第二章 首飾りと情報屋 8
「ここですね」
急に俊輔が立ち止まったので流夏は俊輔の背中にぶつかった。
「急に止まるな!」
「まあまあ、流夏さん」
流夏は麗羅になだめられるとすぐに黙った。
三人が着いたのは大きな屋敷だった。
「これだけお金がありながら、まだ足りないと言うんですね」
麗羅のその言葉に俊輔は冷ややかに笑った。
「金持ちなんて、そういうものです。俺はそうじゃない金持ちをこの世界で二人しか知りません」
「二人?」
「うちの学校にいるんですよ、雪野財閥のお嬢様が。俺と親しいので、そのうち会うと思いますよ」
「楽しみにしてます」
「無駄なおしゃべりは終わったか?行くぜ」
流夏が扉を開ける。鍵はかかっていなかった。
「俺を待ってやがったな」
「そうみたいですね」
一歩踏み出した瞬間、とてつもない悪寒が走った。
「い、今のはなんだ?」
「月影さんが言っていた、化け物でしょうか」
「一瞬だったな。すごい殺気だった」
流夏が嫌そうに言った。俊輔も気味が悪いらしく眉をひそめる。
「この屋敷にあった沢山の気配が、ほとんどなくなりましたね」
「雇われていた能力者達でしょうか」
「おそらくは」
それが全て一瞬にしてなくなった。気配も、何もかも。
「本当に、化け物だな。俺と俊輔、麗羅を合わせたところで全く勝てる気がしない」
流夏のその発言に、二人もそっと同意した。それほどまでにヤバい相手だ。
「しかし、このタイミングということは、もしかして妖宇香さんを助けたのではないでしょうか?」
麗羅の楽観的な意見に俊輔も同意した。
「裏切った、ということですからね。敵ではなく済みますかね」
「なら、先ほどの殺気のした方向に行けば妖宇香さんもいますね」
俊輔の言葉を聞くと流夏は走り出した。慌てて二人も続く。
「そこを右です!流夏!」
「言われなくてもわかってる!」
三人が右に曲がると再び悪寒が襲った。何もない空間だが、何かがそこに残っている。
「ここで、戦闘があったんですね」
「おそらく、な」
「誰だい?」
後ろから声がして、三人は振り返る。今までにないくらいの悪寒が襲う。
「まだ、いたの?なら、殺さなくちゃね」
直視出来なかった。見た瞬間終わりだという気がしていた。流夏も俊輔も、これまでに出会ったことのないような強敵に覚悟を決めていた。
しかし、麗羅はその声を聞いて突然勢いよく顔をあげた。
「未玲兄?」
「え?」
麗羅の声を聞くとフッと殺気がなくなり、流夏と俊輔が息をつく。
「麗羅?麗羅じゃないか!久し振り!」
薄紫色の髪を揺らして青年は嬉しそうに笑った。
「流夏さん、俊輔さん、大丈夫です。私の幼馴染みで未玲兄という人です」
その言葉に俊輔は心から安堵した。
「そうですか。もし敵だったら、大変でした」
「ごめんごめん。まだ雇われたヤツらが残ってたのかと思ったからさ」
未玲は笑って俊輔にそう返すと、流夏に視線を移した。
「君が、流夏?」
「ああ」
「妖宇香ちゃんの、お兄さんでいいのかな?」
「ああ」
「妖宇香ちゃん、ほら」
未玲の背後から少女が現れた。少女はつり目だった。黒い髪を上で一つに結わえている。そして、生まれてくる時代を間違えたようにピンク色の着物を着ていた。
「兄様?」
澄んだ声が響く。流夏もそっと口を開いた。
「妖宇、香」
流夏の呼びかけに妖宇香はニッコリ笑った。