第一章 夢見る少女と怪盗見習い 3
前も見えないくらいの大量の本を抱えて歩くティファ。そんな彼女に、一人の少年が近寄った。
「やあ、ティファ。大変そうだね」
声の主を見て、ティファは大きくため息をついた。
「名前で呼ばないで、と言ったはずよ」
声の主、豪華な服で着飾った少年は肩をすくめた。
「相変わらず冷たいなぁ。将来結婚する仲だというのに」
「勝手に決めないで」
ティファがそう言って睨み付けるが、少年は余裕な笑みを浮かべた。
「君のおばさんは僕との結婚を喜んで受け入れただろ?」
「否定はしないわ。あなたの家は大きいもの」
「だろう?」
得意気に笑った少年を、ティファは鼻で笑った。
「でも、私はあなたが嫌いよ」
そう言うと少年の横を早足で通り過ぎた。少年はめげずにティファを追いかける。
「待ってよ、ティファ」
少年がティファを追いかけて肩を掴む。
「離してよ」
「その本、持ってやろうか」
「結構よ。離しなさい」
ティファが睨み付けるが、少年は気にしない。本が床に落ちてしまった。
「あーあ。君が暴れるから。全く、こんなくだらないものに夢中になって」
「……なんですって?」
ティファは側に落ちていた本のうちの一冊『月の魔法』で少年の頭を殴った。少年は何が起きたかわからずに、ただ立ち尽くす。
「くだらなくないわ。素晴らしいものよ。でも、あなたにはわからないようね」
「エレクトリア?」
先ほどのラウルという少年が角から顔を覗かせた。
「どうしたの?この本。大丈夫?」
床に散らばっている本を見て、慌てて拾い集めてティファに渡す。
「はい、エレクトリア」
「ありがとう、ラウル」
ティファはそう言って微笑んだ。予想していなかったことに、たちまちラウルは赤面する。
「失礼するわ」
「だから、待てって!ティファ!」
衝撃から回復した少年がティファに声をかけた。
「二度と話しかけないでくれるかしら。あなたに興味ないわ」
ティファは振り向かず、今度こそ早足で歩き去った。
「どうしてお前みたいな小さな家のヤツが彼女と親しげに話してるんだ!」
少年がラウルに詰め寄る。しかし、ラウルも首をかしげた。
「なんでだろうね?」
ラウルはティファが去って行った方向をポカンと見つめた。
「盗んだ指輪、よね」
屋根裏部屋でベッドに座り、指輪を見つめる。
「持ってたら、まずいかしら」
そう呟いて、すぐに首を横に振った。
「今日、彼はまた来るんだもの。持っていなきゃ」
その時、突然扉が開いた。
「ティファ!今日学校で婚約者を殴ったらしいね!」
叔母だった。怒鳴り込んできたが、ティファの持っている指輪を見て、顔を青くした。
「それは、昨夜盗まれた指輪じゃないか!」
「あっ!」
慌てて隠すが、もう遅い。
「ティファ、あなたまさか怪盗なんかとつるんで……この部屋にいなさい!今すぐ警察を呼ぶから!」
「そんな!待って下さい、おば様!」
「これであの家との婚約がなくなったらどうしてくれようか!」
叔母はティファの言い分など聞かずに扉を閉めた。
「どうしよう……今来られたら、私だけじゃないわ。彼まで警察に」
それだけはどうしても避けたかった。しかし、ティファには何も出来ない。
「何かお悩みかい?」
窓から声がして、ティファは勢いよく振り向いた。
「僕の名前を決めかねてるっていうなら嬉しいんだけどな」
腕を組んだ怪盗見習いの少年が、窓の側に立っていた。
「あなた……」
ティファは慌てて少年に駆け寄った。
「今すぐ逃げて!もうすぐ警察が来るわ!」
「聞いていたさ」
「え?」
「大丈夫。僕に任せて」
警察が入ってくる音を背景に、少年は笑った。