第一章 転校生と眼鏡と小さな侍 8
「今日は、雀さんはいらっしゃらないのですか?」
俊輔の家に向かう途中、麗羅が言った。
「今日は出掛けると言っていましたよ。何か用でもありましたか?」
「いいえ」
麗羅は少しためらいがちに昨日引っ掛かったことを話し出した。
「昨日思ったのですが、雀さんも能力者なんですか?」
「いいえ、違いますよ。母は普通の人間です」
「なら、どうして流夏さんを知っているんですか?」
俊輔の性格ならば、流夏のことを伝えて両親を巻き込むようなことはしないだろう。麗羅には不思議だった。
「俺の両親は、とある事情によりこちらの世界のことを知っています」
「とある事情?」
「流夏とは既に知り合いなんですよ。それだけです」
俊輔がそれだけ言うと、麗羅は俊輔をジッと見つめた。
「気になりますか?」
「気になります。ですが、知られたくない過去でしたら話さなくて結構です。私にも、ありますから」
「いずれ、お話しますよ」
そう言って俊輔が笑うと麗羅も少し顔を綻ばせた。
だが、その直後。麗羅の視線がある物へと移された。
「お団子」
完全に視線は近くにある団子屋に釘付けになっている。
「麗羅?」
俊輔が声を掛けると麗羅はハッとした。
「す、すみません」
「ひょっとして、お団子が食べたいんですか?」
「ち、違います!そんなことないです」
麗羅の慌て様にクスリと笑うと俊輔は財布を出して店に近付いた。
「あ、あの、俊輔さん」
「お見舞いにはちょうどいいですね。三つ入ってますし、俺たちの人数分です。買って行きましょうか」
俊輔がそう言うと麗羅は、普段のクールな表情からは想像出来ないくらい嬉しそうにうなずいた。
「でしたら、私が買ってきますよ」
「いいえ。女の子に払わせるわけにはいきませんよ。麗羅はここで待っていて下さい」
「あっ」
麗羅が何か言うより早く俊輔は行ってしまった。会計を済ませて帰ってきた俊輔はにっこりと笑いかけた。
「お待たせしました。行きましょうか」
「はい、ありがとうございます」
「いいえ」
俊輔が微笑むと麗羅はため息をついた。
「失礼ですね。人の笑顔を見てため息をつかないで下さいよ」
「いえ、すみません。俊輔さんは美少年だから女の子に人気があるんだと思っていたのですが」
「なんです?」
「理由はそれだけでは、ないんですね」
「はい?」
「なんだか、納得してしまって」
麗羅がそう言うと俊輔はクスリと笑った。
「そんなことはありませんけどね。ありがとうございます。さあ、着きましたよ」
「おじゃまします」
玄関で麗羅が自分の靴を揃えていると俊輔が先に歩き出す。
「お茶を淹れてくるので、先に部屋に行っていて下さい」
そう言われたので、麗羅も鞄を持って階段を上がり、もう慣れてきた部屋のドアを開ける。
「俊輔!遅いんだよ!」
「え?」
てっきり俊輔が入ってきたと思ったらしい流夏は、麗羅に掴みかかってしまった。
「れ、麗羅?」
「こんにちは、流夏さん。あの、離して下さい」
そう言われて流夏は自分が何をしているのかを理解した。
「わ、悪い!」
そう言って飛び退いた流夏は真っ赤だった。
「いえ、大丈夫です。そんなに俊輔さんを待っていたんですか?」
「ああ」
流夏は少し気まずそうにベッドに座った。
「俺が探していた情報屋の場所がわかったんだと」
「情報屋?」
「ああ」
「何か、探っているんですか?」
麗羅が尋ねると流夏は少し間を空けてから人を探している、とだけ言った。
「そうですか。見付かるといいですね」
「ああ」
麗羅は特に追求せずに話題を変えた。
「それにしても、随分よくなったんですね」
「ああ、そうだな」
「よかった」
そう言って麗羅は少しだけ笑った。それを見た流夏は思わず視線を逸らした。
「お待たせしました。おや、流夏。顔が赤いですよ。また熱があるのでは?」
「あ、本当ですね。大丈夫ですか?」
「これは違う!」
そう言って流夏は俊輔を睨み付けた。その視線に全く動じず、俊輔は笑いながらドアを閉めた。
「今日は煎餅ではなく、お団子ですよ」
「俊輔にしては気が利くじゃねぇか」
「買おうとしたのは俺ではないんですけどね」
「私です」
「そ、そうか」
流夏は気まずそうに視線を泳がせた。
「はい、一人一本です」
「いただきます」
麗羅はいつになく嬉しそうに団子を受け取った。あまりに普段と違う様子に、思わず二人は麗羅をまじまじと見つめた。
そんな二人の視線を全く気にせず、麗羅は団子を食べ始めた。
表情自体はあまり変わっていないが、明らかに普段とは違う。彼女はいつもは割とクールだ。
「麗羅、甘いものが好きなんですね」
俊輔がそう言うと麗羅はビクッと肩を揺らした。
「ち、違います!」
「そう言ってる割に幸せそうだな」
流夏にそう言われると否定が出来なくなった。
「いいと思いますよ。女の子なんですし」
「ど、どうして、わかったんですか?」
「すっごく幸せそうです」
「普段と差があり過ぎる」
「そ、そうですか」
ションボリする麗羅。流夏はその様子を見て少し顔を赤らめ、俊輔はクスリと笑った。
「薬が、利いてきた、な」
流夏があくびをしながら言った。
「ああ、眠くなる作用があるんですよね」
「そう、だ。俺は、寝る、から」
髪を解いてボスン、とベッドに倒れ込んで布団をかぶった。
「団子、はお前にやる」
「え?」
「好き、なんだろ?ちゃんと、勝負、出来なかった、その、わび」
そこで流夏は意識を手放した。
「こんな状態で勝負してしまったお詫び、だそうです」
「でも、あれは」
「流夏は何も知りませんから。食べちゃって下さい」
ね、と俊輔は笑った。麗羅はうなずくと嬉しそうに流夏の分の団子を手にした。