第一章 夢見る少女と怪盗見習い 2
ティファは少年を上手く引き止めたと思った。だが、少年は彼女に笑い返した。
「悪いね。僕は逃げるよ」
「え?」
ティファの手を振りほどいて少年は窓から飛び降りた。
「え!」
ティファは驚いて窓に駆け寄った。
彼はムーンシャドウではない。飛び降りたりしたら無事ではいられないと思ったのだ。
「甘いね、ティファ」
頭上から声がして、ティファは上を向いた。すると、屋根の上に少年がいたのだ。
「言っただろ?僕はムーンシャドウの弟子だって。大体僕は窓から入ってきたじゃないか」
「……そうだったわね」
彼が無事なのを見て、ティファは安堵する。しかし、すぐに表情を厳しいものへと変えた。
「ムーンシャドウに関わりがあるなら、なおのこと私を連れていってよ」
「危険だからね。そんなところに女の子を巻き込みたくないんだよ」
「連れて行ってくれるなら、あなたに名前をあげるわ」
ティファのその言葉に、少年は初めて余裕たっぷりの表情を崩した。
「名前?」
「ええ」
「そうか……確かに君以上に名付け親にふさわしい人物はいないよなぁ」
「あなたにとって、悪くないんじゃないかしら」
ティファは再び不敵に微笑んだ。少年は少し考えると、するりとティファの真横に滑り込み、耳元でささやいた。
「……明日また来るよ」
「えっ」
ティファは少し顔を赤らめる。その反応に満足したらしく、少年は楽しそうに微笑んだ。
「じゃあね。おやすみ、良い夢を!」
そう言うと少年は屋根からも飛び降り、夜の闇に消えた。
ティファはしばらく少年が消えていったところを見ていた。ふと、部屋で何かが光ったような気がして振り返った。
「あら?」
静かになった部屋には、豪華そうな指輪が落ちていた。
「彼のかしら?」
ティファはその指輪を枕元に置いて、ベッドに横たわった。
「怪盗、見習い……」
夢のようだった。ずっと、抜け出せる日を願っていた。
「ようやく巡ってきたチャンスなのよ。絶対、逃がさないわ」
そう呟くとそっと目を閉じた。
「ティファ、早く起きなさい」
日常に引き戻される声。だが、枕元には指輪があった。
夢なんかじゃなかった。彼は昨日やって来たのだ。
「おはようございます、おば様」
「学校でしょう?早く行きなさい!」
「はい」
私にとってつまらないのはこの人たち。こんなところにはいたくない。
巡ってきたチャンスが嬉しくて、なんとなく指輪も持って出かけた。
学校もティファにとってはつまらないもの。分厚い本だけを抱えて、廊下を歩く。
「あら、ティファ。そんな格好でどこへ行くのかしら?」
派手な服をまとった女の子の集団がティファに声をかけた。
「どうせまた図書館に決まってますわ」
「彼女には本しか友達がいませんもの」
そう言ってかん高い声で笑う彼女たち。だが、ティファは彼女たちに見向きもせずに通り過ぎた。
「つまらないものに興味はないわ」
ティファの言葉を聞いて動揺している彼女たちの声を背に、鼻で笑った。
ティファは学校の女子に嫌われていた。気高い雰囲気が気に入らないようだった。だが、ティファも彼女たちに興味がなかった。
「エレクトリア!」
今度は男子生徒に声をかけられ、ため息をつき、表情を険しくしながら振り返る。
「何か用かしら?」
ティファが振り返って少年を見つめると、少年はたちまち顔を赤らめた。ティファは女子から嫌われていたが、美しい容姿から男子には人気があった。
「なんだ、ラウルだったの」
「え?」
声をかけてきた人物を見て、ティファは表情を和らげた。その対応に少年は顔を赤らめ、緑色の瞳を必死にそらした。ティファは今まで関わった両親以外の人の中で、このラウルという少年には心を許していた。
気取ってなく、嫌味ったらしくもなく、純粋な少年。彼の黒い髪もティファは気に入っていた。ラウルの好意に気付いてはいたが、彼とは友達になれると思っていた。
「あ、ええっと……」
「何かしら?」
「そうだ!十年振りに怪盗が現れたんだって!」
「え?」
「ええっと確か盗まれたのは……指輪、だったかな?」
その言葉にティファはビクリ、と体を震わせた。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。良い情報をありがとう」
そう言ってティファはまた歩き始めた。ラウルは何か悪いことを言ったのか?と首をかしげた。
「指輪……」
持ち歩いている指輪を思い、背筋を凍らせた。