「……にしても、でかいな」
「だねぇー……」
改めてこうやって眺めながら、ついそんな言葉が出てしまう。隣に立つ妹・彩(ひかり)も同じく頷いたあと、「一気に、我が家の居間が狭くなった」と困り顔に呟く始末だ。
「これ、どうやって開けるのかな??」
「あー……」
彩からそう言われて確かめて見ると、見事なほど開け方がまるで分からない。四面とも、完全に密封されている。あるのは、正面のタッチパネル画面とカードスロットらしきものだけだ。
あと気になるのは、タッチパネル画面近くにある、どこかで見たような金ぴかな《フェアリーマーク・ロゴ》のステッカー……。
コレって、どこかでみたような……あ!
これと全く同じロゴ・マークを、先ほどの運送会社の人たちも付けていたのを鮮明なほど脳裏に思い出す。なるほど……納得できた。そう言えば伯父さんが勤めている会社って『ライラノ社』だっけ? きっとライラノ・フェアリーズ運輸は、その関連企業なのだろう。
「そう言えば母さん、事前に『暗証番号』と『セキュリティーカード』が届いてなかったかぁ?」
父さんが今頃になって、ふと思い出したらしく、母さんの方を向いて聞いたのだ。
「ああ、アレね? え~っとアレは確か、この中へ……ああ、あったわー!」
「へぇー! セキュリティーか。結構、本格的なんだなぁー」
流石に《企業秘密・国家機密》というだけのことはある。
よく見ると、ステンレス製の箱には小さなカメラアイまで付いていて、こちらの様子を追尾するようにクリクリと先ほどから動いている。どうやらこちらのことを、つぶさに観察している様子。正直いって、薄気味悪い……。中身だけ取り出したら、この移動用カートは庭先にでも放り出しておくのが吉だろうな? 多分、錆びちゃって壊れるだろうけど……。
「ン? なによ、コレ?? 変なのが箱の横から出てる」
「……紐みたいだな?」
彩(ひかり)が指を掛けている先をよく見ると、ピロ~ンとなにやら気になる紐が飛び出していたのだ。
余りにも、不自然過ぎる……。
「どうしよう……コレ、引っ張ってみたくなってきた」
「彩、辞めとけ。爆発するかもしれないぞ? なにせ、あの伯父さんが作ったモノだ」
「え? あはは。まさかぁー♪」
妹の彩は苦笑い、再びその紐を見つめ「ンー……」と悩み顔。どうやら、どうしても引っ張ってみたいらしい。普段からチャレンジ精神豊富な妹らしい試みではあるが、父さんが間もなくセキュリティー解除して開けてくれるのだから、何もそんな冒険をする必要はないだろう。
「ていっ!」
「──へ??」
うわ、やってくれた! と思い驚く間もなく、これから開けようと勇み足に近づく父さんの目の前で、それはびっくりするほど簡単に《パカン☆》と開いてしまう。
家族一同、その様子を呆れた表情で見つめた……。
兎にも角にも、箱の中で静かに佇む美少女ロボットに目を奪われ。あの彩さえもつい惹かれたのか、「はぁー……思ってたより、リアルで綺麗なものね」とメイロボが寝かされている箱の中へと不用意にも顔をそっと近づけている。
――と、その時だ?!
箱のカメラアイが赤く点灯し、それを見てオレは咄嗟に嫌な予感を感じ。妹の彩の肩を掴んで後ろへと引き下がらせた! と、ほぼ同時に。それまでまるで起動音さえしていなかった箱の中の美少女ロボットが、唐突に赤い瞳をカッと開き。彩を庇ったこのオレの首を、両手で掴み締め上げてくる!?
妹の彩と家族はそれを見て、途端に悲鳴を上げた。親父もお袋もただただ慌てふためいている。
それにしてもまさかコレは、冗談抜きで『暴走』なのか?! まさか本当に、リアル・エ○ァン○リオンを体験させられるとは思ってもみなかったが……。
そう思うオレの手元近くへ、想像もしてなかったことにステンレス製の箱から最新鋭っぽい武器がスライドされ飛び出してくる。それがどういう意図なのかは、オレには分からないが。これほど都合のいいことはない! それを素早く手に取り、『暴走中』と思われるロボットに対し、撃つ構えを素早く見せた! が、メイドロボットはそれを見てまったく動揺することなく。そんなオレに対し、やはり美麗で優しげな笑顔をただただ向けてくる……。
ダメだ、こんな可愛い子。オレにはとても、撃てない……。
オレはその銃口を、ゆるりと口惜しくも下げてしまう。
その間もなく、箱の方からまたあの声優さんの美声でアナウンスが鳴り響いてきた。
『《テスト1、合格》だ。このまま、《テスト2》へ移行する』
「は?」
その音声のあと、オレの首をにこやかに絞めていた美少女ロボットは手指を途端に緩め。オレはそれでようやく解放された。が、予想もしないことに、次にメイドロボットが行動し向かったのは妹の彩の方だった!?
やはり同じく両手で、彩のその首を素早く締め上げている。その動きが素早すぎて、流石の彩も抵抗する間もなかったようだ。
「――た、助け……!」
「ひ、彩!!」
オレは空かさず、『暴走』し続けているメイドロボットに対し撃つ構えを見せた! が、やはり直ぐには撃てず。悩みが生じてしまう……。
『どうした? 直ぐに撃たなければ、君の妹は救われないぞ! まさか、諦める気か? 見殺しにするつもりか? 君は、冷たいやつなのだな』
「……」
ステンレス製の箱から、そんな美麗な声優ばりの音声が聞こえてくる。そのカメラアイは相変わらず赤い。……まさかとは思うが、『暴走』しているのはあのロボットの方ではなく。このステンレス製の箱の方ではないのか?!
この箱を制御しているシステムAIにウィルスが入り込み、こんな馬鹿な命令をあのロボットに出している可能性だってある。
オレは刹那的にそう考え、箱の方へ銃口を向け直した! 確証を得る為だ。
『ほぅ、実に冷静な判断だ。が……もはや無駄なことだ。既に指示は出してある。あのロボットを撃たない限り、君の大事な妹の命は助からない。さあ、君はここでどう判断をする?
言っておくが、その銃には弾が一発しか入っていない。つまり、チャンスは一度だけだ!』
「……く!」
『何を迷う必要がある? よく考えても見ろ。君の妹を苦しめているのは、ただのロボットだ。鉄くずだ。血も通わぬ機械だぞ! それを撃ち抜き壊すだけで、君の妹は助かる。その事を理解した上で、よくよく判断するがよい』
「……」
『暴走』しているのがあの美少女ロボットなら、まだ迷いは生まれなかったと思う。が、どうやら暴走しているのはあのロボットの方ではなく、この冷酷な箱のAIだ! つまり、あの美少女ロボットに、非は無い。しかし……だからといって、彩を見殺しには出来ない! 計画し、指示命令を出しているのはこの箱に違いないが。それを受け、実行しているのは、あの美少女ロボット自身だ。
オレは、苦悩しつつ歯軋りしながら美麗な笑顔を見せ続けているメイドロボットの片腕に照準を合わせ、「南無さん!」とばかりに銃のトリガーを引いた! が、
『ポン♪』
「へ?」
……その銃口からは、呆れたことに一輪の花が飛び出しただけだった。
『なるほど……そう出たか。検証通り、《専守防衛にのみ、これは『有効』であると判定する》
《兄弟愛は、萌えをも超えた》……か。それにしても……君の勇敢なる行動は、賞賛に値するものがあった……検証協力に感謝をする!』
その後、カメラアイは赤色から青色へと変化し。光信号で、メイドロボットへ次の指示を送っているようだった。どうやらこれらのことは全て、仕組まれていたことだったらしい……伯父さんも人が悪い。
メイドロボットは彩の首を閉めていたその両手をゆるりと離し、その場で静かに瞳を閉じ、カクンと力なくその場で膝を崩す。それを彩は抱え懸命に支えようとするが、予想以上に重かったらしく。一緒に床へ倒れ込み、苦笑いをこちらへ向けている。
少し冷やっとしたが、どうやら大事なく、怪我もなさそうだ。
『……一つ、君たちに大事なことを告げておこう』
美麗な声優ばりの音声が聞こえてくる。例のステンレス製の箱だ。
『そのメイロボは一体、10億円もする』
「――10億?!」
それには家族一同、唖然とした。親父なんか口から泡を吹き、その場で卒倒している。
『契約上、余程悪質な過失が無い限り、君たちにその賠償責任はないが……国民の税金が、それには使われている。精々、大事にしてやることだな』
「あ、ああ……」
『最後に……君たちを驚かせ事に対し、深くお詫びをする。あと、この箱である〝わたし〟はステンレス製で密封性も十分であるから、構わず庭先にでも放り出しておくがよい。この狭い居間の中に置いていては、邪魔だろうからな……。わたしとしては少々、寂しくはあるが……』
意外にその言葉からしおらしさが感じられたが、やはりオレは許すことが出来ず。冷たく言い放った。
「……ああ、悪いが。そうさせてもらう事にするよ」
『……』
なぜか不思議な間があった。が、
『……なんだ。……なんだよ、わたしの《見た目》がこんなだからか? ただの《箱》だからかぁ?? 箱といっても、そのフェアリータイプと同じマルチコアCPUとAIを搭載しているのだぞ! 外見の違いだけで! 差別じゃないか、こんなの!』
「は?」
『期待していたのに、ひどい……意外と冷たい奴だな、お前……ひどいやつだ! だって、そうでしょ? 言って置くけど、このわたしだって、国民の貴重な税金で……!』
ぜ、前言撤回だ!
オレはそれも耳にし、ついと不愉快気な表情をしてみせ言う。
「何か、いま言いましたか? まさか、言おうとしていますか? その前に君、このオレにさっき何をさせようとしたのか、覚えていますか?」
『――!? ……な、なんでも……ない、です。……は、はぃ……すみません』
余り誠意は感じられなかったが……凄い動揺は垣間見えた。それも予想以上に。こう見えてこのAIはプライドが高そうだからな、このくらいで許してやることにするか。
それ以来、その箱は大人しくなり沈黙した。いや……もう鬱陶しいくらいに後ろで泣きじゃくり続けている。やれやれ……。
その後、親父やお袋に彩から心配気に見つめられる中、10億円もするメイドロボットは再びゆるりと目を開き。間もなくどこか恥ずかしげながら優しげな微笑みを浮かべ、「はじめまして。これからどうぞ、よろしくお願いします」と挨拶をしてくれた――。
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