第三章 妹と目利きと名もなき鳥 12
目の前で綺麗に笑う少女に、俊輔は釘付けだった。
「俊輔さん、大丈夫?」
そんな万里の声にも反応しない。
「流夏さん、燕とは?」
「雀の、双子の姉だ」
「姉?」
「だって、あの燕っていう人の姿は高校生くらいじゃない?」
「そうだ。高校の時に死んだからな。あの野郎、俊輔の記憶を読んだんだろ」
流夏は苦しそうに呟く。
「俊輔はもう使い物にならねぇ。俺が行く!」
流夏が剣を構えて『燕』に飛び掛かる。
「流夏、私を斬るの?」
少しだけ流夏が顔を歪める。
「私、まだ死にたくないわ。だって、まだ17歳なのよ?」
『燕』がそう言った瞬間、俊輔が薙刀で流夏を止めた。
「俊輔、お前まさか!」
「俊輔」
『燕』が綺麗に微笑む。
「燕」
俊輔も表情を緩めて近寄る。
「を、侮辱しないで下さい」
その瞬間、地面から植物が生えてきて『燕』を取り囲んだ。
「彼女は、ずっと重い病でした。死ぬ時も『17まで生きることが出来て嬉しい』と言っていたんです。先ほどの発言は、彼女への侮辱だ」
俊輔の声、表情、全て恐ろしく冷たいものだった。それは、側にいた流夏ですら寒気を感じるほど。
「俺は、あなたを許せません。それでも」
俊輔は綺麗に微笑んだ。
「二度と見れないはずの彼女の笑みを見れたことに感謝して、食人植物に一瞬で食らいつかせて差し上げます」
俊輔は真っ直ぐ出口へと歩き出した。
「ご心配をおかけしました」
「俊輔」
「もう本人ではないあの姿を見たくありません。早くここを離れましょう」
扉に向かう俊輔。その表情はひどく、悲しそうなもので、いつもの俊輔からは想像出来ないくらい弱々しいものだった。
「俊輔さ、ん?えっと……そうです、薙刀は?」
麗羅が薙刀を持って聞くが、その呼び掛けにも俊輔は応えない。
「貸せ、俺が持つ」
「あ、ありがとうございます」
俊輔は早足で屋敷を出た。四人もそれに続いた。
「さようなら」
俊輔がそう言った時、屋敷の中では植物がもう元の姿になっているあの男を包み込んだ。悲鳴は聞こえなかった。
騒がしかった行きとは違い、全員が重苦しい空気だった。
何より俊輔が、眼鏡もかけずにうつむいているのだ。薙刀も流夏が持ったままだ。
流夏も何も文句を言ったりせずに黙っていた。
麗羅も玲花も心配そうに二人を見守る中、万里が口を開いた。
「そろそろ、事情を聞かせてほしいんだけど」
「ば、万里!」
「空気を読め!」
玲花と麗羅が後ろから万里の口を塞いだ。が、その手を万里がそっとどけた。
「今回の問題のそもそもの原因は私だよ。そのせいで、こんなことになったんだ。ごめんなさい」
万里の言葉を、流夏も俊輔も黙って聞く。
「私は、二人に昔何があったのか聞きたいよ。だって、私たちは友達になるんでしょ?」
「違うよ、万里。もう友達だから聞きたいんだよ」
玲花がそう言って笑う。
「私も聞きたい。私のことも話すから、聞かせて」
「私も、お二人を知りたいです」
玲花の、麗羅の言葉に俊輔は頬を緩めた。
「ありがとう、ございます」
「俊、輔」
「流夏、持たせていてすみません。俺ならもう、平気です」
「そうか」
流夏から薙刀を受け取り、眼鏡をかける。
「姫野さんは、昔、俺を目利きの能力で見たことがあるのですよね?」
俊輔のその言葉に、何故か玲花が固まった。
「うん、そうだよ」
「どんな風に見えましたか?」
その時のことを思い出し、少し震えながら玲花は応えた。
「地下世界の人でも、天界の人でもなかった。あれは、まるで」
そこから先は、言ってもいいのかわからなかった。
あの日、彼を見た時からずっと、私はこの事に触れることを避けていたから。
だって、触れたら最後、もう私は笹間君を怖がらずにはいられないから。
「狐」
俊輔が、静かに微笑んだ。