第一部

 「父さん母さんー、ただいまー」
「フート! 早く買ったものを持ってきてくれ!」
 はーい、と返事をしたフートは、食材が入った紙袋を、「父さん」の横にある作業台に置いた。「父さん」がおもむろに赤くつやのある実をいくつか手にし、ヘタを取ってすぐ、広い鍋の中で沸いた湯に放り込んだ。湯の中でくるくる踊る赤い実を、フートは鍋をのぞき込んで見守る。
 「おいおいフート。見てないでさっさと袋の中のものを仕込んでくれ。日替わりスープが足りてねえんだから」
 はーい、と返事をしたフートは、葉っぱが結束された大玉を紙袋から取り出し、葉っぱをびじびじとむしり取るのだった。
 フートの家は、ひっそりとした路地の中に建つ、小さな食堂である。食堂は、食事の時間までにお客が長い列を成し、連日大忙し。「お客のお腹を満足させる」というお仕事を、フートとその父母だけでこなしているのだ。ただし、フートがする仕事は買い出しぐらいなのだが。
 「いやー噂通り、ここの店の料理はうまいね!」
「ありがとうございます! また、お待ちしておりますよ」
「ああ! 必ず来るよ、お母さん!」
 ありがとうございましたー! と、「お母さん」はお客を見送ると、その人は食堂の立札を『じゅんびちゅう』に変え、食堂の中に戻っていった。フートとその父母がただただ働いているうちに、食堂は閉店時間になったのだ。
 「今日の昼間も盛況だったわ!」
「そうだな。だが。」
 お客がいない食堂で三人分の食事を置いた父が、フートを見る。
 「フート、もっと早く戻れなかったのか? フートが早く戻ってくれたら、お腹を空かせているお客を待たせなかったんだけどなあ」
 ふーん、と生返事をしたフートは、手を合わせてそれから食事をとる。
 「困ったものね。たくさん食べるのに、たくさんは働かない。母さん、あんたの将来が心配だわ」
「ごちそうさまー」
「ちょっと! ちゃんと噛んで食べたんでしょうね!? ――今日も二階に上がって、お昼寝かしら」
「ここにいるか買い出しに行かせるかしか、させていないからなあ」
「でもフートはとっくに一〇歳を過ぎているわ。フートはいつだってこの街を飛び出せるのよ――」
 そう。フートがいる世界では、一〇歳を迎えると、世界をまたぐ許可が下りるのだ。一〇歳を迎えた少年少女は、自身の夢や目標に向け、生まれ故郷を離れてゆくのが通例なのだが、フートのように生まれ故郷にとどまる者も少なくない。
 「外へ行くチャンスはあるのに、フートはそれを寝る時間にしか充てていないわ。だから、もしかするとフートには、外に関心がないんじゃないかって――」
「それはない」
 フートの父がきっぱりと、弱腰なフートの母に向かって答えた。この言葉に驚いた母が、探るように父の顔をのぞき込む。
 「……どうして言い切れるのよ」
「あいつは最近、活き活きした食材を、決まった店から買ってくるようになった。はじめのうちは店も鮮度もばらばらだった。だが、美味しい食材を、そしてそれを売ってくれる店を吟味出来るようになっている。しかも、俺に教えられずとも、だ。あいつは身体がでかくなっただけじゃない。俺達がフートにしてやってることは、間違いじゃない」
「あなた……」
「ただ、お前が言う通り、フートは外への関心が薄すぎるな」
 そう言って小さく笑いながら、フートの父は、会計カウンターに置いているカレンダーを手に取った。
 「明日はちょうど定休日だ。フートの興味をひくだろう「とびきりの体験」を一日させてくる。お前には仕込みに負担をかけさせてしまうが――」
「構わないわ。その代わり、「とびきりの食材」を、持ってきてちょうだいね?」
「分かっているよ。――さて、それなら今のうちに準備をしておかないと」
 こうして、食堂唯一の休憩時間が、穏やかに過ぎてゆく……。

 夕方の営業を終了させた食堂は無事、次の日を迎えた。

 今日は唯一の定休日なのだが、食堂はまだ暗いうちから明かりがついている。
 「フート起きろ。でかけるぞ」
 この言葉に、ふえ? と、とぼけた声で返すフート。彼を呼んだのは、山登りしそうな姿をした、フートの父であった。
 「どこ行くの? というか、行かないとだめ?」
「だめだ」
「――どうして休みの日なのに休ませてくれないのさー」
「つべこべ言うな。行くと言ったら行くん、だ!」
「うー……布団取らないでよー」
 ほら出かけるぞ、と、無理やり父に引っ張り出されたフートは、父と同じ、登山者じみた恰好をさせられ、父に大きな荷物を背負わされた。
 「おはようフート。珍しいわね、山を登るみたいな服装して」
「太陽も起きてないのに父さんが準備万端で――それにしても父さん、こんな時間から何をしに行くの?」
「早いうちに「ブラック・ピック」にあやかろうかな、とな」
「あらあなたそれって……!」
 寝ぼけ眼をかっと開いてそう言ったフートの母に、フートの父は短く、ああ、と答えた。この返事を聞いた母が、手放しで大きく喜ぶ。
 「父さん母さん、「ブラック・ピック」って何?」
「「とびきりの食材」を見つけてくれる動物よ」
「じゃあ、「とびきりの食材」って?」
「行けば分かる。行かなきゃ分からん。さあ、どうする?」
「むー……」

KayaPasse
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KayaPasse

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