第二章 首飾りと情報屋 9
にっこりと笑った顔を、あっという間に涙が消し去る。
「兄様!」
妖宇香は流夏に駆け寄って勢いよく抱きついた。
「ご無事で、何よりです。兄様。あの時、亡くなられたんじゃないかって、私ずっと心配でした」
未だに夢のような感覚だった。現実だと確かめるように、流夏はそっと妖宇香を抱き締める。
「お前を置いて亡くなりはしない。絶対に」
妖宇香は涙目で嬉しそうに笑ったが、ハッとして流夏から離れた。
「私、首飾りをとられてしまったんです。ごめんなさい、兄様。あれは、父様と母様の形見なのに!」
泣き出しそうな妖宇香に、流夏は笑いかけて頭を撫でた。
「心配するな。すぐに俺が取り戻す」
「首飾りならおそらく地下だよ」
そのアドバイスに、流夏は未玲に向き直った。
「未玲、だったか?妖宇香が世話になったな。礼を言う」
「み、未玲さん!本当にありがとうございました!」
二人にそう言われると未玲は笑った。
「うん。やっぱり妖宇香ちゃんは笑ったほうが可愛いね」
未玲にそう言われて妖宇香は少し頬を染める。それを見て流夏が露骨に嫌そうな顔をした。
「じゃあ、僕は行くよ」
「もう、行かれるのですか?」
「首飾りを取り戻すところまではいるつもりだったんだけどね。でも、その必要もなさそうだし、次の契約もあるから」
未玲が視線を流夏と妖宇香から麗羅へ移す。
「少し、麗羅と二人で話がしたいんだけど、いいかな?久し振りだからね」
「では、俺と流夏はそこの部屋にいますね。妖宇香さんも、行きましょう」
俊輔に言われると、妖宇香は急いで未玲に駆け寄った。
「未玲さん、またお会い出来ますか?」
「うーん、たぶんね。いつかはわからないけど、また会えたらいいね」
「はい!ありがとうございました!」
「またね」
嬉しそうに微笑んだ妖宇香を最後に扉が閉まる。
「未玲兄、久し振りだな」
「そうだね。あ、大丈夫。君がここにいることは言わないよ」
「助かる」
「本当にあの世界から脱走したんだね。君がいるなら、万里もいるんだろ?」
「ああ。後から来る」
「じゃあ、問題ないね。僕は立場上助けてはあげられない。でも、君の敵にはならないから」
未玲がそう言うと麗羅は笑った。
「未玲兄が敵だったら、私では倒せない」
「まあ、そうだね」
「否定はしないんだな」
「事実だからね」
そう言って二人は楽しそうに笑った。
「砂沙(サシャ)は?」
「万里の後に来るはずだ。自分が最後に出てくると譲らなかったから」
「ふーん。相変わらずお姉さんしてるのか」
「そろそろ、素直になったら?砂沙の気持ち、わかってるんだろ?」
麗羅に言われるが、未玲は首をすくめた。麗羅もその反応が読めていたらしく、呆れたように笑った。
「じゃあ、頑張ってね」
そう言って笑うと未玲は姿を消した。麗羅も一人でうなずいた。
一人になってしまってからすぐに三人のいる扉を開けた。
「短かったですね」
「十分です。お待たせしました」
「あの、お二人のお名前を伺ってもよろしいですか?」
妖宇香の言葉に、麗羅も俊輔も同意した。
「そういえば自己紹介がまだでしたね」
「私は綾刀麗羅。よろしくお願いします、妖宇香さん」
「兄様を連れて来て下さってありがとうございました。あの、敬語じゃなくていいんですよ?私、年下ですし」
「それもそうだな。では、妖宇香ちゃんで」
「はい。よろしくお願いします」
親しげに呼ばれると、妖宇香は嬉しそうに微笑んだ。
「俺は笹間俊輔といいます」
「俊輔さん、ですか。兄様がお世話になっているみたいで、ありがとうございます」
流夏と違い丁寧で礼儀正しい妖宇香。そんな妖宇香を見ながら俊輔が一言。
「絶対、流夏の妹ではないでしょう」
「なんだと?」
「流夏さんはこんなに礼儀正しくありませんよね」
「麗羅もか!」
「さっきの流夏も、気持ち悪かったですよね」
「あ、妖宇香ちゃんと話してる時ですね」
麗羅にまでひどい言われ様だったので、流夏は怒る気力もなくなった。
「お前ら二人は俺に何か恨みでもあるのか?」
「率直な意見ですよ」
「はい」
「お前ら……」
「ね、妖宇香さん」
俊輔の言葉にうなずきはしないものの、妖宇香は楽しそうに笑った。