交錯の収集フェイク
「どういうことだ? ヤスユキの苦手科目は数学じゃなかったのか?」
サナエはちょうど帰ろうと玄関にいた女生徒、エミに声を掛けて問いただした。
「うん、数学はヤスユキ君の得意科目だよ?」
あまりにあっさりとしたエミの態度に、思わず下足箱を叩く。バン、という大きな音があたりに響き、近くにいた生徒が驚いていた。
「どうして嘘を教えたんだ? ヤスユキが私と付き合ってしまえば、ヤスユキが好きなお前たちにチャンスが無くなるんだぞ?」
「だからだよ」
「え?」
エミは当たり前のように口にしながら、下足箱から靴を取りだした。
「だってヤスユキ君、ほとんどの女子から嫌われているもん。手あたり次第女子に声かけるし、他の男子と話してたら邪魔するし、何か勘違いをしてる気しかしないの。だから、サナエちゃんと付き合ってくれた方が、他の女子は助かるの」
「そんな……」
「だから、他の女子と話を合わせて、嘘を教えたの。いいじゃない。わざわざいつも話してるノボル君と勝負をさせてまで、一緒にいたかったんじゃないの? じゃなきゃ、こんな勝負、させたりしないもんね」
そう言うと、エミは靴を履きかえて出口へ歩きだす。途中立ち止まり、サナエの方へ笑いながら振り向いた。
「あ、そうだ。どうせならノボル君、狙っちゃおうかな。ずっと気になってたんだけど、いつもサナエちゃんが一緒にいたから、話しかけられなかったんだ。サナエちゃんは、ヤスユキ君と付き合うんだから、別にいいよね?」
サナエは何か言おうとしてエミに手を伸ばそうとするが、声が出ない。下校する生徒の足音と降りだした雨の音の中、サナエは一人玄関でひざから崩れ落ちた。
気が付くと、サナエは図書室にいた。目の前には、ヤスユキが教科書を読んでいる。機嫌がよさそうな顔で、時々ちらちらこちらを見るのを、サナエは鬱陶しく感じていた。
エミが帰った後、ヤスユキが「図書室で勉強をしよう」とサナエを誘った。サナエは考える気力もなく、ヤスユキの後について行ったのだ。
「それにしても、今までちゃんと話したこともなかった君が、まさか彼女になってくれるなんて」
二人の様子を、図書室に来ていた生徒たちが時々見ている。それを見て、サナエはため息をついた。
「どうしたんだ? 急に外を見つめて」
窓際の席からは、外の様子がよく見える。小ぶりだった雨が、徐々に強くなっていくのがよくわかった。
「別に。ただ、雨が強いな、と」
勉強をする、と言った割には大して手は動いていない。サナエも、席に着いたはいいがただぼうっとしているだけだった。
「だから誘ったんだけどね。もう少ししたら、雨は止むだろう。そしたら、一緒に帰ろう」
「……そうだな」
ヤスユキの誘いにも、サナエはそっけなく答える。しばらく沈黙が続いた後、サナエは突然カバンを持って立ち上がった。
「どうした?」
「やはりノボルが心配だ。あいつ、確か今日は傘を持ってきてなかったからな。まったく、午後から雨が降るかもしれないと言っていたのに」
そう言うと、サナエは走って図書室から出ていった。
「お、おい、待てよ!」
思わず大声でヤスユキは立ち上がって怒鳴った。その声に驚き、図書室の生徒と司書の先生がヤスユキの方を見つめた。
ヤスユキは恥ずかしそうに座ると、その場で頭を抱えた。
「……何なんだよまったく……」