第一章 転校生と眼鏡と小さな侍 6
倒れた流夏を俊輔の部屋に運び込んだ。
「単なる熱ですね。まあ、いつも木の上になんかいるからでしょう」
「そ、そうですね」
麗羅が顔を引きつらせながら同意した。
俊輔はニッコリ笑うと眼鏡を外した。その目はいつもの穏やかな俊輔ではなく、冷たいものだった。
「あなたは剣を振り下ろす瞬間、流夏の様子がおかしいと気付きましたね?」
麗羅は黙って頷いた。
「これは俺の仮定です。間違いでしたらすみません」
俊輔の顔から笑みが消えた。
「あなたは、自分の名をあげるために流夏を殺しに来ましたね?」
麗羅は否定はせずに、黙って頷いた。
「本当は、あなたも殺す予定でした。でも、私たちの世界とあまり関わりがないようなので」
麗羅はぎゅっと自分のスカートを握りしめた。
「それに学校で、あなたと話すのが、楽しかったから」
その言葉に偽りがないというのは一目瞭然だった。少しの付き合いだが、俊輔には麗羅という人物がわかり始めていた。
「一つお聞きします。これから流夏を、殺しますか?」
麗羅は黙って首を振った。
「殺すつもりならさっきやっています。私には、この人は殺せません。もちろん、俊輔さんも」
「何故です?」
「あなた達がもっと悪い人だったら、よかったのに。あまり良い噂ではなかったから私はやって来たんです。そんな人たちなら斬ってしまっても罪悪感がないから」
麗羅は困ったような表情になり、少ししてから笑った。
「それなのに、あなたが良い人だから。これでは、答えにはなっていませんか?」
そう言った麗羅に俊輔が軽く笑った。
「俺は悪い人ですよ?」
麗羅もそれを聞くと小さく笑った。
「そうかもしれませんね」
「否定して下さいよ」
なんだかおかしくて、二人で笑う。流夏が小さく声をあげたので、二人は慌てて黙った。
「流夏さんって、眠っているとただの小さな男の子のみたいですね」
流夏を見つめてそう呟いた麗羅に、俊輔は吹き出しそうになる。
「麗羅、一ついいですか?」
「はい」
「流夏は俺たちより年上ですよ?」
少し沈黙が流れた。麗羅は反応が出来ていない。
「はい?」
麗羅は思わず間抜けな声を出してしまった。それに俊輔が笑う。
「え?え?」
「学校に通っていたら高校二年ですかね?」
「う、嘘です」
「いいえ。残念ながら事実です」
「二つも上だったんですか?私、年上の方になんてことを……」
そんな麗羅の様子を見た俊輔は、声を抑えて爆笑した。
「し、仕方ありませんよ。流夏が、いけませんね」
未だに爆笑の余韻を残して俊輔が言った。
「私、明日も来て流夏さんの看病をしてもいいですか?」
「構いませんよ」
俊輔は眼鏡をかけながら律義ですね、と言った。麗羅は本当は心優しい少女なのだろう。
「こんな状態だったのに引き受けていただいてしまいましたから」
「流夏の場合は熱があることに気付いていなかっただけだと思いますよ」
俊輔がそう言うと麗羅も少し苦笑した。
「確かにそうかもしれませんね。でも、私にやらせて下さい」
「わかりました」
「ところで、俊輔さん」
「はい、なんですか?」
「どうしてさっき眼鏡を外したんですか?」
「俺は目が悪いというより、能力制御のために眼鏡をかけてるんですよ」
そう言うとバツが悪そうな顔をして肩を竦めた。
「返答次第では、あなたと戦闘になるかと思いまして」
それを聞いて麗羅も苦笑した。
「騙し合いだったんですね」
「そうなりますね」
「では、私はそろそろ失礼します」
「はい、また明日学校で」
「はい、また明日。おじゃましました」
麗羅は俊輔の家を出た。
「ごめん。私には、あの二人は殺せない。そういった選択肢もあると思ったんだ」
麗羅は無表情のまま空を見上げて呟いた。口にしたのは誰かへの謝罪の言葉。しかし、その口振りは少し嬉しそうだった。