プロローグ3

 ーーおい、あんなアナウンスすんじゃーよ!!

 俺は迷子センターで待つ志奈に対して、そう怒鳴りつけるつもりで乗り込んで行ったのだが……。

「君が那由多浩一君かね?」

 迷子センター行くと、中年の少し痩せ焦げた男が俺にそう尋ねてきたので、

「えぇ。まぁ、そうですが……」

 俺はこんな歳になってまで迷子の呼び出しをされたことに、どう反応すればいいかわからなかったので、少し強がってそれに答えた。

 それでも、男はこちらの反応を一切気にしない鈍感野郎なのか。

 声色一つ変えずに、要件をこちらに伝えてきた。
 
「彼女の携帯電話に君のメールが会ったから、このようなやり方で呼び出した。済まないと先に謝っておく」
「はぁ……。気にしてないんでいいですよ」
「そうか。それなら助かる」

 実際は相当気にしていたが、男の事務処理的な対応に思わず二つ返事で許してしまった。

 俺はあの馬鹿を連れてさっさとこの場を去ろうと思っていたのだが、そんなことがどうでもよくなることを男は感情のない言葉で伝えてきた。

「実は彼女ーー倒れていたんだ」
「志奈は大丈夫なんですか!!」
「脈も問題もなく、特に外傷も見られなかったから他人が居ても特に問題のないーーここに寝かせて君を呼ぶことにしたんだ」
「そうですか……。わざわざ、ありがとうございます」

 男は俺の動揺した顔に何の感情も反応を示さなかった。

 それがどうしようもなく腹立たしかったが、志奈が無事なことに胸を撫で下ろしたい気分が怒りよりも勝っていた。

「そんなに心配なら早く奥の部屋に行くといい。彼女はそこで休んでいるはずだ」

 俺は男の話なんか半分も聞かずにドアを押しのけ、志奈が無事でいるのをこの目で確認して、やっと胸を撫で下ろせた。

「那由多……。心配かけたみたいだね、ごめん……」
「別にそんなんいいんだよ。お前が無事ならさ」
「ーーうん。ありがとう……」

 普段なら、こんな胡散臭い言葉で顔を真っ赤にして恥ずかしがる志奈が、疲れているせいなのか、元気の欠片が微塵もなかった。

「おい、本当に大丈夫か?」
「ごめん、やっぱり疲れてるみたい。私が来たいって言ったのに……」

 そして、志奈は俯(うつむ)き黙り込んでしまった。

「ちょっと、待ってろよ。お前の“大好物”買ってくるからな」
「那由多、ちょっと……」
「すみません。もうちょっと志奈を見てやっててください! すぐ、戻りますから」

 俺は遊園地を無心になって走り続けたーー心臓の鼓動なんか全く気にならないくらいに。

 一番遠くの店に売っていた志奈の大好物を買い、迷子センターまで戻ると志奈にそれを差し出した。

「志奈。お前の好きなアイス買って来たぞ」
「那由多。わざわざ、ありがとう!!」

 甘く豊かなバニラの香りのするアイスを見るなり、志奈はいつも通りの明るい笑顔を取り戻せていた。

 志奈はいつだってそうだーー大好物のアイスを差し出されれば、いつだって喜んで食べてくれる。

 志奈は天使の笑みで、それを一口食べたが、

「ごめん、やっぱり食欲がないみたい」

 そう俺に言い放ち、申し訳なさそうにそれを返してきた。

 志奈の体調が心配だった俺は、迷子センターの男にお礼を言いーーさっさと帰ろうとしたが、男に呼び出されたので、志奈がいる部屋から出ることにした。

「なんなんですか。俺は志奈を連れてさっさと帰りたいんですよ!」

 俺は怒鳴りつけるような口調で言ってしまった。

 何故なら、あんな体調の志奈が心配で気が気ではないからだ。

 だが、その口調にも何の反応も見せず、自分の要件をだけを伝えてきた。

「彼女、甘い物が好きなのかね?」

 俺の顔にゴミでも着いてるかのような目でそう尋ねて来たので、

「えぇ、甘い物で体の八割出来ているような奴ですが、それがどうしたんですか?」

 俺は男に対し、少し食い気味に答えてやったーーしかし、男は俺の言葉がえらく聞きかかるようで、

「君の言うことが正しいとしたら、それは少しおかしいかもしれない」
「どういうことですか?」

 男はそれを言うことが恥ずかしいのか、数秒の間を空け、堪忍したように答えた。

「あまりにも彼女の衰弱ぶりに、私も見かねてね。晩飯用の唐揚げ弁当とプリンを彼女にあげたんだよ」
「すみません。わざわざ夕食まで下さって」
「こういう事には慣れているから気にしなくていい。問題は彼女は何を食べたかだ」

 俺は一刻も早く、志奈と帰りたかった。

 けれど、志奈が夕食を頂いた礼もあるので、大人しく聞いてやろうと思い、待つことにした。

「彼女、かなりの肉好きなのかーー唐揚げ弁当は綺麗に無くなっていてね。
 けれど、プリンは一口だけ食べただけだったんだ。」
「そうなんですか。唐揚げ弁当食べたから、お腹いっぱいで入らなかったんじゃないんですか?」

 俺は鼻で笑いながら、それを聞き流した。

「私も気にし過ぎかもしれないと感じていたのだけど、君があんなにも驚いていたから、
 干渉する趣味はないのだが、言わずにはいられなかったんだ。
 君達をわざわざ引き止めてすまなかった。今までの発言は年寄りの戯言だと聞き流してくれると幸いだ」

 男は無表情だったが、恥ずかしかったのか少しだけ俺からの視線を逸らしていた。

 迷子センターの男にお礼を言うと、志奈を連れて遊園地を後にした。

 帰りのバスでも志奈は俺に謝ってきたので、

「気にすんな。志奈が元気になったら、また来ればいいだけだろ? まぁ、そんときは志奈のおごりだけどな」
「もぅ、那由多ったら……。うん、いいよ。また二人で来ようね」

 なんて、笑い話にしたおかげなのか、志奈はいつも通りの笑顔を取り戻せていた。

 静か揺れる夜行バスの中、俺の右肩を枕替わりにして寝る志奈の寝顔を見てーー俺はあのときの言葉を嘘だと思い込むようにしていた。

 志奈は魚以外のお肉が食べられないんだからーーそんな馬鹿げた話がある訳ないと。

真口 祐輔
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真口 祐輔

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