第三章 妹と目利きと名もなき鳥 3
万里の言葉を聞いて固まった麗羅に笑いかける万里。先ほどの発言には似合わない美しい笑みだった。
「仮の体だったの。特別な術だったみたい。人形に宿ってたの。彼が生きていろいろと出来るチャンスだった体を、私を助けるために犠牲にした。天界の人だったよ。彼は名前をつけてもらえなかったんだって。しかも、本当の姿はわからない」
万里は笑って言った。
「脱け殻になっちゃった人形を連れてここまで来たの」
「人形?」
「カバンの中にいるよ。見る?」
カバンから出て来たのはまるで眠っているかのような綺麗な人形だった。
「綺麗だな」
「うん。翼っていうの。私が名付けた。本人は、洗脳されてるらしいの」
「そう、か」
洗脳というのは、天界で行われている政治の一つだ。とある機械で才ある能力者の意識を閉じ、政府の好きなように操るのだ。
自分の意識で体が動かないだけで、意識は存在している。体は勝手に命令されるがままに、政府が不要と判断した人を殺す。そのまま死んだら意識も亡くなる。名前はない政策なのだが、その非道さから洗脳と呼ばれている。
「翼は迎えに来るって、私を見つけてみせるって言ったから、私はそれを信じるよ。手掛かりはないんだけどね」
万里はニッコリ笑って握っていた手を離した。
「私の話はおしまい。次は、麗羅だよ」
急に万里の顔から表情が消えた。
「なんで殺さなかったの?」
冷たい視線と言葉に麗羅は臆したりせずに万里を見つめた。
「元々流夏さんと俊輔さんを殺すのは、悪人だったらという前提だっただろ」
「うん」
「二人はいい人だ。私にはあの二人は絶対に殺せない」
麗羅がそう言うと万里は少し黙ってニッコリ笑った。
「でもね、麗羅」
再び万里から感情が消える。
「私たちは、アイツを殺すために天界から逃げ出したんだよ?名前を売ってどんどん強い人と戦って生き残ってアイツを殺すために出てきたんだよ?世界を変えるために出てきたんだよ?それがわかってても、殺せない?」
「ああ、無理だ」
麗羅がキッパリと言うと万里は嬉しそうに笑った。
「それならいいや!中途半端な思い入れや同情なら反対だけどね、麗羅がそこまで思ってるなら私も賛成だよ」
新しく友達が出来るなんて久し振りだよね、と万里は嬉しそうに笑う。
「ああ。万里も上手くやれると思う」
「私はいつでもあなたの幸せしか願ってないから。麗羅がいいならそれでいいよ」
ニコニコ笑いながら発した言葉は変わらない麗羅への歪んだ愛情。しかし麗羅は全く気にしていなかった。
「でも、私もみんなと仲良くなれたらいいな」
さっきまでと違って無邪気に笑う万里。本当に嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
それを見て、麗羅も頬を緩めた。万里の変化を心から喜んでいるようだった。
母が亡くなってからは、新たに人に心を許さなくなってしまっていた。麗羅は翼という人物に心から感謝した。
「あ、それより私も明日から学校に行くから」
突然そんなことを言い出した万里に麗羅は驚く。
「もう手続きしてあるのか?」
「うん。麗羅に会う直前にやってきたの」
「そうか」
「学校なんて初めてだから楽しみだな」
楽しそうに笑う万里を見て、麗羅も笑った。
「荷物置いてくるね。麗羅の部屋の隣を使っていいでしょ?」
「ああ」
万里が荷物を引いて、翼という人形を抱えてリビングを出た。
「私はここで待ってるよ。早く見つけてね、翼」
万里はそう呟いて動かない人形の額に口付けた。