第一章 転校生と眼鏡と小さな侍 7
「おはようございます、麗羅」
「おはようございます、俊輔さん」
挨拶し合った二人の側で修が目を丸くした。
「い、いつの間にそんなことになったんだよ!」
「違います。ただ、仲良くなっただけですよ。ねぇ、麗羅」
「はい」
「まあ、なんでもいいか!それより麗羅ちゃん!今日は一段と可愛いね!」
「あ、ありがとうございます?」
「反応に困ってますよ」
今日も学校では平和な時間が過ぎていった。
「また明日!」
「頑張って下さいね、市川さん」
「ありがとう!麗羅ちゃん!」
市川は部活があると二人を見送った。
「市川さんは、部活をやってらしたんですね」
「ええ。市川はバスケ部なんです。バスケ業界ではちょっと有名なんですが、怪我をして休んでいたんです」
「怪我?」
「寝ぼけて階段から落ちたらしいですよ」
「市川さんらしいですね」
「本当にバカですよね」
そんな他愛もない話をしながら二人は俊輔の家へ向かった。
俊輔が家のドアを開く。
「おかえりなさい!俊輔!」
そう言って現れたのは黒い髪の綺麗な女の人だった。麗羅は彼女の勢いにぽかんとする。
「ただいま帰りました、母さん。こちら、同じクラスの綾刀麗羅さんです」
「初めまして、おじゃまします」
「ちょっと、すごく可愛い子じゃない!どうも、うちの俊輔がお世話になってます!」
「彼女じゃありませんよ」
「なんだ、違うの!初めて女の子を連れてきたからてっきり!」
「初めてなんですか?」
麗羅が意外そうな声をあげると俊輔の母親らしい人物もそうなのよ、と困ったように笑った。
「俊輔は女の子に人気はあるんだけど、本人が関心がないからねぇ」
「そうなんですか」
「私は笹間雀(スズメ)。雀ちゃんって呼んでね!」
「すみません、こういう人なんです。気にしないで下さい、麗羅」
「は、はぁ」
「何よ、俊輔のバカ!じゃあ麗羅ちゃん、私は買い物に行ってくるから。ごゆっくり!」
「はい、ありがとうございます」
雀は慌ただしく出て行った。
「お母さんには、似てないんですね」
「それ、よく言われます。では、早速流夏を見に行きましょうか」
「はい」
階段を上がって部屋に入る。すると、流夏は起きていた。
「おや、おはようございます」
「ここは、お前の部屋か?」
キョロキョロと辺りを見回す流夏。どうやら、寝起きらしかった。
「すみません、流夏さん。私が、無理をさせてしまって」
「お前は!むぐぅ」
叫ぼうとした流夏の口に俊輔が机にあった煎餅を突っ込んだ。
「仮にも病人なんですから、暴れないで下さい」
「そうですよ。安静にしないといけません」
バリバリと口の中の煎餅を食べながら、流夏は首を傾げた。ごくん、と飲み込む。
「病人?」
「覚えてませんか?麗羅と戦って負けたんです」
「負けた?」
その言葉に流夏はあからさまに不機嫌そうにする。麗羅は慌てて訂正した。
「あれは無効です。むしろ、熱があったのに私と互角に戦えたんです。すごいですよ。少し、落ち込みます」
「そういえば、昨日は途中から意識がないような気がしなくもないな」
「呆れましたね。でも、運も実力のうちです。今回は麗羅の勝ちですよ」
「そんなことありませんよ」
「俺が、負けたのか?」
「はい。流夏の負けです」
俊輔がそう言うと流夏は立ち上がって麗羅を睨んだ。
「おい、お前。もう一度俺と勝負しろ!」
「嫌です」
即答だった。強い物言いに俊輔は少し驚いた。
「自信がないのか?」
流夏の挑発に動じることなく、麗羅は流夏の肩を掴んだ。
「な、何をする!」
麗羅に至近距離で見つめられ、流夏は少し赤くなった。
「私もあれが勝ちだとは思っていません。でも、流夏さんは今病人なんです。しっかり休んで下さい」
「そうですよ。それに、あなたにもいい薬になったんじゃないですか?最近、少し天狗になっていましたから」
「なっていない!」
「とりあえず、安静にして下さい」
麗羅はそう言って流夏の肩を押した。ぼすん、とベッドに沈む流夏。勢いに負けている。
「まだ、熱があるんじゃないですか?」
「自覚したら、少し眠気が」
「ゆっくりお休みになって下さい」
「俺のベッドですけどね」
麗羅はベッドの横に座ると流夏の頭をぽんぽん、と軽く叩いた。流夏は思わず顔を赤くした。
「な、何をする!」
「それではおやすみなさい、流夏さん」
麗羅が笑った途端に、流夏は麗羅に背を向けた。その意図が麗羅にはわからなかったが、俊輔はわかったらしく、クスクスと笑った。
「流夏さん、大分元気になったみたいですね」
「はい。明後日までには完全に回復するんじゃないでしょうか?」
「そうですね。では、私は帰ります」
「はい。では、また明日」
「おじゃましました」
麗羅が俊輔の部屋から出ると、雀の姿があった。
「麗羅ちゃん、もう帰るの?」
「はい。おじゃましました」
「残念。また流夏のお見舞いでもいいから来てね」
雀がニッコリ笑うと麗羅もつられて少し笑った。階段をおりて庭を抜け、俊輔の家から数歩進んで、麗羅は急に振り返った。
「なんで、普通の人が流夏さんのお見舞いだってわかったんだ?」
道端の木から鳥のさえずりが聞こえた。