第三章 妹と目利きと名もなき鳥 4
麗羅がいつも通り教室で俊輔や修と話している頃、隣のクラスには転入生が来ていた。
「綾刀万里です。隣のクラスの綾刀麗羅とは双子です。事情で麗羅より遅れて到着しました。気軽に万里って呼んで下さい!」
にっこり笑って万里が自己紹介した。
「じゃあ綾刀さんは一番後ろのあそこの席ね」
「はーい」
言われたのは窓際の席だったが、学校に初めて通う万里にはその幸運さがわからず、特に何も思わずに座った。
担任がいなくなると、万里は派手な感じの女子達に囲まれた。
「ねえねえ、隣のクラスの麗羅さんと笹間君って付き合ってるの?」
「帰る方向が一緒なだけだよ。麗羅はそういうの疎いから」
万里は質問責めに合っていた。最後のほうには少し麗羅や俊輔の関係を問う物もあった。
周りに人がいなくなると万里は大きくため息をついた。
「なんだ、あんまりおもしろくないね」
小声で呟いたあと、椅子を引く音がして隣の席を見た。
万里の隣に座ったのは茶色い髪をポニーテールにした女の子だった。さっきの女子達が集まってきた時に席を外していたようだ。
「綾刀万里だよ。よろしくね」
その言葉に茶髪の少女が万里のほうを向いた。
「私、姫野玲花(ヒメノレイカ)。よろしくね、綾刀さん」
そう少女か名乗った時、万里は固まった。少女は心当たりがあったらしく、苦笑した。
「変かな?」
「え?」
玲花に突然そう言われて万里は驚いた。
「私の目の色、変わってるもんね」
確かに玲花の目は珍しく、桃色だった。
「違うよ!ただ一瞬、名前が同じなのかと思って」
「ああ、隣のクラスの綾刀さん」
「まあ、確かに珍しいよね。でも、ピンクの目って姫野さんっぽくて可愛いよ」
そう言って万里が笑うと今度は玲花が驚いた。しかし、さりげなく可愛いと言われたことに気付いて少し頬を赤らめながら勢いよく首を振った。
「そんなこと、初めて言われたよ」
「え、嘘。姫野さん絶対モテるでしょ?」
その言葉に玲花はまた勢いよく首を振った。
「嘘だー!」
「お世辞はいいよ」
でもありがとう、と玲花は笑ったが、万里は本当に驚いていた。
茶色いさらさらの長い髪、大きな桃色の瞳、長い睫毛。玲花はどこからどう見ても可愛らしい少女だ。
首を傾げる万里に、先ほど万里に質問責めをしていた派手な感じの女子達が再び近付いてきた。
「綾刀さん、姫野さんには近付かないほうがいいよ?」
「え?」
万里がそう言った少女を見上げる。
「その子、気味悪いから」
女の子達の言葉に玲花は悲しそうに目を伏せた。
「いつも変なことばっかり言うんだよ」
「そうそう。小学校の時なんかずっとだったよね」
「目の色も変だし」
「女子は誰も近寄りたがらないんだ。だから離れたほうがいいよ。綾刀さんはあたし達といようよ」
「そういえばあたしさ、この前コイツが、笹間君や市川君に優しくされてるの見たんだけど」
「は?姫野のくせに生意気なんだよ!」
女子の一人が玲花の机を蹴った。途端にクラスが静かになった。全員が万里達を見ている。
いじめ、というものだった。
万里は頭を働かせて状況を理解した。このリーダー格らしい女子達が玲花をいじめている。
ああ、なんて醜い。
そう思った瞬間、万里の顔から感情が消えた。椅子を引いてゆっくりと万里は立ち上がった。女子達はそんな万里に寒気を覚えた。
何故だかわからない。だが、目の前で立ち上がった美しい少女にとてつもない恐怖を感じていた。
「ちょっと悪いんだけど、静かにしてくれないかな」
その声は先ほどまで笑っていた少女と同じ少女が発しているとは信じられないような冷たいものだった。
「あなた達の喋り方はとてもイライラするし、あなた達のしていることは見るに耐えないよ」
そう言われて、恐怖から固まっていた女子達は意識を取り戻す。
「何いい人ぶってんの?」
「ムカつくんだけど」
「調子こいてんじゃねぇよ」
「それって全部、あなた達のことじゃないの?」
そう言われて女子達は顔を赤くした。何かを言おうとしていたが、その前に万里が彼女達を冷めた目で真っ直ぐに見た。
「ねぇ、さっさと私の前から消えてよ。出来るだけ早く。そろそろ我慢の限界なんだよね」
「は?」
万里は女子達を見ながらニッコリ笑った。その笑みは冷たく、恐ろしいものだった。
「私はあなた達に何かをしてしまうかもしれないよ」
冷たく言い放たれた言葉には僅かに殺気が込められていて、少女達は恐怖から顔を真っ青にし、震え、何人かは泣きながら教室を飛び出して行った。
「醜いあなた達には、そういう姿がお似合いだよ!」
今度はすごく楽しそうに万里は笑った。凍りついたクラスに万里の笑い声が響く。
「綾刀さん」
玲花が万里に声を掛けた。
「あの、助けてくれて、ありがとう!」
玲花がニッコリ笑う。それを聞いて万里も笑い返した。
途端に教室の緊張が解け、和やかな空気に変わる。するとタイミングよくチャイムが鳴った。
「万里でいいよ、玲花」
「うん」
教師が入ってきて、授業が始まった。