらく下を向いていたが、テスト用紙をカバンにしまうと、出口の方へと向いた。
「約束だから、仕方ない」
そう言うと、ノボルはそのまま出口に走って向かって行った。
「ノボル!」
サナエが引き留めようとするが、その声は届かず、ノボルは屋上の扉から校舎へと入ってしまった。それを見届けると、サナエは一つため息をついてヤスユキに向かって言った。
「……約束だ。私は今からヤスユキの彼女だ」
「本当に、いいのか?」
二人の様子を見て、ヤスユキは少し戸惑いながらサナエに言った。サナエはそれに応えるようにうなずく。
「約束は約束だからな。ヤスユキはノボルと勝負して勝った。私は、勝った方の彼女になる約束をした。ここで約束を破ってしまっては、意味がないだろう」
「それもそうだが……それじゃ、これからよろしく、サナエ」
そう言ってヤスユキは握手を求めたが、サナエはそれを無視して屋上から立ち去って行った。
「……何なんだ?」
暗く厚い空の下、ヤスユキは出ていくサナエを見送りながら立ち尽くした。