第一章 転校生と眼鏡と小さな侍 4
「流夏は決まったところに住んでないんですよ」
「え?」
「正確にいえば、拠点としているところにあまり帰らないんです。まあ、よく木の上とか高いところにいるんです。今日は俺の家の庭の大きな木にいるはずです」
「そ、そうなんですか」
一体どんな人なんだろう、と麗羅は思った。
「ここが俺の家です。今日は両親は遅いはずですし、弟と妹も遊びに行っています。遠慮なく流夏を呼べますよ」
「はい。おじゃまします」
俊輔の家は大きな家だった。
「ちょっと待って下さいね」
そう言うと俊輔はゴソゴソと棚から煎餅をとった。冷蔵庫からお茶もとり、コップを三つ持つ。やけに手慣れていた。
「コップ一つ持ちますよ」
「ありがとうございます。お待たせしました、こっちが俺の部屋です」
そう言って俊輔は階段を登った。麗羅も後に続く。
「中へどうぞ」
「はい。おじゃまします」
「二回も言わなくていいですよ」
俊輔はクスリと笑い、ドアを開けた。二人が入った部屋は片付けられていて綺麗だった。あまり物がないというようにも感じられた。
「適当に座って下さい。今、流夏を呼びますから」
そう言って俊輔は窓を開けた。視界に広がる緑。
「流夏、いるのでしょう?いつもの煎餅とお茶ならありますから、入りませんか?」
俊輔の言い様を聞いて麗羅は少し笑った。まるでペットみたい、と思った。
ガサ、と緑が揺れた。するといつの間にか部屋の真ん中に少年が立っていた。少し部屋に入った落ち葉を近くにあった箒で集める俊輔。これも手慣れている。
「一週間ぶりですね、流夏」
流夏はつり目の少年だった。黒い髪を上で一つに結わえている。そして、生まれてくる時代を間違えたように袴をはいていた。それを見て麗羅は、流夏は地下の住人であったのだろうと察しがついた。
「客人か」
チラリと麗羅を見てそう言った。見た目には似合わない落ち着いた声だった。
「こちらの麗羅が流夏と手合わせしたいそうですよ。よろしくお願いしますね」
「断る」
「いいじゃないですか」
「断る。なんで俺がこんな知らないヤツと戦わなくてはならないんだ」
そう言う流夏に麗羅が近付いた。
「初めまして。いきなりすみません。でも、どうしてもあなたと手合わせしたいんです。お願いします、流夏さん」
「今日の俺は煎餅を食いに来ただけだ」
そう言うと流夏は床に座って煎餅を食べ始めた。そんな流夏に、麗羅はポツリと呟いた。
「綾刀麗羅って聞いたことありませんか?」
そう言った瞬間、流夏は煎餅を食べるのをやめて麗羅を見た。
「有名だな。お前がそうだったのか」
「おや、有名なんですか?」
「お前は知らないかもな。能力者の話とはもう長いこと離れてるんじゃないか?」
「確かにそうですね。随分そういう話は聞いていません」
「あの、ダメでしょうか?」
麗羅が流夏を覗き込む。麗羅の目をじっと見て、流夏はニヤリと笑った。
「お前、なかなかの使い手だな。いいぜ。相手してやる」
「ありがとうございます」
「はい、では裏庭に行きましょうね。多少は暴れても大丈夫ですから」
いつの間にか落ち葉を片付けた俊輔がそう言って、再び部屋のドアを開けた。
「ありがとうございます、俊輔さん」
「先に行ってるぞ」
そう言って流夏はお茶を飲み干すと窓から飛び降りた。
「では、俺たちも行きましょうか」
「はい」
流夏と違い、二人は階段をおりてのんびりと裏庭へ向かった。庭は広く、色とりどりの花が咲き乱れていた。その美しさに麗羅は思わずみとれた。
「母の趣味なんですよ。裏庭はこちらです」
裏庭は殺風景な場所だった。緑に囲まれた不思議な何もない空間。その中心に袴をはいたつり目の少年がいた。
「遅い!」
「すみません。麗羅は流夏と違って、この庭の美しさがわかる人なもので」
「うるせぇよ!」
「では、麗羅。俺は見てますので」
俊輔がそう言いながら見た麗羅には、先程までの穏やかな空気が感じられなかった。
「よろしくお願いします」
麗羅は冷ややかに笑って剣を構えた。
「かなり人が変わるんだな。なかなかおもしろそうだ。やる気が出たぜ」
そう言って流夏も笑いながら剣を構えた。